『アイテムボックス』任意の物品をその状態を保持したまま異空間に格納・引出ができるスキル
主人公:以前登場したため省略
前から思っていたんだ。『アイテムボックス』ってスキルが一番のチートなんじゃないかって。
だって冷静に考えてみてよ。好きな物を好き放題入れられるし、好きなタイミングでいつでも取り出せるってすごくないか?
質量保存の法則なんてガン無視で。いったいどうなってるんだって思うよ。
だから僕が変な白い老人に好きなスキルを選べって言われたら、真っ先に『アイテムボックス』を選んだね。
本来、おまけスキル扱いでタダでくれてもよさそうだったけど、違うんならしょうがない。選ぶしかないね。
他の攻撃型のスキルとかコピーするスキルなんてのも魅力的に映ったけど、心を鬼にして『アイテムボックス』を選んだよ。
だって異世界だよ? 戦う武器ももちろん必要だろうけど、こっちの方が絶対利便性が高いし、絶対どこでも活躍できると思ったからさ。
仮に異世界がめちゃくちゃ技術の進歩してる世界だったり、特定スキルを差別して牢屋に放り込んだり、人間以外の種族に転生しちゃったらどうするっていうんだ。絶対どんな状況でも使えるこの『アイテムボックス』は必要だって思ったね。うん、きっとそう。
というわけで僕は意気揚々と、でもちょっと不安に思いながら異世界の大地に立った。僕の冒険は、最初の内から結構順調だったよ。
どこにでもいる一般人の僕が異世界に来たからって、いきなり戦えるわけがない。
だから相手が弱そうに見えても、モンスターを見かけたら悲鳴をあげて逃げ出したよ。殺されかねないからね。
ただ、最初の町についてからはかなり順調だった。
薬草採取や物品運搬の仕事は完全にお手の物だった。薬草は採れたて新鮮なままで納品できたし、運送屋の仕事はどんな重い荷物でも鼻歌を歌いながら片手間にできた。
スキルの説明をちゃんと聞いておいてよかったよ。……ええと、詳しい内容は忘れたけど、時間停止状態で異空間に入れたり出したりできるんだよね、確か。違ったっけ?
って君に聞いてもわからないよね。ごめんごめん、ハハハ。
日銭を稼ぐのはコンビニのバイトよりよっぽど楽だったよ。日本でもこのスキルがあったら便利だったのに。
とかくいろいろお金を稼いで、結構贅沢な暮らしまでできるようになるまで荒稼ぎしたんだ。
新鮮な生魚の運搬や、大量の飲み水運搬なんかものすごい大金が稼げるから頻繁にやってたんだけど、そうしたらある冒険者たちに目をつけられて、次は荷物持ちとして色んな冒険に連れていかれるようになった。
武器や食料の持ち運びは言うに及ばず、ダンジョンや出先で手に入れたアイテムや貴重な素材を持ち帰るのに重宝された。
持ち運びできる物量に限界がないことを知られると、どんどん要求が大きくなっていった。野営のテントを調理機器も一式含めて直接運んだり、巨大な壁を持っていって即席のバリケードを作る役を任されたり、まあいろいろだ。
これらの要求は冒険者たちからの無茶ぶりじゃなく、全部僕の提案だった。どれも大して苦労しないし、いくら持ち運んでも疲れないからこそできる暴挙だった。
僕を冒険に連れてってくれる冒険者たちは最初ドン引きし、でも次第に有用性を認め始め、最後は一緒に、他にはどんなことができるだろうか楽しく打ち合わせをしていた。すごく楽しい時間だった。
戦う力こそないけれど、僕は次第に冒険者たちに認められるようになっていった。
ついでに言うと、碌に危ない目や大変なことをしてない割に、僕の貯金はすごいことになっていた。『アイテムボックス』の中にしまってある金貨の山を見るたびほくそ笑んだりしていた。
たまに変な人に絡まれたりするけれど、アイテムを一度たりともネコババしていないこと、オレが日本人だからか低姿勢なのとが相まって、いつも誰かが助けてくれたしね。
……たぶんここら辺からだと思う。僕はいろいろ調子に乗り始めたのは。
最初は冒険者レベルで荷物運びをして、楽しく異世界生活を過ごしていた。ちょっとだけど剣を教えてもらったり、サバイバルやこの世界の知識を教えてもらったり、あと僕の護衛は弱い奴の仕事ってことで色々な新人冒険者から尊敬されたり、ね。
