『回復魔法』対象の身体にかかる異常部位を正常な状態に修正するスキル
主人公:女、学生、生真面目
異世界転生物の小説は存在だけは知っている。
「ふぅ、ようやく完成したわね」
「おめでとうございます! 先生!」
若い助手が手放しで喜んでくれる。私はその端正な笑顔を見てフッと笑った。
「すぐできると思ったけど、意外と手間取ったわね」
「あの、すいません。僕、最近入ったばかりで雑用ばかりだったから詳しく知らないのですけど、これはどんな凄い魔術具なのですか?」
「そうね、あなたにも使い方を教えておきましょうか。これはね、どんな怪我でも病気でも治すことができる魔術具なの」
助手は「そうですね」と答えた。確かに雑用専門で雇ったから治癒の魔術ということは伝えてなくても、同じ研究所で仕事していればそれくらい察するだろう。
ただ、助手は不思議そうに机の上を指さしてきた。
「それじゃあ、なんで二つあるんですか? この赤い宝珠と青い宝珠……」
「ええ、簡単に説明するわね」
そういうと私は実験の過程を記録した書類を見せる。写真付きで細かく使い方の書かれた書類を初めて助手に見せつつ、言葉でもわかりやすく補足する。
「最初から説明するわね。まず、私はものすごく強力な『回復魔法』が使えるの。それこそどんな怪我や病気でもすぐ治せるくらい。だからこっちの世界に来てからは一生懸命働いて、色んな人を治療してきたの」
「こっちの世界?」
助手がふと不思議そうに聞いてきたので、私は慌てて誤魔化す。
「い、医者の世界ってことよ。そう、医者になりたかった私は自分の持つ『回復魔法』の力を以てして苦しむ人たちを助けようと思ったの。だけどね、問題があったの」
「問題? とても良い心がけだと思いますけど、何か問題でも?」
「単純な話よ。手が足りなかったの。私は誰の傷でも癒すことができたせいか、色んな人が私に助けを求めてきたの。貴族、平民、老人、若者、お子さん……とても私一人で全員を癒すことはできなかったわ。だから、私の『回復魔法』を誰でも使えるようにしようと思ったの」
「なるほど、誰でも先生と同じ『回復魔法』が使えれば病人はいなくなりますね! それがこれですか?」
「そう、これなの」
そう言って、私は青い方の宝珠を手に取る。そして助手に引き続き説明する。
「この青い方の宝珠に、私の『回復魔法』の術式をコピーしたの。だからこの青い宝珠を使えば、誰でも私と同じだけの治療が行えるようになるわ」
「それはすごいですね? 僕、最近ちょっと肩が痛いんですが、それも自力で治せちゃうんですね。さすが先生! ……でもじゃあこの赤い方はなんですか?」
「そう……それが一番重要なのよ」
私は赤い宝珠を机の上で弄びつつ説明を付け加える。
「青い宝珠で『回復魔法』が使える。だけど、誰でも使えて誰でも癒せるようにしたせいで、ちょっと強力な魔法が発動しちゃうのよ」
「それが何か問題でも? 大は小を兼ねるんじゃないですか?」
「それがダメなの。全身をくまなく大怪我をしている人にはとてもちょうどよく効くんだけど、例えば指に切り傷を負ってるだけとか、お腹が痛いだけの人とかだと、その病状の部分以外に悪影響が出ちゃうのよ。作り物の限界ね。それこそこの青い宝珠を使わなかった方がいいと思えるくらいに……」
「へぇ、そんなことが……じゃあこの赤い宝珠は弱めの治療用のものなんですか?」
「いいえ、違うわ。この赤い宝珠はね、実はちょっと表沙汰にしづらい魔法が組み込まれていてね……。小さい怪我でも大きな病気でも、関係なくその症状を悪化させるものなの。それこそ、細胞が壊死して生きたまま腐敗し始めるくらい……」
「ええええ! なんて恐ろしい魔法を組み込んでるんですか! そんなことをして大丈夫なんですか!?」
「本当はダメよ。問題しかないわ。だけど、この赤い宝珠を使ったすぐあとに青い宝珠を使えば、全く問題なくなるの。人間の体に不調なところって、自覚症状の有無を除けばどこにでもあるの。赤い宝珠を使うとその人の全身のうち異常な箇所が徐々に壊死し始めるわ。でも、すぐに青い宝珠を使えばそれが全て元通りになるの。それこそ、小さな切り傷でも大きな病気でも関係なく、ね」
「なるほど、強すぎる治癒の力の暴走を抑えるために、わざと赤い宝珠で悪化させるわけですか。ちょっと怖いですね」
「確かに怖いわね、少しは痛みを伴うし……でもまあ多少は我慢して貰わないと困るわ。良薬は口に苦しって言うしね」
