押し入れに有るものは……
私は、この木造アパートに住む四十代の会社員。
部屋は101で、同居人と一緒に住んでいる。
同居人は何というか…人としてかなり問題がある人物だが、事情があり仕方なく同居していた。
時刻は夕方。
仕事帰りの私は、疲れた身体を無理矢理動かしアパートに帰って来た。
四十代ともなると、毎日飲み歩くなんて体力はない。
ここ最近は飲み屋に行く気にもならないから、買い出しの必要が無ければ真っ直ぐアパートに帰るだけの毎日だ。
疲れた疲れたと肩を回しながらアパートにつくと…階段で三歳位の男の子が遊んでいた。
「ボク。何処の子だい?もう日も暮れるし、お家にお帰り」
「…」
私が階段で遊んでいた男の子にそう言うと、彼は無言で階段を駆け降り、そのまま103の部屋に入って行った。
ああ…あの夫婦の子供か…
このアパーの103の部屋には、いつも穏やかに笑う夫婦が住んでいる。
三十代位の夫婦で、子供がいると大家さんから聞いてはいたのだが、子供の姿はおろか騒ぐ声すら聞いた事が無い。
余りに静かなので、子供が居る事などスッカリ忘れていたが…あの子が…
確か共働と聞いていたが、あんな小さな子供を一人で留守番させるのは可哀想だし、今のご時世ではかなり無用心だ。
しかし、下手に口を出して怒らせたら面倒そうだし、関わらないのが一番だろう。
私はそう思いながら、自分の部屋の前まで歩き、部屋の鍵を開けるとそのまま風呂場に直行した。
翌日。
同じ位の時間にアパートに帰って来ると、またあの子がアパートの階段で遊んでいた。
翌日も翌日も翌日も…しかも服が同じで顔色も悪い。
…まさか…虐待か!!
私は急いで子供に駆け寄り、声をかけた。
「ボク。お腹空いてないかい?良かったら…あ!待って!」
近づいてきた私を警戒したのか、子供は慌てて103の部屋に駆け込んだ。
私は急いで子供を追いかけ、ガバンと勢い良く扉を開ける。
すると103の住人らしき三十代の女性が、目を見開いて私を見ていた。
玄関横にある台所で夕食の支度をしていたらしく、慌てた様子の私に驚いた口調で口を開く。
「貴方は101号室の?!どうなさったんですか!」
「お子さんが…」
「子供?」
「あ!待ってください!そこは!」
子供が心配で無理やり部屋に入ると、中には正座する旦那さんと…
「あの子!」
部屋の中には仏壇があり、あの子供の遺影が飾られていた。
「私達には確かに息子が居ました。でも…二年前に事故で…」
「…そうですか…無理やり部屋に入って申し訳ありません。勘違いだったようです。失礼しました」
私はそう言って夫婦に謝罪すると、直ぐに部屋を出ていった。
翌日。
私は仕事帰りにお詫びの品を買ってから、昨日の件の謝罪のために夫妻の部屋に向かった。
しかし…部屋の前には何故かあの子がいる。
今まで私を見るなり逃げていた彼が、何故か私の服の袖を引っ張り真っ青な顔で私を見上げる。
その只ならぬ様子に、私は目を見開いて驚いた。
「助けて」
「え?」
「あの子を助けて!!」
彼はそれだけ言うと、そのままスーと消えてしまった。
やはり幽霊だったのか?
しかし…あの子?あの子とは誰だろうか?
私が不思議に思いながらも、103号室のインターホンを鳴らそうと手を上げた瞬間。
声を潜める様な声量で呟く、奥さんの声が聞こえてきた。
「あんた部屋を出たわね…嘘を言うんじゃ無いわよ。101号室の人があんたを見たって言ってんだから。あんたも…あの子みたいになりたいの?」
バン!
鍵の掛かっていなかった玄関から、私が慌てて中に入ると…あの子にそっくりな三歳位の少年が、奥さんから包丁を突き付けられていた。
髪は延び放題で、服はボロボロ。
体はガリガリに痩せていた。
包丁を持っていた奥さんが、慌てて包丁を隠すがもう遅い。
「人の部屋に勝手に入らないで下さい!警察呼びますよ!」
「いえ。私が呼びましょう」
「え?まっ待って!」
私は慌て始める奥さんを無視して、素早く携帯電話を取りだし直ぐ様 警察に電話をかけた。
「もしもし。私は…実は…はい。分かりました」
私が通話を切るやいなや、奥さんは鬼の形相で持っている包丁を振り上げ私に襲いかかってくる。
襲われた私は、素早く奥さんの腕を捻り上げ包丁を叩き落とすと、彼女を部屋から連れ出し地面に押さえつけた。
彼女を部屋から出したのは、これ以上子供を傷つけ無いようにするためと、山姥のような形相になっている母親の姿を子供に見せたくないからだった。
「放してください!放せ!」
警察官が来るまでの数分間。
力の限り暴れる彼女に引っ掻かれ、腕は痣と引っ掻き傷でボロボロなったが子供は守れたので良しとしよう。
警察官が奥さんをパトカーに乗せ、怯える子供を保護し警官が警察署に連れていくと、部屋に残った婦警が子供の着替えを探すために、ガタッと押し入れを開けた。
その時。
ゴロッと何かが婦警の足元に落ちてきた…死体だ!
