10 これからの事を考えよう
朝。
まだ日も昇らない内に目覚めた俺の腕の中には、すやすやと眠っているステラがいた。
「ステラ。俺はもう起きるけど、どうする?」
「んー……」
声をかけたが反応は芳しくない。ステラはまだ寝ていたいようだ。
起こさないようにそっとワラのベッドを抜けて外に出る。
本当なら朝の散策をしたい所ではあるが、昨日あんな話をした矢先だというのに目覚めたステラを一人にする訳にも行かない。
軽く顔を洗ってから、拠点の近くで色々と検証しつつこの世界について整理してみる事にした。
まずは「道具」について。
この世界の「道具」を俺が振るうと、CWと同等の性能が発揮されるようだ。
石斧は細木を一撃で伐り倒し、木のシャベルは1m四方の土をまとめて掘り起こす。
ワークベンチを使えば初歩的な道具の加工が一瞬で済み、解体台は獲物を食材や素材へと変化させる。
これらは全てCW上での道具の挙動と一致する。
試しにワークベンチで石のツルハシを作ってから近くの岩に振り下ろしてみると、岩は簡単に砕けた。
石斧で木を伐る事は出来るし木のシャベルで土を掘ることは出来るだろうが、石のツルハシで岩を砕くのはさすがに現実的じゃない。CWのルールが適用されていると見て間違いないだろう。
一つだけ違う所があるとすれば、CWの技術ツリーを無視して俺が手作りした道具にも同じ力が宿るという事だ。石斧は本来であればワークベンチによって解放される道具だが、俺が自らの知識で作った原始的な石斧はCWと同等の性能を持った。これは重要な意味を持つかもしれない。
そして「資材」について。
前も試したが、この世界での俺の身体能力は日本に居た時と殆ど変わらない。
大きめの石を持とうと踏ん張ってみても、一ミリも動かない。
しかし、これが「道具」によって加工された「資材」となると話が変わる。
先程砕いた岩の破片……と言っても、先程持ち上げようとした石よりもはるかに大きいものだが……これが発泡スチロールほどの重さすら感じずに持ち上がるのだ。
家の裏手に積んである木材も同様だ。明らかに一人で持ち上げられるサイズではないものすら片手でつまんで持ち上がる。それどころか、資材の山をまるごと持ち上げる事だってできる。崩れそうなものだが、片手で持ち上げた資材の山は不自然なまでに安定している。
これも、CWに準拠した挙動と言えよう。CWはリアルな物理計算エンジンこそ積んでいるものの、リアル建築シミュレーターではない。
ある程度の補強は必要だが大黒柱がなくても家は崩壊しないし、竜骨のない大型木造船も外洋を航海できる。
そんないい意味でゲーム的なCWが人一人が持てる程度の資材のみで建築などさせる訳もなく、CWのキャラは数トンの素材を平気な顔で抱えて行動する。運搬用のアイテムを作れば序盤でも数百トン、ゲーム後半には星1つに匹敵する資材を抱えて動き回る事もざらにあるレベルだ。
このルールのおかげで、資材の運搬や建築には困らないはずだ。無人島サバイバル生活における難題のひとつである「住の確保」に悩まされずに済みそうなのは本当に助かる。
逆に、CWとの相違点だ。
まず一つ、俺の身体能力は「道具」や「資材」にまつわるルールを除くと日本に居た時と全く変わらないこと。
CWのプレイヤーキャラにはスタミナや空腹度、HP、LV、ステータス等が存在していた。
スタミナは走ったりすると消費されるがすぐに回復し、空腹度は常に50%以上を維持しなければバッドステータスが発生する。50%以下で移動速度低下、35%以下でスタミナ回復力超低下、20%以下でスリップダメージ小+攻撃力低下、5%以下でスリップダメージ大……といった具合だ。
幸いヤコメの実を早期に発見できたので飢餓に苛まれるまで追い詰められたりはしていないが、それでもヤコメの実しか食っていなかった数日間は常に空腹を感じていた。だが、露骨に「移動力が低下している」「疲労が回復しない」と感じたことはない。
それに、走ったら走っただけ疲れてすぐに回復するなんて事はない。スタミナゲージによって体力が管理されているという実感はまるでない。
俺の能力に関しては、ゲーム的な補助は期待しないほうがいいだろう。
つまり、当然ではあるが簡単に死んではいけないという事だ。復活に期待なんてできなさそうだからな。
次に、この世界には恐らく文明が存在しているという事。
CWの初期には原始的な動物とプレイヤーしか存在しない。CWでは「キーアイテム」と呼ばれるアイテムがいくつか存在し、それらを作成/所持する事によっていくつかのイベントが発生する。
そのイベントの一つに「人類誕生」というものがある。これは人が住めるだけの村となる建築物、農具、農場を制作すると発生するイベントで、このイベントを経てはじめてプレイヤー以外の人類がCW世界に誕生するのだ。
プレイヤーはこの人々を時に導き、時に働かせて文明をどんどん進化させて行くことができる。変態プレイヤーになるとあえてこのイベントをスルーし、自分ひとりでありとあらゆる物を作り上げていく事も多いが……それには触れなくても良いだろう。
そうして増えていった人々が世界に広がり国家を形成しはじめると、CWは単純なクラフトゲームではなく、ストラテジーゲームのような性格を見せ始める。資材を集める方法が単純に冒険したり開拓をするだけではなくなり、いつのまにかできていた国家と貿易を行ったり、時に戦争したりしながら更に文明を発展させていくのだ。
この世界は、既にその段階に進んでいるように思う。あの難破した船で見かけた多種多様な種族……あれが突然変異体の寄せ集めやコスプレでもない限り、人類発生イベントで産まれた原始人類から様々な種族に派生するだけの時間が流れていると見るべきだろう。
