『転生先指定 Ver2,0』選択した対象へと転生できるスキル
主人公:男、新社会人、精神的に未熟
異世界転生物の小説は一読
「ってぇ!!」
「はぁ。まーったく! 何回言えばわかるの!? 気合いがあるのはいいことだけど、トドメの一撃で剣振るときにいっつも力いれすぎ!
獣やモンスター相手ならそれでもいいけど、動きが大雑把になるし剣筋も見え見えだし、それに力を込めれば込めるほど受け流ししやすくなるし受け流されたあと態勢すごく崩れるし!!
人間の剣士相手じゃ絶対にやっちゃいけないことよ! もう、何度言わせるのよ!?」
「くそぉ、うるせーよ。はぁ、はぁ……。素早く突いても鋭く薙いでも、全部余裕で回避するのはどういう原理なんだよ……。隙を見つけたらつい力が入っちゃうんだよ、チクショウ……。
つうかいつものことだけど、こちとら肩で息してるっつうのに、なんでそっちは息すら切れてないんだよ。もう、無理、ぐはぁぁ……」
「はぁ、ちょっと休憩ね。まったく、情けないわねぇ。そろそろ私に一撃いれるくらいできないの? 模擬訓練にしても弱すぎよ」
「……一応、部隊内では一番強いはずなんですけどねぇ……いや、なんでもないです。負けです。弱いオレが全面的に悪いです。すいませんでしたごめんなさい」
「クス、まだまだね。それにしても懐かしいわね。こうやって剣の訓練をしてると、昔を思い出さない?」
「ああ、村の裏の平原でな。昔は剣の訓練というより、兵士っぽいことをして遊んでたってだけだけど……」
「そうね。あの時からあなたと戦闘訓練するとき、私がだいたい勝ってたわね。女だけど遠慮せずに殴っていいって言ってるのに、ほんとどん臭いんだから」
「……むしろ容赦なく攻撃してくるお前から逃げるのがどれだけ大変だったか……。いくらお子様時代の悪ふざけとはいえ、鳩尾とかこめかみとか容赦なく狙ってくるし、当たると丸二日は痛ぇし……」
「手加減してあげてたのに避け切れないあなたが悪いわ、昔も今も。ふぅ、よいしょっと」
「あ、あんま近づくなよ。汗臭いぞ、今のオレ」
「いいわよ、気にならないわ。それにしても……いい天気ねぇ」
「ああ、そうだな……」
「……で、なんか話でもあるの?」
「……なんでわかるんだよ」
「フフフ、顔に書いてあるわよ。それにお互い忙しいのに、わざわざ訓練がしたいから久しぶりに相手してくれ、だなんて何か話したいことがあるって言ってるのと同じでしょう?
で、なによ? まあなんとなく聞きたいことはわかるけど、ね」
「……東の駐屯軍に行くことになったんだってな。あの最前線の……」
「ええ、昇進ついでの栄転よ。私の実力が買われたってわけね。装備を新調する予算もたくさん付けてくれたわ。給料は……あんまり増えなかったけどね」
「……違うだろ。何かおかしいと思ってオレが調べて昨日、ようやくわかったんだ。お前が知らないわけないよな、オレよりいろいろ耳聡いし。……厄介払いされたんだろ」
「……」
「女のお前が頭角を現し始めるのが不愉快だ、って連中が上層部に何人かいて、そいつらが一番危険地帯にお前を送り込んだ。己の立場を守るために。そしてあわよくば……死んでもらうために」
「……そうかもね」
「東の駐屯軍はもともと最前線で危険な部隊だってバカでも知ってる。それに敵軍の動きがおかしい、って一般兵の間でも最近噂されてる。何か大きな攻勢が行われるんじゃないか、と上層部だって危機意識を持っているらしい。そんな時期にあんなところへ栄転、だなんて、どう考えても厄介払いだろう? 気づかない方がどうかしてる」
「そうね。もしかしたら、いえ、間違いなくそうでしょうね」
「じゃあなんで辞退しなかったんだよ! あっちが昇進という名目で危険地帯に向かわせようとするなら、こっちだって断ることもできただろう!? なんで素直に受けちまったんだよ!!」
