スキル無し
主人公:男、失業中、人生に絶望している
異世界転生物の小説は未読
「君は現実の世界で死んでしまったのだ。しかしその若さで命を失うのはあまりに惜しい。君に異世界への転生する権利をやろう」
俺は濁った眼でぼんやりと白く光り輝きながら空中に浮いている老人を見ていた。返事はしない。最初から話をまともに聞いていない。こんな茶番に付き合う気などさらさらなかった。
俺は自殺したんだ。この世に絶望した。いや、違う。自分自身のクソさ加減に呆れ果てて首を吊ったんだ。そんな奴が転生して人生やり直せなんて言われたって心惹かれるわけもない。むしろ余計な御世話だ。さっさと消滅させてほしい。
返事もせず項垂れている俺を見て不審に思ったのか、白い老人はこちらを覗きこむようにして言葉を続けた。
「……異世界に転生するというのならば、その異世界に生きるために必要であろう強力なスキルをプレゼントしよう。どうだ、何のスキルが欲しい?」
要らない。言葉にするのも億劫だったので心の中だけで突っぱねた。そんなスキルなんていらない。俺はただ死にたいだけだ。スキルなんて貰ったところでクソな俺はいつまでもクソだ。どんなに美味く調理されたとしても、クソを食う気には誰もならないだろう? それと同じだ。
白い老人は何か焦っているようだった。先程の超然とした態度が演技であるかのように動揺している。無言で座って微動だにしない俺がよほど珍しいのだろうか。白い老人は俺に早口で転生の利点を説明する。
「お主は何かを迷っているのか? そんな迷いは必要ない。異世界は人も住みやすい良いところだ。それに今度の転生先は機械文明が発展していて面白いぞ? まあその代わり人間がいな……なんでもない。ええと、そうだ。転生スキルも良い物を用意して置いた。この『軍事知識』はおそらく君の転生にお勧めだ。サバイバル技術だけでなく、軍隊を作って軍事行動を行うのにも便利……」
「要らない」
俺は初めて声に出して意思を示した。小さく呟いたはずなのに、その言葉を聞いた白い老人はビクリと大きく肩を震わせた。何をそんなに驚く必要があるのか。まあ俺にはどうでもいいことだ。俺は消えたいんだ。
白い老人が俺の言葉を確かめるように考え込むと、低い声で俺に確認してきた。
「……転生スキルを要らないと言ったか。その場合、お主は異世界に転生できず、元の世界に転生することになる。それでも良いのか?」
「……必要ない。俺は自分から死んだんだ。もう、生きたくない」
その言葉を聞いた白い老人は、顔を顰めた気がする。眩しく照りつける後光のせいで表情は見えなかったが、そんな気配があった。白い老人はゴミクズのように項垂れて動かない俺を見降ろして、ブツクサと小さく呟いていた。
「いや、困ったな。転生スキルを取った人は強制的に異世界に転生させられるけど、スキル要らないって人は現世に転生させなきゃいけないんだよな。輪廻転生だっけ? こんなルール守っても仕方ないと思うんだけど、やらないわけにもいかないしなぁ。スキル無しで現世に転生とか小説の題材にしてはあんまり面白くならなさそうだし、でもルールは絶対だし、弱ったな……」
なにやら愚痴を吐いているようだったが、声が小さくて聞きとれなかった。どうでもいい。転生スキルとやらを拒否したんだ。だから早く俺を消してくれ。
白い老人は何かを決意した様子で、俺に最後の通告をした。
「わかった。転生スキルを要らないと言う君の意思を尊重する。君はスキルを取らない状態で現世へ転生するが良い……で、本当にスキル要らないのか?」
「要らない。っていうか転生自体要らな……」
俺がイライラしながら転生を拒否しようとしたが、途中から急に全身が光り輝いていた。さすがに驚いて言葉を切った。目を剥く。そして俺の意識はだんだんと薄れて行った……。
…………
俺は赤ん坊に転生していた。
最初の意識が発生したときは、まさに分娩室であった。まだ母体とへその緒が繋がっている。俺と言う存在自体を殺したかった俺が、まさか新しい生命として生まれるなんてどうしようもない皮肉だ。そう思うと我慢できず、恥ずかしげもなく大泣きした。分娩室にいた夫婦や医者からすれば新しい命を祝う感動の産声なのだろうが、俺からしたら地獄の始まりを告げるサイレンのようなものだった。
俺は、毎日死ぬ事を考えながらベビーベッドの上で横になっていた。
