『転生先指定』選択した対象へと転生できるスキル、なお選択時に自我を持っていない個体に限る
主人公:女、学生、言うほど可愛くはない
異世界転生物の小説は婚約破棄物、悪役令嬢物を好んで読む
「君は現実の世界で死んでしまったのだ。しかしその若さで命を失うのはあまりに惜しい。なので君に異世界への転生する権利をやろう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
私は暗い部屋に白く光りながら浮かんでいる老人に感謝の言葉を述べた。さっきまで電車に乗っていたはずなのだけれど、気がついたらこの部屋にやってきていたのだ。しかし原理は不明だけど現状はある程度理解している。
私は光る老人から、転生スキルや転生先のことについてしっかり説明を聞いて、そして最後に自分が一番気になっている質問をした。
「あの、転生先って自分の好みで選べるのでしょうか? それとも完全にランダムですか?」
「基本、転生先は選べない。性別も確定ではない。だが、この『転生先指定』と言うスキルを選べば、好きに転生できるぞ」
「『転生先指定』……」
私は凄く悩んだ。転生スキルを利用して大活躍する自分、と言うのも捨てがたいが、自分はそれよりやってみたいことがある。光る老人に「早く決めなさい」と何度も急かされて、大いに迷った結果、『転生先指定』のスキルを選んだ。
光る老人は一つ頷くと、大仰な素振りをしながら私を光る扉へと誘った。
「スキルを取ったか、若人よ。ならばこの先の光り輝く扉を抜けろ。そうすれば君は異世界に転生できる」
そして私は光り輝く世界へと飛びこんだ。自分の理想の人生を夢見て……
…………
そして気付くと、私は赤ん坊になっていた。
光る扉を潜ったとき、私はこの世界で転生できる対象を選ぶことができた。幽霊になって空中を漂ってる感じで色々な転生先を時間をかけてじっくり調べたところ、私の理想に完璧に合致する転生先を見つけることができた。意を決して憑依するようにその赤ん坊に転生した。
私は婚約破棄物のネット小説が好きだった。無思慮に婚約破棄を命じてくる王子様が不幸になって行く様は見ていて痛快だったし、逆に本来不幸のどん底にあるはずの主人公が王国を揺るがす大きな流れを先導していく姿は格好良かった。それに婚約破棄されたにもかかわらず自分の最高の伴侶を見つけて幸せを掴むことができるヒロインはとても幸せそうで羨ましかったのだ。
なので私は伯爵家に生まれる一人娘に転生した。その伯爵家はとても大金持ちで、娘が生まれれば王家の者と婚約するのは間違いないであろうと、幽霊状態の私は情報収集をして知ったのだ。生まれる性別が確定する出産の瞬間に立ち会って、女の子であることを確認すると喜び勇んでその子に転生した。あとは年頃になって王子様に婚約され、でもその後も強く生きて行けばきっと幸せになる。このときの私は無条件にそう信じていた。
転生した私は天才の名をほしいままにしていた。そりゃそうだ。高校生の知識を持った赤ん坊など並みの天才より上の存在であろう。言葉を喋れるようになった3歳の時から、私はメイド達を気遣い、両親に愛想を振りまき、そして勉学では一度で全てを覚えることができる神童として扱われた。
自分を全力で良く見せようとしたのにはちゃんとわけがある。資産家である伯爵令嬢の中でも最も非凡な者として名を轟かせたかったからだ。実際、私の噂は王宮にも響き渡って、5歳になるときには王子様の婚約者予定の中でも筆頭として扱われることとなった。
そして6歳の誕生日のとき、私の誕生パーティーに毎年参加されていた王族の方とともに別室へと案内され、「王子の婚約者になってほしい」と打診が来た。「わたくしで宜しければ」と慎ましやかにスカートの裾を持ちあげつつ、内心では小躍りしていた。これで話の第一歩が踏み出せたわけだ。
王子は同い年の男の子で、赤く膨れたほっぺがとても可愛らしい。「これからよろしく頼む」とたどたどしく話す様を見て演技ではない笑顔になった。こんな可愛い子が将来私に酷いことをするのだろうか、とちょっと疑問に思う。もしこの子がそのまま大きくなって私の事を愛してくれるのならそのまま婚約を受け入れるのもありか、と当初の目的からちょっとズレたことを思ってしまった。まあそれはそれでいいかな。
そんな生温い事を考えながら、私は将来への展望に意気揚々としていた。
…………
そして、ここからは私の想像外の話だった。
私に課せられていた勉強や習い事の量が軽く倍に増えた。遊びの時間や休憩等の時間がごっそり削られ、日がな一日勉強をさせられている。今までは楽しくやっていたお茶の時間も、先生に監視され「淑女として最も素晴らしいお茶の作法」というのを教え込まれるようになった。もちろん夕食のマナーなんて物凄く指摘された。ほんのわずかな食器の擦れる音すら怒られる始末だ。自室にいる時間以外の全てが勉強になって、私は毎日くたくたに疲れてしまった。