婦警が慌てて応援を呼び、死体DNA鑑定すると、遺体は旦那さんのモノだったらしい。
しかも死後五年も経過していて、白骨化していたと警察が教えてくれた。
奥さんは昔から息子達に度々虐待をしていたらしく、旦那さんは止めさせようとしたが奥さんは聞き入れず、揉み合いの末…奥さんは、旦那さんを殺めてしまったらしい。
旦那さんが死んた後。
殺人の後の興奮が収まらなかったらしく、奥さんは父親を殺されて泣き叫ぶ長男を、五月蝿いと言って階段から突き落としたそうだ。
長男は事故死として処理されたが、明らかに刺殺されている夫の遺体を発見される訳にはいかない。
なので、奥さんは遺体を何処かの山に埋めたそうだ。
しかし、その山で不法投棄の問題が発生して警察が良く来るようになり、旦那さんの遺体を発見される事を恐れて密かに掘り起こしたらしいのだが、始末に困り最終的に押し入れに遺体を隠していたと言う事らしい。
という事は…あの旦那さんは幽霊だったという事だ。
足はあったんだが…まあ少年も足があったし不思議ではないか。
その後。
裁判を経て奥さんは殺人罪で刑務所へ、子供は父方の祖父母に引き取られたと警察官から教えてもらった。
良かったと、胸を撫で下ろした瞬間。
私の背後から、フワッと心地よい風が吹き背後から「ありがとう」と微かに声が聞こえてきた。
私が驚き振り向くと、そこには旦那さんとあの子が立っていた。
彼等は私に微笑みペコッと一礼すると、スーと消えていった…
私はその後自分の部屋に戻り、酒を飲みながら目の前に居る同居人を見つめる。
私に見つめられた同居人は、真っ白なワンピースをヒラヒラさせながら嬉しそうにスリ寄って来た。
私は、真っ白な顔色で私にスリ寄ってきた彼女の手を振りほどいて立ちあがり押し入れを開ける。
そして、嫌そうに顔を歪めて呟いた。
「やれやれ。警察にバレる前に私も君を捨てないとな」
彼の部屋の押入れには、半分白骨化した死体が横たわっていた。
死体は真っ白なワンピースを着た女性で、ワンピースの胸の辺りには真っ黒な染みを付けついる。
実は同居人は、私のストーカーだったのだ。
余りの迷惑行為に私が警察に相談したのだが、それを知り彼女は逆上し私を殺そうとした。
その時に、私が誤って彼女を殺してしまい、こんな女のために人生を棒にふりたくない私は警察に届けることなく遺体を山に捨てた。
確かに捨てたのだ。山に穴を掘って埋めてまで。
しかし…何度捨てても何故か、彼女はこの押し入れに戻って来る。
何度も何度も何度も穴を掘ったが、無駄だだった。
今は諦め ここ最近は放置していたのだが、暫くは警察の出入りが激しいだろうし、また捨ててこないといけないかもしれない。
深夜の穴堀は堪えると渋い顔をする私に、同居人である彼女はニッコリ笑い再び私に抱きついた。
そして、私の耳元でこう呟いた…
「…貴方の側から離れないわよ…永久に…」
…何処に捨てても、何度 捨てても彼女は戻って来る。
何度も何度も何度も何度も何度も…
何時になったら…私は解放されるのだろうか…
ストーカーは恐ろしいです‥‥死んでも離れないんですからね。
四十代の彼は結局。誰にも殺人がバレずに天寿を全うし、老後も裕福な生活を送りました。
裕福な理由は多額の保険金を貰ったからです。
知らない内にストーカーとの婚姻届を出され、行方不明として扱われたストーカーが五年して死亡認定され、保険金を受け取りました。
金に罪はありませんからと、普通に受け取った彼も頭がオカシイのかもしれませんね。