「はは、そうですね。でも確かにこれが効くのならば、すごい発明になりますね」
「そうね、誰でもどんな怪我でも確実に治せるわけだからね。まさしく万能薬よ。ただ順番を逆に使うと大変なことになりかねないから、使用上の注意をよく読んで使ってほしいところね」
「そうなんですか。ところでこれ、資料によるとものすごい値段じゃないですか。なんでですか?」
「青い方の宝珠は私の魔法のコピーだから比較的安く量産できるけど、赤い方は少し非合法な手段を使ってるから、ね。手続きやら諸々やらを行うとこんなとんでもない値段になっちゃうのよ。でもこの青と赤は二つで一つだから仕方ないコストになるわね」
「そうなんですね。僕の安月給じゃあ買えそうもないですね……。ところで先生、これはすぐに学会か魔術師協会に発表するんですか?」
「ええ、一日でも早く提出したいわね。ただ……その前にお花摘みに行ってくるわ。あなたはこの宝珠と説明書が盗まれないように見張ってて?」
「はい、わかりました」
そうして私は研究室を出てお手洗いに向かった。部屋を出る瞬間、チラリと研究室の中を見やって、一番遠くのお手洗いにまでゆっくり歩いていく。
30分後。
私が研究室に戻ってくると、そこには恐ろしい光景が広がっていた……。
研究室の中には、もはや人の形を留めていない巨大な肉の塊になった助手の姿が!!
……先程の最後の説明にあったように、赤い宝珠と青い宝珠の使い方を逆にしてはいけない。逆にすると何が起こるかと言ったら……目の前の助手のような目に遭ってしまうのだ。
先に赤い宝珠を使うと怪我が悪化し、悪化した部分にだけ青い宝珠が反応して治療が行われる。これが私の発見した誰でも使える最高の『回復魔法』の使い方だったが、この逆の手順だと悲惨なことが起こる。
青い宝珠の『回復魔法』を先に使うと、超回復が起こってしまって逆に全身の症状が悪化してしまう。特に治療したい怪我の症状が軽かったり、患部が小さかったりすると悪化しやすい。
そしてその状態で赤い宝珠を使ってしまうと、中に封じられている魔法が全身が異常アリとみなしてしまい、全身が壊死し始めるのだ。ものすごい激痛が全身に走るだろう。
と、ここで終わりではない。正当な手順だと異常な部分を治療して終わりになるのだが、逆の手順だとこの全身が壊死し始めたことにより青い宝珠の『回復魔法』が暴走しはじめるのだ。全身の傷を癒そうとその力をフルに発揮し、壊死した場所を過剰に治療しようとする。その際、遺伝子上のバグからか、大量の腕や目玉や鼻や口や指などを全身の壊死した場所から新しく生やしていき、見るもおぞましい姿になってしまう。
そんな異常になった姿に対して赤い宝珠もまた暴走状態になる。異常な部分をどんどん溶かそうとしだし、そして溶けていく体を『回復魔法』が過剰治療し……結果、体中に体中の部分を生み出す、目の前にいる化け物が生まれてしまううのだ。
全身に生えた口から「助けてくださぁい! ぜんぜええええぇ!!」と叫ぶクリーチャー。狭い研究室に満ち満ちていてもう中に入ることも難しい。
これじゃあ研究所ごと彼を燃やしてあげる以外に、助手を助けることはできないだろう。
きっと助手はあの宝珠が高価なものだと知って、自分の肩凝りをこっそり治そうとしたのだろう。ちょっと使うくらいならバレないと思ったのだろう。
だからと言って、これはあまりにも可哀想ではないか。助手はちょっと勝手に使ったことと、その際うっかり手順を間違えただけだというのに。
そうだ。助手は勝手に宝珠を使って、うっかり使い方を間違って使って……。
……私が強力な『回復魔法』使いの有名人だからと近づいてきて好きだ愛してると囁いて私に散々貢がせたり私が稼いだ金をこっそり盗んで他の女に使ったりしていて私がみんなのためにと思って作った最初の研究品を盗んで他の研究者に勝手に売り払ったくせに問題が発生したら全部私のせいにして数少ない預金も奪って逃げやがってそこから散々苦労して再度信用を勝ち取った私が新しくこの青い宝珠と赤い宝珠を生み出してお金を稼ごうとしたらヌケヌケと私の下に舞い戻ってきて助手の座に無理やり居座って何の役にも立たないくせにさりげなく研究費を着服して新しい女にまた貢ぎ始めた……
……だけではないか!!!
ああ、なんて可哀想に。
そう言ってほほ笑むと私は、本当の手順が書かれた取り扱い説明書と2個の宝珠を持って、研究室を後にした。
白い老人「……ヒェッ」




