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9 覚悟

「ステラ!!」

「あ゛ぁああぁーん!! おどぉ゛ざぁ~~~ん!!」


 ステラは俺を見ると、ものすごい勢いでダッシュして俺に飛び込んできた。

 子供とはいえ全力ダッシュからのタックルにはかなりの重さがある。頭が腹にめり込んで一瞬よろめいたが、なんとか持ちこたえた。


「ぐおっ……す、ステラ……大丈夫か」

「わあ゛ぁぁあ~~~ん!! うわぁ~~~ん!!」


 爆泣きだ。動画を取って辞書の「号泣」という項目に添付したくなるほどの号泣オブ号泣。

 すがりつくステラの身体をざっと調べてみたが、座り込んでいたせいで付いていたおしり部分の土以外は特に汚れも傷もない。


「どうした、何でそんなに泣いてるんだ」


 尋ねてはみたものの、ステラは号泣しすぎていてまともな言語を操れていない。

 とはいえ、理由はなんとなく想像がつく。一応出かけると話してあったとは言え、ステラはまだ子供だ。一人で留守番をしていて寂しくなったか、不安になってしまったんだろう。

 こういう時は、落ち着かせて話を聞いてやるに限る。

 背中をぽんぽんと叩きながら辛抱強く待っていると、ステラはしゃくりあげながら少しずつ話しだした。


「おど……おどーざん……がっ、いなくなっちゃったって……わだし、いらないこ、だから……おとーざん、わたしをおいて、いっぢゃったって、おもって」

「いらない子って……」


 想像していたのと少し違うキーワードが出てきて困惑する。

 俺はそこまでステラの事を邪険に扱ってしまっていたのだろうか。先行きの見通しが立たない中、子供を抱えなければならない不安感が無意識に態度に出ていたとか?


「なあ、ステラはいらない子なんかじゃないぞ」


 軽い言葉だな、と思いながらも俺はそう口にした。

 初めは見捨てようとしておいて、今になって余裕が出てきたからこんな風に優しくするなんて偽善も良いところだ。

 だが構うものか。少なくとも今はステラの事を助けてやりたいと思っているし、重荷にも思っていない。

 最初にそんな態度が出てしまっていたのは失敗だったかもしれないが、ちゃんと言葉にして安心させてやったほうがいいだろう。

 まずは謝罪だな。子供相手だからといって、こういうのは疎かにしてはいけない。


「なあステラ、昨日までの俺は少し余裕がなくて、態度に出てしまっていたかもしれないが――」


 決してステラの事が邪魔だと思っていたわけではない。そう告げようとしていた俺が聞いたのは、予想していたのとは違う言葉だった。


「わたし、きいたの……! わたし、ほんとは、うまれてこないほうが、よかったって……おとーさんも、おかーさんも、みんなもそうおもってるから、だれもこないんだって……、わたし、おふねで、うみのむこうに、すてられたんだって……だから、おとーさんも、わたしのこときらいになって、すてちゃうんだ、って……!」


 ステラの言葉に、俺は電撃が走ったかのような感覚を覚えてそれ以上の言葉を紡げなくなってしまった。


 ……なんとなく感じていた違和感が形になった。

 何というか、この世界について俺が知っていることは帆船があることと、そこから様々な人種が飛び降りていったこと、そしてステラの種族は恐らく俺達の世界で言うところのエルフか何かなんだろう、ということくらいだ。

 そこから勝手に中世ファンタジーのような世界を想像していたので、ステラが親に殆ど会わなかったという話を聞いても、乳母や目付役に預ける類の文化なんだろうと勝手に思っていた。


 だが、なんてことはない。話は聞いたとおりの内容で……ステラは親に愛されず、育児放棄(ネグレクト)された挙句……捨てられたのだ。


 子を愛さない親はいない……そんな言葉は内実を伴わない美辞麗句であり、実際には掃いて捨てるほど存在する。しかし、一定の年齢までの間ではあるが……親を愛さない子はいない。どれだけひどい仕打ちを受けても、親を憎むことができず、自分が悪い子だから愛してもらえないと考えてしまう。


 幼少期の俺が、まさにそうだった。


 全く家に寄り付かない両親。食事さえまともに与えられず、心優しい隣人や叔父夫婦が定期的に保護してくれなければ俺は今まで生きてこられなかっただろう。

 問題になるたびに涙を流して「これからはこの子と一緒に生きていく」と誓っては、一週間も保たずに元の生活に戻っていた母親。迷惑をかけた相手に事務的に金を払って「これで済ませてくれ」と言っていた父親。


 周囲の力添えもあって、命の危機に陥るような事態にまで至る事は殆どなかった。逆にそのせいで罪に問われたり親権を剥奪されるような事も起こらず、今でもあの連中は書類上では俺の両親になっている。

