8 初めての狩猟(成果)
日の出前に目覚めた俺は、諸々の準備をして拠点の外に出る。
一つ伸びをすると、肩や背中のあたりからゴキゴキっとえげつない音がした。
結構凝ってるな。ワラのベッドの寝心地は悪くないが、そろそろ柔らかい布団とベッドが恋しくなってくる。そのうち作れるだろうか? 羊毛、綿、スプリング付きフレーム……いくら「道具」があってもさすがにしばらくは無理そうだ。
荷物は石槍、紐、石ナイフと木の升ひとつ。これは途中の湧き水で水分を補る用のものだ。チタンカップは現状、小さいとは言え煮炊きができる唯一の道具なのでなるべく大事にしたい。
昨晩、ステラには早起きして罠の確認に行く事を伝えてある。起きて俺が居なくなっていてもパニックになる事はないだろう。念のため、ログハウスの入り口には簡単な扉のようなもの――といっても、組み合わせて作った板材を立てかけただけの簡素なもの――を設置して、動物などが家に入らないようにした。
「よっし、そんじゃ行くか」
扉になる板材をもう一度ググッと押し込んで大丈夫かどうか確認してから、俺は昨日仕掛けた罠のある場所へ向かう。
「くそぉ……失敗か」
最初に仕掛けた罠は外れだった。
仕掛けは作動しているが、獲物がかかっていないのだ。
恐らくトリガーに獲物が触れた後、仕掛けが発動するまでの間に動物が輪っかの上を通り抜けてしまったのだろう。
もしくは、輪っかがうまく獲物の身体に絡まなかったかだ。
「幸先は悪いが、まあ、こんなもんだよな」
近代的なくくり罠ならともかく、原始的な罠なので発動後の成功率も、そもそもの発動率もあまり高くはない。
だから俺は罠を大量に仕掛けたのだ。
気を取り直して仕掛けを回収し、次の罠を見に行くと……
「キキキキッ」
ネズミの鳴き声のような音と共に、ガサガサと草葉の揺れる音が聞こえてくる。
間違いなく獲物がかかっているな。
覗き込んでみると、真っ白い羊毛のような綿毛の塊が宙吊りにされてもがいていた。
「これは……モフか」
モフ。CWの世界に存在する小動物だ。もふもふのウサギのような動物で、羊毛のような毛と肉が取れる。
「って、どうすればいいんだコレ。普通に処理すればいいのか……?」
ゲームでは、罠にかかった小動物は"攻撃"してHPが0になると毛皮や肉をドロップする仕様だった。大物になると死体が残り、それを適切な道具や設備で"解体"する事で資材を得られる。
どうしようかな。
動物の解体の仕方は知っている。というか、魚を捌きなれている人間なら小動物を解体することはそんなに難しくはない。皮の剥ぎ方や血抜きの仕方、内蔵の抜き方に多少の知識は必要だが、魚をさばく手法には通ずるものがある。
ただ、ワークベンチでの道具のでき方を考えると、「解体台」を作ってしまったほうが早いかもしれない。正確には「石ナイフの解体台」だ。ワークベンチで作ることのできる設備で、材料は木材と石ナイフのみ。
ぶっちゃけてしまうと、解体台の見た目はワークベンチとほぼ変わらない。ワークベンチの上に石のナイフが置かれているだけのものだ。
なので、これも少し実験してみたいと思う。ワークベンチに石ナイフを置いて、その上で獲物を解体したら「解体台」として機能はするのか。それとも、CWの技術ツリーに則って制作した道具でないと、その機能を発揮しないのか。
少し手間にはなるが、一旦実験のためにモフを抱えて拠点に戻ってきた。
モフは棒で殴りつけて気絶させ、紐にくくられた状態のまま適当にぶらさげて持ってきた。
作業の間は適当な場所に吊るしておけば、目を覚ましても逃げられることはないだろう。
まずは解体台を作ってみる。素材となる石のナイフは、手持ちのものとは別に作ることにしよう。どうせ大した手間じゃないし。
ワークベンチの上で石を打ち合わせると、キン! と小気味良い音を一発立てて石のナイフが完成した。とはいえこのままでは少し使いづらい。持ち手の部分に紐を巻き付けてアレンジする。
次に、台だ。木材は調子に乗って製材しまくった物があるので、適当に持ってきた。ちょうどいい道具が無かったので、石で斧頭を作ってから手斧を作りザクザクと加工する。
適当に形を合わせた素材を組み合わせただけで、一瞬で台が完成した。
構造的には大した強度の出るものではないが、やはりワークベンチ補正なのだろう、出来たものは体重をかけても全くグラグラしない物になっていた。
完成した台の上に石のナイフを置くと、天板に吸い付くように固定された。台を揺さぶっても落ちたりはしないが、手に持つことはできる。これが「解体台」なんだろう。
「よし、じゃあやってみるか」
完成した解体台の上にモフを横たえる。とはいえ何から手を付けたものか。やはりまずは〆る所からだろう。