「……あなたはさ、昔から弱虫で泣き虫で、虫を殺すのも嫌がるような子だったのにさ。でも私が兵士の訓練するって言ったときは必ず一緒に訓練したがったよね。あれは、なんで?」
「それは今関係ないだろ? 話を逸らすなよ。お前はいつも……」
「答えて」
「……別に、国を守る兵士は憧れの仕事だし、給料だって良いし、冒険者と違っていろいろ保証が多いし……」
「普通はそうよね。でも、私は違うわ。私は昔から、この国を守りたくて生きてきたの。あなたと一緒に修行しながらも、ずうっとね。良いことも悪いこともあったけど、私はこの国が好きだから、この国の人たちが好きだから、絶対守りたいの」
「……」
「だから今回の移動は、私にとっては本当に栄転なのよ。一番危険な東の駐屯地は、いわば一番国を守るために重要な拠点なのよ。そこに私の力が役立てる、こんなうれしいことはないの。だから、そんな風に咎めないでほしいわ。笑顔で送り出してほしいの。お願いよ」
「……そっか、わかった。じゃあもう何も言わない。頑張ってこい」
「……うん、ありがと。頑張る」
「……今は戦時中、どこの戦線も人材不足だし、銭湯の激しい地域は常に人材募集中だ。東の駐屯地なんてその最たるものだ」
「……そうね」
「ならオレが上申して、東の駐屯軍に立候補したって問題ないよな。オレの剣の実力ならどこでも歓迎される。もちろんオレが、一番危険で女が隊長っていう不人気極まりない部隊に編入を希望すればそこに入れるわけだ」
「……そうかもね」
「……オレも守りたいものがあるんだ。そのために兵士になった。だからついてくよ、いいだろ?」
「……バカなんだから、もう」
…………
「ご主人様、朝ですが……また一晩中お仕事されてたのですか?」
「ああ、おはよう。今回は徹夜してないよ。ちょっと早起きしちゃってね。それよりこっちの書類は要らないから処分してくれないか?
あと親類の家への書簡を書いたので、もし配達員が来たら渡しておいてほしい。来なかったら言ってくれ、明日までには出したいからな。それと……」
「……かしこまりました。書類と書簡、お預かりします。それで朝食の準備ができました」
「ああ、よかったら君が先に食べてくれて構わないよ。今や没落貴族の身の上、どうせもう使用人はキミ以外いないんだ。順番やしきたりなんて気にするだけ無駄だしね」
「……」
「僕はもうちょっとやってから行くよ。他に用事はないから、頼んだ仕事が終わったらキミも通常業務に戻っておくれ」
「……」
「……んーと、なにかな? そこで見られてても特にこれ以上仕事はないよ? それとも、キミもここのメイドを辞めたいのかい?」
「いえ、違います。朝食ができています」
「うん、さっき聞いたね。だから先に食べててくれても」
「ダメです」
「え?」
「ダメです。ご主人様は、仕事を優先して自分のことを後回しにするから、ダメです。今すぐ食堂に向かってください」
「……ダメ?」
「ダメです」
「本当にあとちょっとなんだけど、ダメ?」
「ダメです」
「せめてこの書類を片づ」
「ダメです」
「……はぁ、相変わらず硬いなぁ。没落の憂き目を見ているとはいえ、一介のメイドが貴族相手に命令ってどうなんだろうね? 最悪クビを斬られるよ、物理的に」
「……ご主人様はそんなことしません」
「はぁ、まあ最後まで残ってくれた忠臣者の命を取るような真似はしませんよ。だから先に朝食をとって待っていてくれたまえ。私は主としてすべきことがあるんだよ」
「……」
「うっ、わ、わかった、わかったからそんな怖い目で見ないでくれないかね!? はぁ、一体誰がこんな子に育てたんだか……」
「……孤児だった私を拾って育ててくださったご主人様とご当主様には感謝しております」
「じゃあ感謝ついでに少し目を瞑ってくれないかな? もう少しで一区切りつくん……はい、ごめんなさい。わかりました。もうペンも置きます。すぐ行きます」
「今朝のメニューはトーストとサラダとシチューです。簡素なもので申し訳ありませんが、トマトはとても新鮮な物が手に入りましたので、美味しいと思います」