首が座っていない俺は、保護者が見ていない隙に身体を少し横に向けるだけで、器官が潰れて窒息死できるはずだった。生前もやった死に方だ。今回もできる。だが、俺の意思とは裏腹に未熟な体は言う事を聞いてくれない。一生懸命身体を横に向けようとするが、どんなに頑張って動いても幼児がむずがっているようにしか見えない有様だった。近くの物に掴まろうとするも、指自体がまともに動かない。俺は諦めることなく身体を動かし続けたが、一度たりとも上手く自殺できなかった。
まだ眼もきちんと機能していないらしい。目の前の光景は白と黒と赤の三色だけで構成されており、しかも全体的にぼやけていた。でも近くに何があるのかはなんとなく察することはできる。特に母親に関しては遠目でも見分けがついた。赤ん坊の本能なのだろうか。視界の中に母親が映るとどうしても目で追ってしまう。何とも言えない温かい気持ちが胸の中に沸く。嫌な気分だ。
母親は優しい人のようだ。いや、母親と言うものはみんなこうなのだろうか。とにかく、むずがるように身体をゆすっている俺を見つけると、すぐに丁寧に抱きかかえられ、俺が眠くなるまで揺すってくれた。その時自分を包み込む温かい身体や、何とも言えない心地よい匂い、そして小さく口ずさむ子守唄にどうしても心が落ち着いてしまう。いつしか母親にあやされているときだけ、俺は死ぬ事を考えなくなった。冷静に考えると自分が恥ずかしいが、どうにもこの気持ちに抗えない。
首が座ってきた。もう首を曲げてお手軽に窒息死する作戦は使えない。だが代わりにほんの少しまともに動けるようになった。行動範囲が広がれば死ぬ方法なんて山ほどある。俺は隙を見て、手始めにベビーベッドから墜落死を試みた。ほんの数十センチが、今の俺には絶壁の高さに見える。ここから落ちれば死ねる。そう確信するだけの恐怖があった。赤ん坊らしからぬ形に唇が歪む。一瞬だけ母親の事を思い出す。だがもう遅い。
次に目が覚めると、俺は白い部屋にいた。
近くにある清潔な間仕切りカーテンや看護婦さんらしき白い姿を見て、俺はすぐに死にそびれた事を悟った。あの高さではまだ足りないのか、と悔やむ。次はもっと違う、確実に死ねる方法を考えねばならない。そう思った時、近くに見覚えがある影が見えた。母親と、たぶん父親だ。
母親は泣いているようだった。俺の小さな手を握って必死に何かに祈っている。そして俺が眼を開けるのを確認すると、堤防が決壊したかのようなとてつもない勢いで泣きだし始めた。俺の耳はすでに普通に音が聞こえるくらいに完成しており、母親の「ごめんね、ごめんね」という言葉がはっきりと聞こえていた。父親らしき男が母親の肩を抱いているのが見える。その表情は良く見えなかったが、同じく涙ぐんでいる様子が声色でわかった。物凄く居心地が悪い。
「ごめんね、ごめんね。お母さんが見ていなかったから、あんな痛い思いさせちゃったね。悪い母親で本当にごめんね」
「いいや、君は悪くないよ。ちょっと離れていたとき、坊主が少しイタズラしたくなっただけさ。最近首が座ってきてるし、色々見たかったんだよきっと」
「でも、私がついていれば、あんな、痛そうな、死んだみたいに、気絶してっ、私、本当に、驚いて、怖かっ、でも、生きていてくれて良かった……!」
そう言って母親は泣き崩れてしまった。父親が慰めている。俺は息が詰まった。母親の「生きていてくれて良かった」という台詞が胸の奥の何かに突き刺さった気がする。でもそれが嫌じゃなかった。なんだかわからないが、俺も貰い泣きしそうだったので我慢した。なんか恥ずかしいから泣きたくない。鼻にツンと来るがグッと堪える。ダメだ、我慢できない。
俺と一緒に泣きながら、母親は「あなたが生きるためなら死んでもいい」と言った。使い古された臭い台詞だった。でも本心からの言葉というのはなんでこうも突き刺さるのだろうか。だがそれはダメだ。あんたは、違う、"母さん"は死ぬなんて言っちゃいけない。死んで欲しくない。だから俺は半泣きになりながらその事を伝えようとした。
だが残念なことに幼児の声帯はとても弱い。まともな発音はできなかった。「お母さん、あなたは死んではいけない」と伝えたかったが、実際は「あうあう、あう」としか言えなかった。ちょっと恥ずかしいが言葉を崩す。「ママ、ダメ」と、これなら伝わるだろうと思ったが、実際言葉として口から出たのは「ママ、メッ」という完全な赤ちゃん言葉だった。いくらなんでもこれは恥ずかしい。俺は思わず照れながら視線を逸らそうとした。逸らせなかった。