手を合わせて拝み、石のナイフを手に取る。命をいただく前の習慣のようなものだ。手探りで首筋を探り当て、一気に刃を入れて頸動脈を断ち切った。
その瞬間、軽く台とモフの身体が光った……と思ったら、台の上にはもふもふな毛皮と枝肉がいくつか置かれていた。
「マジかよ……解体もめっちゃ楽じゃん」
期待していたとはいえ、これは想像以上の結果だ。
本来の解体と言えば、内臓や非可食部の処理、血の処理、肉の冷却といった様々な面倒事がついて回る。
動物がスーパーのパックに入っているような肉になるまでには大変な労力がかかるのだ。
しかし、「道具」の補正のおかげでこんなにも簡単に枝肉まで加工することができる上、毛皮もきれいな形で手に入る。
これはめちゃくちゃ楽だ。
「もしかして……ここで生きていくのって、だいぶイージーモードじゃないのか?」
右も左もわからず、自分の知識が通用しない無人島でのサバイバル。
正直詰んだと思っていたが、蓋を開けてみれば食料の確保には事欠かず、身一つで土木工事の真似事まで出来て、拠点の建築までできている。
俺とステラ、二人で最低限生きていくための条件は十分に整っている。
「……はぁ、ステラには悪い事したなあ。うまい飯、食わせてやるか」
余裕がなかったとは言え、一度は見捨てようとした事実が余計後ろめたくなってきた。一緒に数日過ごして情も湧いてきたし。
その情が湧くこと自体を始めは恐れていた訳だが、そもそもそれをなぜ恐れていたかというと「自分ひとり、ギリギリ生き伸びることができるかどうか分からない」という懸念があったからな訳で。今やその前提そのものが崩れている。
これまでは「その日」が訪れた時のために、お互いのためにあえて少し突き放したような態度を取っていたが、もうそんな事をしなくてもいいのかもしれないな。
「よっし。腹いっぱい食わせてやるためにも、張り切って罠の見回りしてくるかね」
一つ気合を入れ直した俺は、再び罠を仕掛けた森へと向かった。
「こんな事になるとは思わなかったぞ……」
時間は既に正午近く。木々の隙間から時折覗く太陽は明らかに中天に到達しており、森の入り口の気温はここに来た時と違って随分と上がっている。
あれから森に戻ってきた俺が見たものは、仕掛けた罠のほぼ全てにかかっているモフの姿だった。
掛かっていなかったのは最初の罠を除けば一つだけで、俺の背には木の棒で殴りつけて〆たモフが10匹程担がれている。既に素材として判定されているせいか、重量は全く感じないが。
しかしこの量……普通のくくり罠ではありえない成果だ。
「これも道具の効果なのか……?」
罠も言ってしまえば道具の一種だ。CWでは仕掛けておくと一定期間ごとに判定があり、道具ごとに定められている確率で獲物がかかる。なので、性能の低い罠でも放置すればほぼ確実に獲物がかかる仕様だった。
純粋に道具補正で性能が底上げされたのか、それともCW的な仕様が機能してこうなったのか。それは検証してみないとわからないが、一つだけ言えることは
「こんな量の肉、食いきれないぞ。なんか加工とか出来るかな……」
という事だった。
元々は作動した罠を再び仕掛けるつもりでいたが、連日この成果が出られても消費しきれない。なので、今日は罠を全て解除しておいた。
本来なら回収するべきだが、ここには俺達しか居ないので再設置しやすいように罠をその場に隠してある。
思ったより時間を食ってしまったので、湧き水で喉を潤してから拠点に戻る。
一応朝飯の分のヤコメの実は置いておいたが、既に昼時だ。
ステラも腹をすかせているかもしれない。戻ったらとりあえず肉を焼いて食ってから、余った肉のことを考えることにしよう。
「……ぁ……ぁぁ~……」
そんな事を考えながら拠点の近くに戻ってきた時、拠点の方からステラの声が聞こえてきた気がした。
「なんだ?」
自然と急ぎ足になって拠点に近づく。既にステラの声ははっきりと聞こえていた。気のせいじゃない。
「うあぁあ……ん……わぁぁあ……」
徐々に聞こえてきたそれは、ステラの泣き喚く声だった。
拠点のログハウスが視界に入ったが、入り口に立てかけていた板は外されており、ステラの声はその向こうから聞こえている。
何かあったのかもしれない。俺は担いでいたモフをその場に放り出し、石ヤリを掴んで全力疾走に移行していた。
「ステラ! 大丈夫か!?」
整地した広場に出た俺が見たのは、地面にへたりこんで大泣きしているステラの姿だった。
かなり間があいてしまってすみません。
年末年始、大変なことになっていました……。
あと、みなさんは熱が出たらすぐに病院に行きましょう。
激務を乗り越えたようやくの休みを寝込んで過ごす羽目になるので。あと幻覚とか悪夢とか見るので……。