「はいはい、それは楽しみです、っと。……ああ、そうだ。その前にこれをキミに」
「……? なんでしょうか、この手紙は?」
「紹介状。キミはまだ若いけれど、使用人としての経験と教育は一流だ。中流以下の貴族ならば仕えるに十分な資質があると判断した。この屋敷を締めた後は、この紹介状を持っていくと良い」
「……」
「残念ながら私の伝手だとそれほど上位の貴族は紹介できないが、このお方の人柄はよく知ってる。良い人だよ。出自関係なく優秀な者は正当に評価してくれるはずだ。だからいつまでここに居てくれるのかわからないけど、その紹介状は大事に持っていておきなさってあああああああっ!?」
「……こちらの紙も処分しておきますね」
「……なんてことをするんだか。本当に不敬極まりないよ、貴族の手紙を破るなんて……。この屋敷はあと数日で締めなきゃいけないのに、その後キミはどうするつもりなんだい?」
「ご主人様は、どうなさるおつもりですか?」
「さあて、どうしようかね。父が死去されて貴族としての地位は没収されたせいで、家名を基にした伝手は全滅。財産も収奪されたけど、半分は残ってるからね。慎ましやかに生きていくだけなら私の代は十分に安泰、とはいえそれじゃつまらない。幸いこの近辺の商品情勢や市場とかは把握している。伝手も一応ある。商業ギルドの登録は金さえあれば簡単。となればやることは一つだな」
「馬車は一つだけですが、差し押さえされておりません。鉄板などで装甲がされておりますので、野盗からの防衛はなかなか有用でしょう。少々手狭なことと、年代物であるため定期的な補修が必要なこと以外、問題ないでしょう」
「手狭なのは問題ない。香辛料や宝石類のような軽い商品を目当てにしよう。懇意にしてた宝石商がいる。道中の警護だけが問題か。この辺の有名どころの隊商はいくつか知ってるが、うーん……」
「ご主人様の懸念は正しいと思います。隊商は商売に関する基礎を学ぶにもちょうどよいですし、護衛にも不安はないでしょう。ですが、隊商の利益が基本的に優先されるため、個人の商人としての行動は大きく制限されます。最悪、宝石の商いで得られる利益は商隊長に横取りされてしまうでしょう」
「だよなぁ。ぶっちゃけ護衛さえ何とかなれば、他はそこまで問題ないはずなんだけど……あんまりこういうことを頼みたくないけど、キミは護衛とかできるかい?」
「はい、手慰み程度ですが、護衛術と基本的な武具の扱い、そして魔法もある程度使えます。護衛としては十分な仕事ができるでしょう」
「……給料格安、待遇はしばらく野宿と変わらず、三食は約束するけど最悪食事抜きの可能性もあるそんな個人商人がここにいるんだけど、護衛として雇われる気はないかい?」
「はい、喜んで」
「ははは、じゃあ今日から私たちは貴族とメイドじゃなくて商人仲間だ。一緒にがんばろう、な?」
「……はい、末永くよろしくお願いします」
…………
「はぁ……またダメだったかぁ。良いと思ったんだけどなぁ」
「おい、ちょっと待ちなさい! そこの冴えない顔の!!」
「うわっ、ビックリした! え、なに? どちら様?」
「……今回の魔術理論コンペティションの参加者の顔、覚えてないの? ついさっきまで同じ会場にいたわよ、私」
「ええと、ごめんなさい。自分のことにいっぱいいっぱいで、他の人のことは全然見てなくて……。あ、アハハハ……」
「……道理で私のことも覚えてないのね、いつも同じ会場にいるのに……まったく……。今日のコンペティションの最優秀者の顔くらい覚えておいてほしかったわね」
「……あ、そういえばまた女性の優秀者が出たって、会場が驚いてたっけ。そういえばキミは……すごいなぁ。あ、最優秀おめでとうございます。確か、理論上は永久に走り続けられる馬車でしたっけ? すごいですよねー、アハハ……」
