『最愛』他者から愛されるスキル
主人公:男、中年、とにかく女にモテたい
異世界転生物の小説は未読
その人が門を通りぬけて街に入ってきた時、その周辺一帯の空気がざわめいた。
「お、おい、なんだあの人……。お前、誰だか知ってるか?」
「い、いや、知らねー。新顔か? それにしても、その……」
「なんていうか、その……すごく、素敵な人だな……」
一瞬の静寂の後、町人たちの間で交わされる大量の世間話は、全て初めて見るその人に関する話題だった。
爆音のようなヒソヒソ話が交わされる中、その人を最初に案内したであろう門番の声が響いた。
「ど、道中気を付けてください! もし何か問題がありましたら、駐在所に居る衛兵か、我々にご一報ください! 特に私たち門番は、常にここにいますので……」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
その人の声が初めて聞こえた。その人が口を開いた瞬間、注目していた町人たちは益体もない話をやめてそのたおやかな口調に耳が集中していたため、誰もがその声を聞くことができた。
涼やかで耳通りの良い声色、丁寧で礼儀正しい謝意の言、そして愛想笑いとわかりつつも惹きつけられる美しい笑顔。名も知らぬその人の一挙手一投足に町人の誰もが目を離せなかった。
その表情を間近で見た門番なんていわんや、その心境推して知るべしである。完全に狼狽した口調で「い、いえ、仕事ですので……」としどろもどろとしている。
目が完全に泳いでいるのに、たまにその人のことをチラ見するのがとてもわかりやすい。だが、残念なことに彼を笑う者など誰もいなかった。近くにいた一般人の全てが似たような動作をしていたのだから。
その人は少々変わっているようだった。この街は多少大きいとは言え、どこにでもあるごく普通の街だ。特産品を除けば珍しいモノなど何もない。
だというのにその人はその平凡な街並みの至る所に興味があるようだった。石畳のでこぼこ道を歩きづらそうに歩き、レンガ造りの家をわざわざ触って確かめ、馬車が通り過ぎるたびにおっかなびっくり避けていた。まるで違う世界からきた人のようであった。
その人に注目している輩は多い。だからこそその人がフラフラしているのを見ていて気が気ではない。その人が転びそうになると思わず体が動いてしまい、汚いレンガの壁に触れるとその綺麗な体が汚れてしまうのではないかとハラハラし、馬車に轢かれそうになったときは悲鳴が上がった。危なっかしいにも程がある。
もう見てられない、と自分がその人を案内してやろうと動きだしたとき、先客がいた。自分より近くにいた男性二人組がその人に声をかけた。
「あ、あのさ。もしかしてこの街初めてなのかな? よ、良かったら案内しようか?」
「お、オレらここの地元民でさ。街のことなら凄く詳しいんだ。何でも教えてあげるよ」
ここで二度目のざわめきが起こる。最初のざわめきはその人を初めて見た時の驚きと喜びだったが、今度のは疑心と警戒のざわめきだった。周囲の見物人たちの目が途端に険しくなる。
「一体その人に何をするつもりだ」「まさか不埒な目的じゃないだろうな」「変なことをしたらイテコましたるぞコラ」という疑いと軽蔑の目が半分。残り半分は「その人と仲良くなるんじゃないだろうか、自分より先に」という警戒と嫉妬の心が半分だった。
実際、先程の門番たちが彼らの動向を注視しつつ体を強張らせていた。武器に手をやっている者もいた。だがその気持ちは良く分かる。
もちろん、声をかけようとした自分もその一人だった。二人の若者の顔を脳内ブラックリストに記録しておく。しかし殺気立つ一般人と違い、その人は軽やかに笑った。
「あ、お願いします。旅をしているのですが、実はまだ慣れなくて……」
その人はほんの少し赤くなりながら、彼らに綺麗な笑顔を向ける。嫉妬の目線がより激しくなった。
誰もが同時に同じことを思っていただろう。自分が先に話しかければ、あの素敵な照れ笑いが自分に向けられただろうに、と。
先程の門番以上に動揺した男二人は、早口にいろいろなことを説明しだした。街の構造やどれくらいの規模なのか、納める領主の名前や名産品や自慢の歴史などを二人交互に口早に説明している。
その人は笑顔のままウンウンと頷いて聞いている。その聞き上手なところがさらに素敵だと思った。目触りな男二人の煩い声が気にならないほど、その人の立ち居振る舞いは優雅なものだった。
「おいおい、お前ら二人とも。その麗しいお方が困ってるじゃないか。ちったぁ落ち付け、な?」
その人と男二人が先に進もうとするとしたところに、突然横やりが入ってきた。ナイスミドルと言った感じの男性が壁に寄り掛かった格好で、彼らの前を通せんぼしている。
そして鋭く彼らを見据えながら、こう言った。
「お前らどうせ日雇い労働者か冒険者くずれだろう? 観光案内なんてしてる暇があったら仕事してこいや。その人の案内はオレがしといてやるからよ。ああ、申し遅れたな。オレはあっちの酒場で店主をしている者で、昼間はヒマなんだ。良かったらオレが街を案内してやるから……」
「おい、ちょっと待て、おっさん。何勝手なこと言ってんだ」
「そうだ、この人はオレらと一緒に街を観光するって言ってんだ。邪魔すんじゃねーよ」
格好つけてその人に語りかけるナイスミドルに、当然のように男二人が突っかかってきた。どっちの気持ちもわかるので何とも言えないが、問題は違うところで起きていた。
ナイスミドルが横からしゃしゃり出てきたのときっかけに、他の町人たちもその人に向かってアピールをしだしたのだ。
「お前ら口論してんなら勝手にしてろ。オレが代わりに案内を……」「いいえ、野蛮な男たちでは何されるかわからないわ。私が案内してあげ……」「ああ、自分は兵士をしています。見回りのついででよろしければ護衛しますが……」「私が」「オレが」「ワシが」「俺様が」「ワタクシが」
当たり前のように喧嘩が勃発しはじめ、当たり前のように黒山の人だかりができた。今まで様子を見ていた人達が我先にとその人の案内役を奪いだしたのだ。
老若男女、地位や権威も関係なく誰もがその人を求めていた。
しかも不運なことに、ここは人の出入りが激しい門の近くなのだ。大勢の人だかりに気付かない者などいないし、「なんだなんだ?」と野次馬をすれば中央には儚く佇むその人の姿が。
喧騒を聞いて事情を理解すると、その野次馬も「オレが案内役を」と集団の一員になっていった。どんどん人は増え続け、大混乱が起こりだした。
自分もまた、黙ってはいられないと思った。なぜなら、その人は自分を中心に起こったその阿鼻叫喚に怯えてオロオロしている。
そんな痛々しい姿を見せられて何もしないわけにはいかない。自分も黒山の人だかりに飛びこんで、「一緒に逃げましょう!」と声をかけるも喧騒にかき消されてその人に届かない。必死で人の波を越えてその人を救おうとする。
何とかその人を救おうともがき続け、なんとかその人の手を取ることができた。
その人の手は美しく、たおやかでいて逞しく、とても汗臭い良い匂いがして、遠目で見たより毛が濃かった。
白い老人「ダーッハッハッハッハッハ、イーッヒッヒッヒッヒ、アハハハハハハハハゲホッゲホッ、ゴホ。ブッ、ワハハハハハハハハ!!」
※なんで老人が笑っているのか分からなかった人は、前書きの主人公プロフィールを良く読んでみてください。