であれば既に様々な国家が形成されていると見たほうが無難で、ステラの生まれた国もその一つと考えられる。
それらを踏まえて、だ。
俺は、この後どうするべきだろうか。
ざっと考えて、選択肢は二つある。
このまま無人島でステラと共にスローライフを送るか、CWと同じようにどんどん技術を発展させて行くか、だ。
この無人島でスローライフを送るのは、そんなに難しいことじゃないと思う。
住環境はほぼ解決済み、将来に渡っても困ることは殆ど無いと考えても問題ないだろう。
ヤコメの実はいずれ絶滅してしまうだろうが、モフの繁殖力は非常に高い上に家畜化する事もできるので、最低限の食事には困らないはずだ。
それに、探索を進めていけば栽培できる野菜等も入手できると思う。普通に考えれば無人島サバイバルで家庭菜園造りなんて無謀の極みだが、「道具」の支援があれば農作業なんて文字通り朝飯前に終わる。
衣類に関しても麻か蚕でも見つけられれば解決する話だ。
楽観的になりすぎるのもよくはないが、現状を鑑みてもそこまで悲観的になる状況ではないと思う。
ステラを必要以上の危険に晒したくはないので、基本的にはこのプランで進めていきたい。
だが、問題もある。文明が既に存在しているこの世界における、この島の地理や立場が不明な事だ。
もしこの島がどこかの文明の領土で、俺達が確認できていない資源が豊富な場所だったとしよう。そうだった場合、近い将来俺達は外部勢力と接触する事になる。
この可能性は決して低くはない。既にあの沈没した船が通っていた航路は存在していて、ある程度流されたとは言え、その航路から人間が泳いでたどり着ける距離にこの島は存在しているのだ。
CW上でも当然のことだが、他文明が全て友好的な訳ではない。
穏便に済めばいいが、敵対的な相手が接触してくる可能性も考えなくてはならないのだ。
それに、この何もない島で一生を過ごすのがステラにとって良いことなのか……という思いもある。ステラがそれを望むなら構わないが、選択肢くらいは与えてやりたい。
なので、現状維持でだらだら過ごしていくのはさすがに無しだ。ある程度技術を発展させておいたほうがよい。
しかし、それについてもリスクが存在する。これは単純な話で、新たな素材を得るためにはこれまでより危険な事に手を出さなければならないのだ。
例えば、今欲しいのは金属だ。ワークベンチのおかげで石の道具は簡単に作れるので、今後は銅や鉄を見つけて石器時代から鉄器時代への脱却を図る事になるだろう。
しかし、鉱石を入手するとなると「山岳」のようなバイオームや「洞窟」「渓谷」といった地形を探索する必要がある。
比較的安全な「森林」「平原」「海岸」といったバイオームと違い、「山岳」のようなバイオームには危険が潜んでいる。
棲みついている生物も森林や平原に比べると凶暴なものが増えるし、滑落、落盤、がけ崩れといった事故も起こる。
これがゲームであれば死に戻りして終わりだが、それにはあまり期待できない。
話は逸れるが、極端な話をすると最終的には「海底火山の周辺でしか採取できない希少鉱石」「異空間の溶岩の底に堆積している土砂」「異次元世界のドラゴンを倒し、その体液が染み込んだ土から生える植物の種子から抽出できるエキス」といった入手難度S+の素材が大量に必要になってくるわけで……リアル肉体でそこまでノーデス縛りとか、普通にできる気がしない。
このリスクを最大限回避するなら、この辺りの安全なエリアでモフを狩ったり繁殖させたりしつつ、小規模な菜園でも作って細々と暮らしていくのが正解だ。
とはいえ、前述の問題もありそれを選ぶのは難しいだろう。
技術の発展は、ある程度のところで妥協する必要はあるが、避けては通れないと考えるべきだな。
問題は、どこまでで妥協するか、だ。言い換えれば、どこまでの技術があれば敵対的な文明が現れても安心できるか、という事。
そのラインを知るにはこの世界の文明について知る必要がある。
「……うん、やるべき事は見えてきたな」
だいたいまとまった。
いずれは一度島を出て、世界を見て情報を集める必要があるだろう。
最低でもある程度の技術発展が出来たところで船を作り、周辺を調査するべきだ。可能であれば近隣に存在する文明の情報を収集したい。
短期的には生活の向上を図りながら、無理のない範囲で出来るだけ技術を発展させる事を目標とする。これは不意の他文明との接触に備えるためだ。
とはいえ無理は禁物。俺が死んだらステラはこの島で生きていけないだろう。
無茶さえしなければヌルゲーなのだ。焦らず、ゆっくり、確実に。これを標語としてやっていこうと思う。
「おとーさん……?」
考えがまとまった丁度いいタイミングでステラが起きてきたようだ。
「おはよう」
「おはよ!!」
俺が挨拶をすると、元気な挨拶を返しながらとてとてと走って来て足に抱き付いてきた。
「えへへ~」
ステラはふにゃっとした笑顔を浮かべている。その頭を優しく撫でてやると、最初は驚いたような顔をしたが、すぐに満面の笑顔で頬を摺り寄せてきた。
「おとーさん……おとーさん!」
「はいはい。いいから顔洗うぞ、今日もやることがいっぱいだ」
「うん! きょうはなにするの?」
きらきらした目で俺を見るステラに、俺は今日の予定を告げた。
「土器造りだ」
レビュー頂きました。短編以外では初めてのレビューです……ありがとうございます。
細々とではありますが続けていきますので今後ともよろしくお願いします。




