『最強』物理的および魔法的にとにかく強くなるスキル
今回の主人公:男、学生、普通
異世界転生物の小説はいくつか既読
「ありがとうございます! お陰で我が村は助かりました!!」
「それだけじゃなく、こんなに施しを頂けるなんて……さすが名高い冒険者様だ!!」
「ありがとう、本当にありがとう! また来てください、歓迎しますから!!」
たくさんの村人の声援を背に、僕は一度だけ振り返った。片手をあげて応じると、村の声援がさらに一段階盛り上がった。
気恥ずかしいが、悪くない気分だった。腰にぶら下げた大量の金貨の詰まった袋の重さを感じながら、僕は2人の可愛い少女の仲間に案内されるまま、次の街へと旅立った。
僕たちの冒険は、まだ始まったばかりだった……!!
…………
村を去る三人の姿が完全に見えなくなったところで、村長が2回大きく両手を叩いた。クルリと後ろを向き、集まってもらった村人に声をかける。
「はい、撤収ー」
「はい、お疲れ様ー」
「おつかれー。あ、みんな今回の収益の計算と再分配するから、差額じゃなくてちゃんと受け取った額と出した額をきちんと報告してねー」
「はーい、おつかれー」
「おつかれー」
村人たちも村長に挨拶しながら、家路に帰った。商人とギルド関連の人たちは大変だ大変だと急ぎ足で、他の村人はホクホク顔でゆっくり歩いていた。
彼らの後姿を見送りながら、村長はウンウンと満足げに頷く。すると横に、頭巾を被った怪しい風体の男が一人近づいてきた。
どう見ても盗賊か人売りにしか見えないその怪しい男を、村長は笑顔で迎え入れた。
「あ、どうもどうも、お疲れ様です」
「お疲れ様です。そしてありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございますよ。それで、今回はどれくらいの利益が出たでしょうか?」
村長がそう尋ねると、怪しい男はニヤリと笑って大雑把に指折り勘定した。
「大体の粗利益になりますが、なかなかの数字になりましたね。モンスター討伐でこれくらい、素材の売買差益でこれくらい、あとは普通の商品売買がこれくらい……」
指折り数えていく数字を見て、村長は口角がどんどん上がっていった。それもそのはず、怪しい男が示した数字は、大商隊が1年かけても稼げないほどの大金だったからだ。
それこそ、小さな村だったら居抜きで丸ごと一つ買えてしまうほどの大金だった。ほくそ笑まない者などいないだろう。
「本当ですか! いやぁ、話には聞いていたのですが、まさかここまで利益が出るとは思っておりませんでしたなぁ。全く、勇者様々ですな」
「ははは、全くですな。これで国益もだいぶ潤います」
村長と怪しい男が朗らかに笑いあった。そして、心底不思議そうに懐に入っていた小袋を取り出して、その中身を取り出した。
小袋の中には、大量の金貨が入っていた。
「それにしても、なぜ異世界からの召喚者というのは金貨をありがたがるんですかねぇ。私にはその理由が全くわからないのですが……」
村長は雑に金貨を何枚か握って取り出した。まるで玩具でも扱うかのように、金貨を適当に手の中でくるくると弄びつつ怪しい男に質問する。
怪しい男もまた首をひねりながら答えた。
「実をいうと、私もよくわからないですな。もちろん私を派遣した王や貴族諸侯、学者の先生方もよくわかっていないそうです。たぶん、異世界では金貨の価値が高いのだろう、という推測はついているのですが……」
「ほほぅ、そうなんですか」
村長の相槌に気を良くしたのか、それとも一仕事終えた直後の解放感からか、怪しい男の口は軽かった。ペラペラと秘密の話をバラしてしまう。
「我々にとって金貨なんて、ただのクズ貨幣じゃないですか。特定のモンスターを倒せばいくらでも手に入る雑多な金属でできた貨幣なんて、価値が高いわけないですし。ですが異世界の勇者様方の世界では、例えばモンスターがいないから金の産出量が少ないとか、または金自体に何らかの利用価値があるからか、それとも単に目立つから好まれてるだけなのか、詳しい事情はわかりませんが、何らかの理由で金貨に価値があると思い込まれてる可能性があるんですな」
「ほうほう、不思議なものですな。さすが異世界と言ったところですか。もしよかったら勇者様に聞いてみたいところですな」
「そんなことをしてはいけませんよ。これは国策なんですから。金貨の価値が低いことを異世界から召喚した勇者様には教えてはならない、というのは勅命ですからね。金貨の価値について質問するのは禁忌です」
「わかっていますよ、それくらい」
少し目線が鋭くなった怪しい男に対し、村長は慌てて両手を振った。この男には村長や他の村人に処断を下す権限があることは先刻承知だ。うっかり失言をしてしまったことに冷汗をかく。
その際、手の中で弄んでいた金貨を一枚うっかり落としてしまったが、そんなものは欠片も気にならなかった。靴で踏んでしまった金貨なんかより、怪しい男の機嫌を損なう方がよほど危険なのだ。