両親の反応は劇的だった。
今まで泣いていたのが嘘のように静まりかえり、両親はきょとんとした表情をしていた。そして何が起こったか理解してくると、凄く嬉しそうな顔でお互いを見あった。
「今、ママって、ママって言ったよね? 私の可愛い子がママって言ったわ! ねぇ、もう一度、もう一度ママって言って!」
「はは、凄いなうちの子は! もう喋れるようになったのか! 凄いな天才だ。あ、次はパパって言ってごらん? ほら、パパだ、パーパ」
「ダメよ、もう一回私! ほら、ママって、ね? ママって言って!」
大興奮だった。お医者さんが「頭を打っているのだから、あまり患者さんを動かさないように」と注意しているのが聞こえていないのだろうか。必死に自分の事を呼んでもらおうとする"母さん"と"父さん"や、後ろで苦笑してみている看護婦さんなんかを見て、俺は恥ずかしくなって顔を逸らす。すると両親が揃って「ああっ!?」と絶望した声を出すので、思わず笑ってしまった。凄く温かい気持ちになった。ずっと、ずっと昔に忘れていた記憶が蘇ってきた気がする。むず痒いのにとても安らぐ、そんな記憶だ。
その日、"僕"は彼らの家族になった。
…………
「……で、その後は努力の日々だったよ。両親に心配をかけたくなかったし、それに僕は前の人生で大失敗してる大バカ者だ。だから今度は絶対に"母さん"と"父さん"に心配かけたくないから、全力で生きてやろうって心に決めたのさ。ハイハイができるようになってから、身体を動かせるだけ動かして体力を付けたし、勉強も積極的にやって成績も以前より何十倍も良くなった。
あれだね、人間目標があって、しかも大失敗した経験があると、何でも物凄くやる気になるもんだね。小学のときにはすでに高校受験できるくらいの学力があったし、中学生のとき僕にバスケで敵う奴なんて県内じゃいなかったからね。
あとは君もだいたい知ってる通りさ。高校のうちに公認会計士の資格取っちゃって、大学で勉強しながら実務経験詰んで、卒業と同時に社会人デビュー。僕と同じくらい、いや、僕より優秀な君と結婚して今に至るってね。両親が君との結婚を本気で喜んでくれてたのが嬉しかったな。"母さん"と"父さん"にほんの少しでも報いることができたなら、僕は本望さ。
まあ、初孫の方が喜んでたみたいだから、息子の僕としてはちょっと嫉妬したけどね。はは。
以前の両親には……上手く伝えられなかった。生前の僕の友人の息子ってことで、僕本人が書いた遺書を渡した。その後は……ごめん、これ以上は勘弁してほしい。その時になって僕はようやく、自分が本当にバカだったって自覚したんだ。それだけさ。
これが僕の話したかった事全てだ。僕は立派な人間じゃない。一回失敗して、自分で自分を諦めて、色んな人を悲しませて、そして救われてからやっと本気を出せた3流の人間なんだ。それを君に伝えたかった。
もちろん君のことは愛している。それに両親や、この子たちも僕の大切な存在で、絶対に守るべき人たちだ。でもね、僕が立派だとか、凄い努力している褒められる人間だとか、君に思われたくなかったんだ。僕は君のことを愛しているから、いつまでも騙していたくなかったんだ。ごめんね。
……ははは、まあ長くてつまらない話を聞かせちゃったね。信じられないだろうし、別に信じてくれなくてもいいよ。ただ、誰かに話したかっただけさ。お酒の力って怖いね。今日はもうやめにして寝ようか。明日は日曜だね、どこか遊びに行きたいところは……ん?
どうしたの? 君も話したいことがあるの? いいよ、何でも聞こう。今の僕は君が異世界のお姫様だったとしても、転生して来た勇者の末裔だったとしても信じられるよ。どんなに長い話でもウェルカムさ。ちょっと明日寝坊するだけだしね。どんどん話して。
……ちょっと待って。光りながら空を飛んでる白い老人って、僕が話したっけ? 違う? 君が最初に会ったのはそいつだって、それはまさか……」
白い老人「あれ、意外と面白い展開になったぞ? でも異世界転生じゃないから人気でないかなぁ」
レビュー頂きました! しかも2件も! ありがとうございます。めっちゃ嬉しいです!
……というわけで嬉しさ余って一つ話を書き殴ってしまいました。もしこれも面白いと思っていただけたら幸いです。つまんなかったら……ゴメンナサイ m(_ _)m
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