第三話 助っ人は素直でない
シド共和国は数年前に国王が主権を国民に譲渡したことで建国した国である。共和国が建国する上で内戦などもなく、穏便に主権が譲渡されたため王族は未だに国に大きな影響力を持っている。それもあってかやはりこの国の内情は階級別に分けられる体制が根強い。
主要な産業は農業だが工業も少しづつ発達してきており、国力も大国とは言わないまでもかなり経済力のある中小国と言える。
総じてみるととても良い国なのだが、中には壊滅的に悪い部分もあったりする。それは、立地にあった。
「ぎゃあああああああああああッ!? なんで移動中にコガレオンに襲われるのおおおおおおおおおおおッ!?」
俺とニニエはコガレオン討伐隊と合流するために町を出て集合場所である野営基地を目指していたが、たどり着く前に何とコガレオンに襲われていた。
コガレオンはボスガレオンの子供ともいえるモンスターだが、全長で十メートルもあり時速三十キロで不整立地を走破出来る。十分に怪物である。ティラノサウルスの様に普段は二足で走るが全力疾走時は四足走行という意味の分からない生態をし、多くの討伐隊を食い殺したそうだ。
「おい元女神! 何か秘密道具的な物はないか!?」
「もうだめだ、おしまいだ……。勝てるわけがない……」
「どこかの王子さまみたいに情けないこと言うなよ!」
何とか物陰に隠れた二人だがすこぶるピンチであった。見つかればすぐにえさになることは間違いなかった。
「ひいいいいいいいいいぃぃッ! 神様お助けを!」
俺は普段は祈りもしない神様に全力で祈りをささげる。そして同時にどうしてこんな町近辺で襲われたのかと疑問すら感じた。
しかし、それは仕方がない事であった。
「シド共和国は資源豊富で自然も豊かよ。でも、それはつまりモンスターも活動しやすいってことなの」
「マジか……、こっちの世界では資源を持っていれば有利ってわけじゃないのね」
「そうね。特にシドは海山森とモンスターの好む環境が軒並み揃っているから、ギルドは大繁盛ね。死者も多いけど」
冗談ではなかった。家が欲しいと欲を出してこの仕事を受けたが失敗だった。町から出るべきではなかった。俺は浅ましい自分を殴り倒したい衝動に駆られる。しかし今はそんなことをやっている場合ではない。今は生きるか死ぬかである。
「クッソ! せめて俺の能力が未来予知のできる能力だったら……。なんだよ、選択肢問題で絶対に間違えない能力って! ピンポイント過ぎて使い道ないんですが!」
「本当にね。これだからブタ野郎は……」
「てめぇは能力持ってないだろうが! ちょっと身体能力高いだけだろうがこの脳筋め!」
この依頼に出る前、元女神の能力を確認した俺は愕然とした。なんと何の力も持っていなかったのだ。見習いだから仕方がないとはいえこれには驚いた。一応戦闘能力自体は近接戦闘能力の高さからあるのだが、あの巨体対手にはまるで無力であった。
「帰りたい……。お家に帰りたい……」
「うふふふひ、私たちは食べられてモンスターとして生き続けるのよ」
俺の横で元女神は薄気味悪い笑みを浮かべる。どうやら精神が崩壊したようだった。
それもそのはずだろう。ドンドンこちらに足音が近づいて来ているのだ。ああ、これは死んだなと俺もあきらめる。
しかしその瞬間足音が止まり、何かが倒れる地響きが鳴った。俺とニニエは少しの沈黙の後、恐る恐る物陰の後ろを覗いた。
そこには倒れたコガレオンとその上に人が乗っていた。コガレオンは死んでいるようだったから俺達は助けれたようである。
「た、助かった……、って、ええ!?」
安息も束の間、俺は突然そのコガレオンを倒したと思われる人物に刃物を突き付けられて固まった。元女神はそれを見て動揺する。
「チョッ!? 僕達は金もの物なんて持っていないよ!」
「そうだ! もしもコガレオン討伐の戦果が欲しいなら俺達は何も言わないから、命だけは助けてくれ!」
「……」
俺は無様に命乞いを始める。かっこ悪い? 命の方が大切です。金はその次。だからこそ全力で無様な命乞いをする。
しかし金品を巻き上げるのが目的でないのか、刃物を突き付けた人はコガレオンを指さすと口を開いた。
「あいつの討伐報酬の半分を私に譲渡しろ。もう半分はお前たちがもらっていい」
「え? それやるなら全部貰った方がいいのでは?」
「それを行えば私は憲兵隊の厄介になることになるのでな」
顔は布で隠れ居ているため分からないが、声と身長から女性ではないかと俺は予測した。尤もべらぼうに強いのだが。