国王から監察を命じられた怪しい男は懐からリストを取り出し、その内容を見ながら口調を少し和らげる。
「しかし、あなた方の村はかなり良くやってくれました。私が事前に村に来て周知させたとはいえ、全ての村人が協力的でしたからね。まるで金貨に価値があるかのように演技をしてくれて、助かりましたよ」
「は、ははは。私どものような小さな村では、異世界勇者様でお金儲けするのは死活問題ですからね。おかげで数年は楽できますよ」
「なるほど、だから妙に協力的だったのですか。商人たちが心得ているのは当然ですが、村人全員まで演技するのは難しいですからね。特に小売りなんかは大変だったでしょう」
「あはは、それは苦情が入りましたよ。『金貨3枚で商品を渡したあげく、なんでお釣りで銅貨10枚も出さなきゃならないんだ!』ってね。釣銭を渡す手が震えたそうですよ」
「あはは、それは悲惨ですねぇ。よくある笑い話ですね」
少しだけ緊迫した雰囲気がすぐ崩れた。お互い口元を抑えて笑ってしまう。
確かに、子供が庭掃除したときの小遣い以下の金額とそれなりの家なら5戸は買える金額の交換はさぞ辛かったろう、と小売りの商人の苦労を思うと笑いがこみあげてくる。
ひとしきり笑いあった後、村長はニコヤカに答えた。
「まあ、彼らの協力なくしては大きな利益は得られませんでしたからね。分け前も多めに渡すことにしておりますよ」
「そうですね、そうしないと他の街に勇者様が行った場合困りますからね。商人の情報網は広いですから」
「はい、でも利益は大きいですからね。いくら分けても全く問題ありません。なんせ、物凄く凶悪なモンスター退治と、そのモンスターの素材や他のレアアイテムなんかを、たった金貨300枚と交換しましたからね」
「ははは、相当ぼったくりましたねぇ」
安い酒が一杯飲めるかどうか、という金額で村が数年過ごせるほどの大金を稼いだ計算になる。怪しい男はこの手の話を聞きなれていたが、気を許してもらえるようにあえて同調した。驚いた表情を作って見せる。
村長も気を良くしたのだろう、怪しい男に対して丁寧にお辞儀をした。
「それもこれも、あなたが事前に勇者様が来てくれることを教えてくださったからですよ。大変助かりました、ありがとうございます」
「ははは、そんなことありませんよ。村一つだけでこれだけの利益が生まれたんだ、他の村々でも利益を生めばその分国家が潤うんです。問題ありませんよ。
それに、私はただの連絡役です。本当に感謝をするべき相手は、あの勇者様の仲間の振りをしている女性冒険者二人にすべきですね。彼らが勇者様の誘導をうまくしてくれているおかげで、我々は大儲けできているのですから」
「確かに、彼女たちには感謝ですな」
ウンウンと頷く村長。そしてふと気づいたかのように、怪しい男に質問した。
「ですが……本当に大丈夫なんですか? 金貨の価値が低いと誤解したままの勇者様を放置しておくのは」
「というのはどういう意味ですか?」
「いや、その……勇者様の実力は本物ですよね? 例えば大量の金貨を持ってものすごく高価な品物を買おうとしたとき、勇者様はどういう反応をするのかなぁと思いまして。大損する取引なんて商人がするわけないでしょうし、かといって取引拒否なんてしたらバレるでしょうし、バレたら勇者様もさすがに怒るでしょうし……」
「その点は大丈夫ですよ。それも彼女たち二人の誘導で上手く導いてもらう手はずになってもらっています。例えば見た目は豪勢だけど、本当は大して価値のない品物を欲しがるように仕向けて、それを買わせることで金貨を浪費させたり、または買い物より狩りに目を向けるように誘導して消費よりも生産を優先させたり、とね。もちろん大損する取引に応じないといけないこともありますが、それは今まで発生した差額から拠出するように予算が組まれていますからね。勇者様以外誰も損をしないんです」
「ははぁ、そうなんですかぁ」
「それに、強い力を与えられた勇者様ってのは、なぜか稼ぐ方は頑張るけど使う方はいまいちなんですよね。だから上手く情報をこちらで制御できれば、案外バレないものなんですよ」
「上手くできているものですなぁ」
「まあ、伊達に何度も異世界勇者召喚をしておりませんからね。その手の手引書はできているんですよ」
怪しい男が自慢げに答えるさまを見て、村長は感心したようにウンウンと頷いた。
そして怪しい男が指をピンと立てると、神妙な顔を作ってこう嘯いた。
「それに……勇者様自身も別に損はしてないんですよ? ただ全面的に利用されているってだけで、常にチヤホヤされておりますからね」
「ははは、なるほど。確かに良い気分でしょうな。どこへ行っても大歓迎ですからな」
「ええ、まさに彼こそ勇者様ですから」
「勇者様万歳ですな。アッハッハッハ」
「アッハッハッハ」
二人は大声で笑いあう。そのうち村人の一人が「村長、会計が終わりました!」と報告しにくるまで、二人は気分よく楽しい雑談に興じていた。
白い老人「おー、こいつ頑張ってるなぁ。物語的にはありがちだけど、こういうのも良いよね」