ただ僕の功績が評価されたからか、今度は国家レベルの仕事を任され始めた。最初は内密に、でもだんだんと露骨に。
魔王軍との最前線への補給物資配達や、危険地域への戦術兵器の運送などなど、危険な仕事が舞い降りるようになっていた。何度か命の危機を感じたこともあった。
僕の護衛はかなり厳重だった。前みたいに一人の新人冒険者が慣れない剣を構えて僕の周囲をきょろきょろ見回しているのではない。重装備の訓練された兵士が最低でも4人、僕の周囲を隙間なく立ち尽くすようになっていた。息苦しいったらありゃしない。
お金はめちゃくちゃもらえるようになったし、とても好待遇で迎えられたけど、毎日が忙しく大変で怖い思いをする日々だった。
だからストレス発散に、まあ色々やり始めた。
……色々って言ったら色々だよ。いやー、まさかこっちで卒業できるとは思ってなかったね。
最初の頃の薬草採取も荒稼ぎできていたけど、この頃にはそんなの鼻で笑っちゃうレベルの大金が動いていたね。軍隊ってやっぱり稼げるんだねぇ。
とんでもない金額を稼いで、たくさんの偉い人に褒めそやかされて、ものすごく人気者になった気がして、仕事に慣れてきたあたりで残念なことに、敵に誘拐されちゃったんだよね。
魔王城はすごく怖かったよ。オレが補給線の重要人物って見抜かれてたし、いろいろ恨みも買ってたみたいで、酷い目にあったよ。ホントだよ? この両目がウソついてるように見える?
散々拷問はされたけど、僕を殺すのではなく交渉に使おうと考えてくれたのがまだ幸運だったね。食事もきちんと用意してくれてたし、今思えば拷問もかなり手加減されてた気がするしね。
喉元過ぎて熱さ忘れてるのかもだけどね、ハハハ。
逃げられなかったよ。僕が不審な動きをしたらすぐ殺すって言われてたからね。
それでも考えて、巨大な岩を『アイテムボックス』から出して、牢屋を吹っ飛ばそうとしたけど、やろうとした瞬間、片目をえぐられたからね。あの時は痛かった。今もなんか痛む気がするよ。
大人しくしていれば助かるかもしれない、いや助かるに決まっている。
そう思い込むことでなんとか耐えられてたんだけど、まあこの後はそっちの方がよく知ってるでしょ? 僕は見捨てられたんだって。
詳しい交渉に何があったかまでは知らないし、知りたくもないけどさ。お前、見捨てられたぞって笑いながらモンスターが僕を殺そうとしたんだ。
ずっと頑張って働いてきたのに、見捨てるなんて酷いってすごく恨んだし、オレを褒めてたやつらはただ利用したかっただけなのかって怒りも沸いた。
そして何より、今から僕は殺されるんだって事実が怖くてどうしようもなかった。
知ってる? 人間って死ぬってわかると、笑っちゃうらしいんだよね。ハハハハって笑いながら顔が強張ってるのを自覚していたよ。
命乞いは無意味だって何度も思い知らされた。裏切るから許してって言っても嘲笑うだけで話を聞いてくれない。
欲しいものをなんでもあげるって言ったのに、血まみれの大きな斧を振り上げるのをやめてくれなかった。
だから僕は……その目の前のモンスターを『アイテムボックス』に放り込んだんだ。
実はその時まで知らなかったんだよ。『アイテムボックス』に生きたままのモンスターを入れられるって。
冷静に考えれば、薬草って摘んだ瞬間に死ぬわけじゃないから、鮮度の高い良い薬草だねって褒められたときに気づくべきだった。単純に時間停止してるもんだと勝手に思い込んでたんだ。ずっと気づかなかった。
というか、時間停止してしまう『アイテムボックス』の中に生きている動物を入れるのに抵抗があったから気づかなかったんだろうね。そんなことしていいはずがない、ってさ。
でもまあ、それに気づいたらそりゃもう無双状態だよね。魔王城にいるモンスターがどんなに強かろうと、どんなに数が多かろうと、全員『アイテムボックス』行き。
時間停止しているから抵抗もされず、出し入れば僕にしかできないから完全に無力化できる。最強だったよ。
あ、敵の大将である魔王様もオレの『アイテムボックス』の中にいるよ。出したら何されるかわからないから出せないけどさ。
んで、魔王を倒した勇者……正確には封印したってことになるのかな?