 俺が両親の元を離れたのは中学生の頃だ。反抗期に差し掛かっていたのもあったが、それくらいの年齢になれば自分の親がまともじゃない事にも気付く。


 しかし、幼少期は違った。なぜ俺は父親や母親に愛してもらえないのだろうと考えても理由が分からず、自分が悪い子だからだとしか思えなかった。

 だから、頑張って良い子になろうとした。食事もある分でなんとかしようと努力したし、腹が減っても限界まで我慢していた。

 それでも全く親に構ってもらえなかった俺は、寂しくて毎日のように泣いていたのだ。


 目の前で泣いているステラの姿が、子供の頃の自分の姿とダブって見える。


 考えてみれば、ステラは物凄く聞き分けがよかった。やるなといった事はやらないし、やれといった事はやる。物を聞かれたらしっかりと答えるし、興味を持った物に対して反応する事はあるが、それに夢中になって他を(ないがし)ろにするような事もない。

 普通、ステラの年齢ならもっと落ち着きがなくてもおかしくはない。賢い子だ、と思っていたが……それは違った。


 これまでもずっとそうだったんだろう。言われたとおり、ワガママも言わず部屋の中で「じぃ」と一緒に暮らす。普通の子供であれば我慢できる事ではない。

 しかし、ステラは……ずっとそうしていれば、言いつけを守って「良い子」でいれば、いつか両親が迎えに来てくれるのかもしれない。……両親が、自分のことを愛してくれるのかもしれない。

 そう考えて、ずっと「良い子」であろうとしていたのだ。かつての俺が、そうだったように。


「そんな訳あるか……!」


 俺はステラの小さな体を強く抱きしめた。


「お、おとーさん……?」


 急な俺の行動に、腕の中のステラは戸惑った声を上げる。

 俺はそれに構わず、ステラを抱きしめたまま言った。


「ステラはいらない子なんかじゃない。昨日までの態度が悪かったのは謝る。あれはステラが悪かったんじゃなくて、俺に余裕がなかったせいだ。こんな島で生きていけるのかって不安になって、ステラを助けるどころか自分も助からないんじゃないかって怯えてたんだ」


 腕を緩めて顔を覗き込むと、ステラは恐る恐るといった感じで口を開く。


「そうなの? おとーさん、ステラのこときらいになったんじゃないの……?」

「ああ。逆に俺はこんな情けないヤツだから、ステラに嫌われても仕方がないと思ってた」


 俺がそう言うとステラは驚いて目を大きく開き、叫んだ。


「そんなのない!! おとーさん……ステラのこと、たすけてくれたのに……」

「そうか、じゃあ仲直りしてくれるか? 明日からはステラの事、ちゃんと守るから」

「おとーさん……っ、うん、うん……!」


 ステラは泣き腫らした目のまま満面の笑みを浮かべ、俺の身体にぎゅっとしがみついて来る。

 そのあまりにも必死な姿を見て、俺は……一つの覚悟を決めた。


 見捨てようとした後ろめたさから保護する訳でもない。

 死なれても目覚めが悪い、という消極的な理由からなし崩しに面倒を見るでもない。

 俺が、俺の意思でステラの「おとーさん」となり、幸せにするのだ……と。


「なあステラ」

「うん?」


 ステラは俺にしがみついたまま上を向く。


「これからは、そんなに"良い子"じゃなくてもいいんだぞ」

「えっ……」


 ステラの笑顔が凍りつき、目から光が消える。


「な、な、なんで……? や、やだ……わたし、いいこにするから、おねがいだから、おとーさん、」


 すてないで。

 その言葉を口にする前に、頭を強めに抱きしめてやる。


「わぷっ……!?」

「バカ。勘違いすんな。普通の"おとーさん"はな、娘に多少ワガママ言われたくらいで娘のことを嫌いになったりはしないんだよ。むしろ、少しくらい言ってほしい。聞き分けが良すぎるんだよ、お前は」

「え……えっ?」


 言い終わってから開放してやると、ステラは目を白黒させながら俺を見つめていた。


「ダメな事だったらダメだって言うだけだ。嫌いになったりなんかしない。ほら、なんかないのか? やりたい事とかしてほしい事とかあるだろ。試しに言ってみろよ、そうしたらそんなので俺がステラの事を嫌いになったりしないのが分かるだろ?」


「あ……」


 ようやく理解できたようだ。ぽーっとした顔で俺を見つめていたが、しばらくして顔をふせてもじもじしはじめた。


「あの……あのね……」

「ああ」


 少しの空白の後、ステラは意を決したらしく顔を上げてこう言った。


「よるね、おとーさんといっしょのおふとんでねたいの……」

「よしきた」


 即答した俺を見て、ステラは花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 随分と可愛らしいワガママだが、まあ、最初はこんなものかもしれない。

 少しずつ進んでいこう。



 その後、放り出していたモフを回収して精肉し、焼いて食べた。海水の塩味で味付けをしただけの簡単な料理ではあったが、久しぶりの動物性蛋白質は何というか……脳髄に電流が走るかのような旨さだった。ステラも大はしゃぎしながら食べていた。

 寝床にモフの毛皮を敷いて少しだけグレードアップし、湧き水を汲んで水瓶に溜めるといった雑用をこなしてからその日は眠りについた。

 もちろん約束通りステラと一緒に、だ。

 安心しきった顔で眠るステラの髪を撫で付けながら、俺も眠りに落ちていった。



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