とりあえず俺は全力でその取引に賛同した。するとその人は刃物を下げて顔を隠していた布を取り払った。褐色に栗色の髪の毛をした青眼の少女であった。野生的な見た目だが凄い美人ではないかと俺のセンサーが直感した。
「そう言う事なら護衛しよう。討伐確認はコガレオンの仙骨を持っていけ。それがあれば討伐したのが自分たちだと証明できる」
「そうなんだ。なんかすまんね」
「構わんよ。ルーキー相手にこうやって稼ぐのが私のやり方だからな」
「……今の講座って金取るの?」
「当然だろ? まあ、と言ってもお前たちは貧乏人だろうから、今回は初回無料だ」
野生的な見た目に反してかなりの商売上手な様子だった。恐らくこのタイミングで出てきたのも、俺達がピンチになることで交渉しやすくするためではないかと予想できた。
「……で、あなたは結局何者? 僕はニニエ、でこっちのブタ君がスズキだ」
「……聞かない方がいいぞ? 知ればお前たちは恐れ戦くだろう」
「ええ! 俺知りたい、めっちゃ強そうだから仲間になろうよ!」
「ちょっとスズキ君唐突すぎない? 僕は……、どうしよう?」
突然勧誘し始めたスズキとどう対処すべきか悩むニニエをしり目に、少女は自分の名前を口にした。
「リラ・ユーストルニッグ、エーデ族の者だ」
「……エーデ族!? それは、凄い」
「な、なんだってー!?」
エーデ族の名を聞いて驚いたニニエと一体どんな部族か分からないがとりあえず驚いた俺。しかし驚いたはいいが実際にどんな部族か予想も付かないのでニニエに耳打ちした。
「ねえ、エーデ族ってなに?」
「荒野の一族と呼ばれる戦闘民族よ。今は数が極端に少なくなったけど、めちゃ強な奴だったはず」
「マジで? やっぱり仲間にしようぜ!」
「いやいや、こういう優良株はもうすでにどこかの企業に引き抜かれているって! 僕たちの資本金じゃ新卒の心をキャッチすることなんて無理よ!」
何とか仲間に出来ないかと知恵を巡らせるが、確かに優良株なのでもう所属は決まっていそうだった。そのため仕方がなく諦めることにした俺に困惑気味にリラが問いかけた。
「あの、戦慄するべきじゃない? エーデ族って四人の大悪魔の一人、土のアネモネの出身部族なんですけど……」
「マジで? めちゃ強じゃん。ねえ今所属の企業退職してうち来ない?」
「なんで会社の社長みたいな口調になっているのかな?」
正直俺は彼女の言ったことをいまいち理解していなかった。しかし分かることは二つだけある。それは彼女が強くて俺達が弱いという事だ。
「……私はフリーランスよ。それどころかギルドにも所属できない、市民権を持たない無法者だしね」
「マジか。それならいいんじゃね? やろうよ。報酬の半分を譲ると約束しよう」
「ちょっと! あげ過ぎじゃないかな!? もう少し安く済ませましょ」
「俺達が弱いんだからしょうがないだろうが!」
これで元女神が強ければ良かったのだが、何とも不甲斐ない。まあ一番不甲斐ないの俺なんですけどね。
「……頭の弱い奴らだ。私はエーデ族、危険な奴だと分かっていないのか?」
「危険かもしれない。が、このコガレオンを見て俺は思ったんだ。この先俺達だけだと死ぬ」
「まあ、だな」
「それにルーキー相手に生き残る術を教えているところを見るに悪い奴でもなさそうだし、やっぱりお前と組みたい」
俺は必死の視線をリラに向けた。自分が生き残るため、そしてマイホームを建築するために。しかしその言葉にニニエが反発する。
「こ、このブタ野郎! 私はもう用済みってこと!?」
「そんなこと一言も言ってねええええええええ! 後ブタ野郎っていうのいい加減やめろ元女神!」
俺の肩を掴み揺さぶって来る元女神をなだめ、再び俺はリラに向き合った。
「ど、どうだ?」
「お断りします」
「振られた!」
リラは間抜けを見るような視線を俺に向ける。あれ? ここは良いよっていう流れじゃね?
「お前達みたいな雑魚と組むなんてごめんよ。……はあ、お腹空いたわ」
「ねえスズキ。私もお腹空いたんだけど。帰ろうよ」
「お、そうだな。じゃあリラ、お金渡したら解散でいいよ」
「……お腹空いたな! お腹がいっぱいになったら機嫌がよくなるな!」
謎のお腹空いたアピールに俺はハテナマークを浮かべる。元女神は空腹でリラの話を聞いてすらいなかった。
「まあ、お金手に入ったら好きなもの食べればいいんじゃないかな?」
「……くたばれブタ野郎」
気を使ったのに暴言を吐かれて俺は寂しい気分になった。しかしリラもどこか拗ねたような表情を見せていた。