第四話
私が異世界に無理やり召喚された挙句、精霊界にお世話になって1ヶ月が経った。
多分人間辞めちゃった気がする。
軽い準備運動の後に武術の鍛錬。そして精霊術の練習と異世界についての勉強。
比較対象が無いから確定できないけれど、私がやってることは基準にしたらいけないと思うんだ。
100km走30分とかもう人間業じゃないと思うんだ。音速じゃないからマシとかそれ違う。
森の木々なぎ倒さないように走らないといけないとか、精霊術操作の練習にしても酷過ぎる。
人外の準備運動の後は武術の鍛錬・・・ちゃんと鍛錬用に広場が作られてる。
寧ろ武器を振るったり、拳を重ね合わせた衝撃波で周囲が吹き飛ぶとなるともうね。
最初は広場は無かったんだけど、居合でもないのに木が切り倒されるとか酷い事態になって。
ちなみに木が伐採された後は、私ではなく何故か火の精霊王が他の精霊王に説教されてたけれど。
剣術とか体術等でその状態なのだから精霊術の訓練は別の空間に練習場を作るしかなくて。
回復とかはまだしも攻撃系になると確実に精霊界がオーバーキルされそうなので。
精霊界がオーバーキルって何を言ってるのって話だけど、神同士の戦いで世界滅ぶ理由は悟った。
「そういえば1ヶ月経ったと思うんだけれど、邪神や魔族たちは何時私の所に来るんだろう。」
人間軽く辞めちゃった感が強かったので、精霊神についつい聞いてみた。
何しろ、邪神側は私の命を狙ってる筈なのに、何時までも来ないから私が際限なく強くなってる。
邪神が見逃したという経緯はあっても、魔族は殺そうとする努力はしてた。
残念ながら色々な偶然が重なって、精霊側に拾われて今に至るんだが。
『この場所は時間軸がずれた所にあるからね。攻め込まれるにしても多分11ヶ月位掛かるかな。』
「トータル1年もたないか。1年もあると考えるとある意味恐ろしいんだけど。」
『永遠に隔離できるなら、精霊王たちもここまで育て上げる必要は無かったのだが。』
「今の時点でこの状態だと、勇者要らなくないですか?」
『用心に越したことはない、リンドさんが死ねばその瞬間邪神が完全な存在になってしまうからね。』
精霊王たちが全力で私を鍛えようとした理由。それは私が邪神の生贄の一人として召喚された事。
私も死にたくなかったので、精霊王たちの指導を受け入れたんだが。
にしても後11ヶ月か。確実に勇者要らない子状態になりそうな気がするな。
ちなみに今の私はあくまでも精霊使いなんだが。精霊の御使いと言っても間違いでなさそうだが。
それより、この世界の人間とコミュニケーションがとれるかどうかが一番の問題だ。
ある意味箱入り何とか。非常にまずすぎる。
うん、邪神や魔族たちが攻め込んでくるのを乗り切ったら、勇者探しの旅に出ようかな。
冒険者とか良いな。仲間とか作りたいな。
とにかく人に会いたい。話はそれからだ。
『リンドさんを守るためとはいえ、本当に申し訳ない。』
「大丈夫ですよ。正直来たばかりの状態だったら、すぐに行き倒れるのは目に見えてましたから。」
それより今は11ヶ月後の事を考えないと。
多分、圧倒的物量で攻めてくるのは予想出来るし、私は一人しかいない。
精霊神は流石に場所を維持するので動けない。それにここを戦場にするわけにはいかない。
精霊界が傾けば精霊術という手段がなくなることになる。それは流石に詰む。
でも、精霊王や精霊たちが協力してくれる。目的としては一致してるからだ。
「だから、感謝しています。私に機会を与えて下さった事を。」
『・・・貴方の未来に幸あれ。』
一瞬、精霊神の姿に陰りが見えた。だが、すぐに瞬くと姿を消した。
精霊界の中の唯一の人類と言っても、私は完全に一人じゃない。
精霊王たちが手を振っているのが見える。さて、訓練の続きと参りますか。
あれから・・・うん、あれからというべきか。
精霊界の中の果実と水で飲み食いしてたら年まで取らなくなったとか既に何かが終わってたけれど。
異世界に来て1年が過ぎた。
私の存在を知った邪神と魔族たちが精霊界を取り囲んでいた。
負ける気はしない。でも勝てる気もしない。
幾ら人間辞めてると言っても神を殺す手段が無い。
それでも何とかなる方法はある。
『魔族たちは人族国家に注ぎこんだ兵力の殆どをここに回しています。』
「だろうな。殺さないといけない相手が皆さんのおかげで簡単に殺せなくなってるからな。」
『とは言っても、物量で押し切られたらひとたまりも無い。』
『だからこそ外で迎え撃つ。その為に散々仕込んだしな。』
『地形だけは変えるなよ。変えたら後で説教だ。』
「邪神は出来る限り相手にせずに他を削る。いくら魔族でも半数削れば考えるだろう。」
『普通は半数もやられる前に撤退するんですけど、魔族・・・ですからね。』
『削れたら削れただけこっちの勝ちだ。不完全な邪神だけでは戦線は維持できない。』
私が死なない限り、精霊側は負けない。
だが、相手は人間側とも戦争中だ。ここで犠牲を出せば出すほど、魔族側には厳しい状況になる。
「私は死ぬつもりがないんでね。それに死にたいと思うものはここにはいない。」
私が、そして精霊王や精霊たちが身構える。
向こうから邪神が・・・懐かしくよく見知った顔があった。
「また会ったな。俺にも望んでる事があるんだ。だから死んでくれ。」
「断る。それ以上近づけばそれなりに抵抗させてもらう。」
見知った顔とは言え、もう、私の行く道と邪神・・・暮明の行く道は違う。
あの日から私は生き続けると決めた。
だから私は・・・戦いに臨む。