それに勉強の質も変わった。今までは幼児向けの簡単なお勉強ばかりだったので、ちょっと工夫するだけで「凄い」「天才だ」と言われていたのに、今ではそんな小手先の技能ではどうしようもないレベルで厳しい勉強となった。算術と言語については特に秀でた成績だったのだが、それに加えて歴史や地理や政治や国交関連なんかの勉強も大量に私に襲いかかってきた。私が幼いうちに天才アピールしてしまったのが完全に裏目に出てしまっている。「賢いあなたならこれくらいできるでしょう?」とどんどん勉強のハードルを上げられてしまった。最初の2,3日はそれでもなんとかなったが、それ以降は出来が悪いと毎日怒られっぱなしだった。
そして一番厄介だったのが王族入りするための勉強だった。国の法律を全部暗記するなんてまだ優しい方、国同士でのお茶会のマナーについては微に入り細に入り修正され、まるでそういう種類のお遊戯でもさせられている気がした。歩き方一つとっても難しく一定の速度で歩くことが強要され、ほんの僅かに遅くても早くても大げさに怒られた。しかも四六時中監視されて常に文句を言われる。一度くしゃみが出そうになって口を引き攣らせたのだが、「顔を変化させるのは最大のマナー違反。絶対してはいけません」とクドクドお説教されてしまった。生理反応くらい許してほしいと心底思ったが、口応えは許されなかった。
最初の1カ月はなんとか我慢できた。2カ月目でストレスからたまに食べ物を受け付けなくなった。3ヶ月目で髪の毛がごっそり抜けてびっくりした。4ヶ月目になるともはや自分の意思を示すのすら苦痛となり、半年も経つころには完全な人形になれた。心を一切動かさずに人の言う通り動くだけの人形だ。これだと一切苦痛を感じないで済んだが、何をするにも味気なく、毎日が砂のように過ぎて行った。齢10歳にならずして、私は枯れた老人のように何も考えないで日々言う通りに過ごしていた。
その時にはすでに、なんで自分は転生したのか、王子様は今何しているかなんか欠片も興味が沸かなくなっていた。ただ毎日の苦行をやり過ごすだけで精いっぱいだった。
16歳になった。この異世界では16歳が成人らしく、同時に成人した王子と一緒に結婚することとなった。感動も拒否感も何も感じない。私は貼り付けた笑顔のまま、祝福をくれる様々な人々に手を振っていた。もはや相手の言葉も良く理解できない。「おめでとうございます」と言う言葉に対して自動的に「ありがとうございますわ」と返すだけの人形になっていた。とても派手で仰々しい結婚式だったのだが、終わると同時に全て忘れてしまった。
その結婚式の日の夜に私は王子様と結ばれ、その数カ月後に第一子を生んだ。周囲の期待に答え男子を産むことができた。義理の父である国王陛下や他の親類一同に大層喜ばれたが、私にはどうでもよかった。久しぶりに顔を見た王子様……今は旦那様か……が「よくやった」と言ったので「ありがとうございます」と機械的に答えた。
そして私は暇になった。今までは勉強、勉強、勉強で毎日を過ごしていたのに、王女となってからは何もやることがない。朝起きて、ご飯を食べて、3時にお茶をして、夜寝るだけ。そんな毎日の繰り返しだった。王子様は私に愛情なんて一切ないのだろう、すでに第二妃を迎え入れており、暇さえあればその人の元へ向かっている。私の屋敷に来ることなんて一度もなかった。国交関係で隣国の王を迎え入れるときに王子様と顔を合わせるだけで、それ以外は一切交流がなかった。結婚前と同じだ。私は本当に結婚しているのだろうか、とたまに疑問を覚えるときがある。
あまりに暇だったので、自分の息子には徹底的に教育をしつけた。息子がどんなに嫌がろうと関係なく、教育予定をびっしりと書き込んでその通りに勉強を教え込んだ。息子は何度も泣いたが「それでも次期国王か」と一喝して叱りつけた。息子が可哀そうと言う気持ちは微塵も起きなかった。私が計画した教育予定が崩れることの方が嫌だった。
月日が流れた。先王が玉座を退き、私の旦那様が新国王となった。戴冠式には私も横にいたが、式が終わると新国王はさっさと第三妃のところへ向かってしまった。また息子が成人して婚約者と結婚した。「今の私がいるのは全て母上のおかげです」と言われ、私は反射的に「これから頑張るのですよ」と返しただけで離れて行った。新しく夫婦になった二人は幸せそうに見えた。
そして私は一人になった。メイドや使用人たちはいるが、仲の良いものは一人もいない。日がな一日、朝起きて、ご飯を食べて、3時にお茶をして、夜寝るだけの生活を繰り返していた。面白いことなど何も起きない、そんなつまらない毎日だった。
さらに年月が経ち、私は立ち上がるのも億劫になってきた。すでに新国王は退位し、私の息子が次代の国王となっている。そしてふと、自分の人生を振り返った。幼い頃は勉強漬けで、結婚したらやることがなく毎日何もせず過ごし、今私の手元には何も残っていない。自分の張りを失った両手を見下ろして、涙が零れ落ちた。私は、何を間違ってしまったのだろうか。そんな思いが空虚な胸の内に去来する。
いつも通りの変化のない毎日を送りながら、たまにボロボロ涙を流す。そんな第一王妃の姿は宮廷中で噂になっていった。
光る老人「あれ、今回はワシ悪くないよね?」