魔王城にいたすべての魔物を捕獲して人間に抵抗する勢力がいなくなったわけだし、勇者扱いで問題ないよね?
まあとにかく、勇者としてまた褒めたたえられるかなぁって思って、意気揚々と元居た軍隊のとこまで戻ってきたわけだよ。
……あれ、ここら辺からなんか記憶が混濁してるな。なんでだろ?
何があったんだっけ……?
うーん、よく補給に向かってた最前線の砦についたとき、見慣れた兵士の顔がものすごく驚いてたことは覚えてるな、うん。
そこで僕がどうやって魔王城から逃げ出したかを説明して、「『アイテムボックス』の中に魔王いるけど見る?」なんて冗談を言ったりして、あとは……なんだっけ?
そうだ、何かが頭にぶつかったんだ!
よくわからないけど、オレと同い歳くらいの軍師って呼ばれてる人の顔が見えて、そいつが僕の方を見て何か合図したら、何か硬い物がオレの頭にぶつかって、それで気絶して……。
そ、そうだ、思い出した! 僕はなぜか捕まえられて、今度は人間側の牢屋に閉じ込められたんだっけ!?
なんでこんなことをするんだ! オレは世界を救った勇者だぞ!? 僕を開放しないと、みんなも魔王たちと同じ目に遭わせるぞ!!
……あ、あれ? 『アイテムボックス』が使えない? な、なんでだ? いつもは意識するだけで簡単に使えたのに、なんで……。
「まあ落ち着きなさい」
落ち着いていられないよ、看守さん! オレがこんな目に遭わせられる意味がわからない!! それに、それに『アイテムボックス』が使えないんだ! 一体僕に何をした!?
「ふむ、まだ混乱しているのかな? 落ち着きなさい。君の名前をゆっくり思い出しなさい。そうすれば、何があったか思い出せるはず」
オレの名前? なんでそんなことを?
僕の名前は……あれ、オレの名前が二つ思い出せる? なんでだ、どっちの名前も自分のもののように思えるし、どっちも違うように思える?
「まあ初めてだと混乱すると聞いている。だから落ち着きなさい。君は、とある人の記憶を奪ってもらったんだ。君自身の能力でね。そして、魔王城で何があったかを奪った記憶から裏を取ろうとしたんだ」
奪う? あ、そ、そうか。僕が最後に見たあの男の顔は……オレだ。
そうだ、オレが僕の記憶を奪ったのか。だからこんな変な感じに……。
「そうだ、全部聞きたいことを答えてくれて感謝するよ。今日はお礼に、晩御飯で肉料理をつけるよう進言しておいてあげよう」
え、あ、は、はい。ありがとう、ございます……。
あ、あの、すいません! 一つ聞いてもいいですか?
「ん、なにかね?」
あ、あの僕……じゃなくて記憶を奪われた彼、今どうなってますか?
「君には関係ない、が別に話してしまっても問題なかろう。彼は記憶を奪われたことで人形のようになっている。呼吸はあるし心臓も動いているが、寝たきりになっている。記憶が全くないから動こうという意思もなくなってしまったんだろうな」
……。
「彼の存在が外部に漏れると問題なので、あのまま放置だ。下手に死んだら『アイテムボックス』から魔王軍が出てくるかもしれないからな。良い封印になる。しかし魔王がいなくなった功績は誰かに与えねばならぬので、今まで活躍してくださった軍師殿が勇者として崇め奉られる予定だ。全く、あの方はまるで未来を見てきたように今回のことを計画してくださった。素晴らしいお方だよ」
……酷い。
「酷くはないよ。むしろ結果だけを見れば、君も生かしているし彼も生きている。それに世界に平和が訪れてみんな幸せになれる。素晴らしいじゃないか。君はまだあと2回は使えるだろう。彼同様、君もせいぜい長生きしてくれよ?」
白い老人「人間って怖いなぁ、まあ今更だけど」
以前の話から2人ほど登場しています。わかってもらえたかな?




