『翻訳』言語体系が異なる知性体の言語を解し、また発声する事が出来るスキル
主人公:子供、女、善人
異世界転生物の小説は未読
むかしむかし、あるところに幼い兄妹がいました。
兄はとても勇敢な子でしたが、ごくごく普通の男の子でした。でも妹は違いました。彼女は凄く変わっていました。
妹は生まれてすぐに両親と会話することができました。「あなたたちは誰?」と話してきた生まれたばかりの赤ん坊に両親はビックリして、生まれたばかりの赤ん坊に大層恐怖しました。
でもちょうど言葉を話し始めることができた兄は、喋る妹を純粋に受け入れ「僕は君のお兄さんだよ。仲良くしよう!」と大喜びでした。それから兄と妹はとても仲良く過ごしていました。
また妹は動物とも話せました。
近所の暇そうな猫たちに「ここら辺のネズミを駆除してください。報酬にマタタビをご馳走します」と交渉をしかけたり、山から降りてきた野良犬に「これ以上私たちを攻撃すると大人たちが山狩りを始めてあなたたちは全員死にますよ。だから引きなさい」とパンと干し肉を引き換えに彼らを追い返したりしました。
両親は妹の奇怪な行動にどんどん恐れるようになりましたが、逆に兄はいつも変なことをする妹のために奔走していました。猫たちにあげるマタタビを集めるのを手伝ったり、涎を垂らして唸り声をあげる野良犬に足をガクガク震わせながら妹を庇いました。
大きくなると、妹の奇矯な行動はさらに増えました。
お貴族様とトラブルになってしまい、あわや手打ちになりかけている農民を救いました。
平民は絶対に習わないはずの宮中言詞を使い「領民を一人殺すのは麦の穂畑を燃やすに等しいこと。手打ちにして収穫できる麦の穂を減らすくらいなら、長く生かせて税収を増やす方が賢いと思いますが?」ということを回りくどく説明してその振りあげた鞭を降ろさせました。
また教会での不正により町民の生活が苦しいと知れば、難しい神言を用いながら神官に「神の名の下に不正はないとして官吏からの目を逃れている教会は、神の名の下の平等から外れているのではないか? 監査が入らないとなると、これは差別に当たるだろう」と上手く説得して回りました。最終的に官吏人を受け入れざるを得ない状況になって、不正が暴かれることとなりました。
一度だけ兄が尋ねました。「どうして君はいつもそんな色々な言葉で喋れるの?」と。
妹は答えました、「『翻訳』スキルがあるからよ。私自身の実力じゃないわ」と。
妹の言ってる事は全くわかりませんでしたが、きっと彼女は神様から加護を貰っていて、だからこそみんなのために頑張っているんだろうなぁと朧げながら理解しました。
彼女のやることは全部突飛が過ぎて、でも周囲の人間のためになるため皆感謝していました。兄も誇らしげに妹について回り、いつも彼女がやり過ぎないように見守っていました。
しかし彼女が偉業を為せば為すほど、両親は彼女を気味悪がるようになりました。
ある日、あり得ないほどの大事件が起こりました。
傷だらけの天狼族という魔物が兄妹のいる村にやってきました。
身の丈は納屋を覆い隠すほど、その鋭い眼差しは心の臓が弱い者の息を耐えさせかねないほど。鈍く輝く牙は男の胴体より大きく、その青い毛並みは剣の山であるかというほど逆立っています。
天狼族の怒りは城を踏み潰すと言われています。それほどこの世ではとても凶悪な魔物でした。
村人は全員逃げ出しました。あんなモンスターなんて戦いになりません。どう考えても蹴散らされて食べられてお終いです。みんな揃って逃げ出しました。
両親も逃げ出しました。しかしこの両親は酷いことに、まだ成人にならない妹を縄で縛りあげてから逃げ出しました。
天狼族が気色悪いこの娘を食べているうちに逃げようという腹積もりでした。最低です。
まともな息子だと思っていた兄の手を引いて逃げようとした両親ですが、兄はその手をスルリと避けて妹を助けようとします。
両親は呆気にとられましたが、すぐに兄も見捨てて逃げ出しました。とにかく自分の命の方が大事だったのです。気持ちはわからないでもないですが、最低には違いありません。
そして縄を解き「早く逃げよう!」と叫ぶ兄に「ちょっと待って、確認したいことがあるの」と妹はスタスタと逃げる皆とは逆方向に歩き出しました。天狼族のいる方にです。
兄は一瞬蒼白になりましたが、すぐ妹を守るためについていきました。
妹は威嚇する天狼族を見ると、軽く頭を下げて問いかけました。