「……ガーッ! このすっとぼけ野郎は本気で言ってるのかしら!? 本気で言ってるようね!! もう、まったく、信じられない! 信じられないわ!!」
「えっと、ごめん、話が見えないんですけど、何の御用でしょうか……?」
「あなたの今回の提出した理論は何! 答えなさい!」
「は、はい! えっと、回転軸にかかる滑生面を水の魔法と風の魔法で限りなくゼロにしつつ、動力を再生産するよう魔力の流れを構築して……」
「……で、できたのがこの扇風機? バッカじゃないの!?」
「ううう、確かに会場中には失笑が溢れたし、誰も欲しいって声かけてくれる人いなかったし、間違いなく最下位だけど、そこまで言わなくても……」
「言うに決まってるでしょ!! それ、当たり前のように言ってるけど、与えたエネルギー以上のエネルギーを生み出す第一種永久機関の基礎理論じゃない!! 与えたエネルギーと同量のエネルギーを生み出す第二種永久機関だってこの前疑似的にあなたが開発したばかりだというのに、なんでその上の第一種永久機関の基礎理論がもうできあがってて、しかもショボいとはいえなんですでに完成品ができあがっちゃってるのよ!?」
「え? でもなんかこう、上手いことやったらできたっていうか……」
「ほらやっぱり! 私以外の参加者も観客たちも誰も気づいてないと思ったら、作った本人すらその凄さに気づいてない!! おかしいでしょ、おかしいわよね!? その上なんなの、このガラクタは!?」
「え、こ、この扇風機のこと? さ、さっきは褒めてたくせになんで今度はガラクタ呼ばわりって……」
「ガラクタでしょう!! よりにもよって誰もが夢見た第一種永久機関を使って、一番最初に作り出したのがただの扇風機って!! どんだけ技術の無駄遣いをしてるのよ!! ああ、もうイライラする! せめてもうちょっとマシな見た目のモノを作ればもっと評価されただろうに、よりにもよってこんな安っぽい扇風機なんか作るから見た目で侮られて評価が悪いのよ!! わかってんのそれくらい!?」
「うう、な、なんかすみませんでした……」
「はぁ、もういいわ。もうわかった。もう決めた。あなた、私の研究所に来なさい。今すぐに、早急に」
「は、え? いや、いきなり何言ってんですか。勝手に人を移籍させようとするなんて……」
「どうせあなたにパトロンなんてついてないんでしょう? どこかの研究所に所属してなくて個人で研究してることも知ってるわ。私がパトロンになってあげるから今すぐ荷物をまとめて私の研究所に来ること、いいわね?」
「いや、ちょ、急に何言って……。パトロンになってくれるのはありがたいけど、あなたは僕なんていなくても自分で研究すれば十分稼げるでしょうに」
「……ホントに気付いてないのね。私の今回の永久前進馬車は、あなたの前の研究を基にしてるって……」
「へ? 何か言った?」
「なんでもないわ。とにかく来なさい。もう手ぶらでいいわ、必要なものは私が買ってあげるから。部屋の空きはないけど、どうにかしてスペース作ってあげるわよ」
「いやいやいや、何勝手に人の予定決めてるんですか! ちょっと引っ張んないでくださいよ! ていうか僕と一緒に暮らしたいわけじゃないでしょう!? 住む場所くらい今のままでいいじゃないですか!!」
「な、なななに言ってんのよ! べ、別にあなたと一緒に住みたいなんて思ってるわけないじゃない! 勘違いしないでよ! ただの研究、そう、魔術の研究のためなんだから! あなたの発想力を利用してもっとすごい研究成果を生み出すためなんだからね! バ、バカなこと言ってないで早く来る!」
…………
「あー、どれにしよっかなぁ……。
最強剣士になって姉御肌の女騎士と国を守る、従順な無口メイドと金持ち商人プレイ、ツンデレ女魔術師と仲良く魔法の研究……。ああ、どれがいいかなぁ。どれもいいなぁ。悩むなぁ……」
「はよ決めろ」
白い老人「あの後30分も悩みやがって、めんどくさいからこのスキル下方修正しようかな……」