「ねぇ、あなたなぜここにいるの? 村に襲いに来たはずなのに誰も食べようとしていない。それに凄く辛そう。大丈夫?」
突然人間が自分たちの一族にしか伝わらない言葉で話しかけてきたので、その天狼族は相当驚きました。そして色々話しかけます。
『我々の言葉がわかるのか、娘。ならばちょうどいい、頼みがある。この霊薬を私の背中に塗ってくれ。弩弓の矢が刺さったせいで逃げて来たのだ。他の場所なら自力で治せるのだが、背中には前足が届かん。この傷さえ治れば、私たちの村を襲ってきた薄汚い遊猫族どもを駆逐してやる』
そしてフェンリルは背中を少し見せました。とても痛々しく赤くぐっしょり染まった毛並みが見えます。なるほど、この怪我では身動きもとれないだろう。
その言葉を聞いた妹は少し考えた後、条件をつけて言いました。
「わかりました。でも一つだけ条件があります。駆逐する前に私をその遊猫族と話をさせてください。それを約束してくれるのならば、あなたの怪我を治します」
フェンリルは驚いて言いました。
『お前はあの奔放な奴らの言葉もわかるのか。だが私を攻撃してきた野蛮な奴らだ、死ぬかもしれないぞ』
妹は首を振りました。
「もし本当に野蛮な方たちなら、きっとあなたは殺されていたでしょう。あなたの逃げる先に罠でも仕掛けておくか、追いかけてきてあなたにトドメを刺しにきたはずです。でもあなたは生きている。だから、もしかしたら大丈夫かもしれません」
フェンリルはその言い分に納得すると、妹を連れて行く事に同意してくれました。そして妹に優しく霊薬を塗ってもらいます。
すると深く傷ついていた背中の傷が一瞬で癒えて、フェンリルは元気に立ち上がりました。妹を背中に乗せて走りだそうとします。
「おい! 妹を置いてけ! さもないと許さないぞ!」
『……あの小煩いのは何を言っている?』
「……私を置いてかないと許さないそうです。でも私は行かないといけないので、ついでに連れてってあげてくれませんか?」
『……承知した』
そういうとフェンリルは兄を咥えて颯爽と走り出しました。風切り音と兄の悲鳴を聞きながら、妹は毛皮に必死にしがみついていました。
村では天狼族と遊猫族がいがみ合っていました。
そしてその2種族が睨み合う中、幼い妹がその調停者として間に入りました。お互いの言い分を聞いて、お互いに翻訳して伝えました。
天狼族曰く「先に手を出してきたのは遊猫族だ。そして今も武器を持ってこちらを威嚇してきている。いくら言葉が通じないからと言っても、これでは戦わずに見逃すわけにはいかない」
遊猫族曰く「探索中、うちの若いもんがうっかり弓を射ってしまった。謝罪の意味を込めて天狼族にも使える丈夫で大きな櫛を持ってきたというのに、あいつらはこちらを威嚇してきている。戦わないわけにはいかない」
確かに、猫たちが背負っている櫛はあまりに大きくて武器のようにも見えた。妹は呆れながら、兄はいつでも妹を守ろうとビクビクしながらいがみ合う両者の間を何度も往復して仲裁しました。
結果的に、戦うと強いが争いは嫌いな天狼族が謝罪を受け入れ、武器を振り回すより手入れや遊ぶことが好きな遊猫族が丁寧に謝罪し、お互いの友好を示しました。争いが始まる前になんとか収めることができて、兄妹はホッとしています。
2種族の者たちが友好を深めるための宴会を開いている最中、妹の背後に背の高い男が近寄ってきました。綺麗に透かしてある青く長い髪をもった美男子でした。
妹は問いました。
「あなたはどちら様ですか? ここは人間のいない村だと聞いていたのですが」
「私はお前に傷を治してもらった天狼族だ。人の形に姿を変えるのは久しぶりでうまくできているかわからないが、ともかく君にお礼を言いたくて来た。ありがとう。君がいなかったら言葉の通じない者同士で無意味な争いを行っていた。」
そうして人に化けたフェンリルが妹に頭を垂れてお礼を言いました。妹は笑顔で返します。
「気にしないでください。たまたまお節介を焼いただけです」
「そういうわけにはいかない。天狼族は義理堅いんだ。君にお礼をしないと気が済まない。何かしてほしいことはないか? そうだ、旨い肉を焼いてある。ぜひ食べてくれ。そういえば村人に捨てられていたようだったが、なんなら私たちの村に住まないか? 歓迎するぞ。それにこの村は楽しいぞ。とくに狩りの祭りなどは見栄えが良いはずだ。一緒に参加してほしい」
なぜかしつこいくらいフェンリルは村に滞在するよう言い募ってきます。人化しきれていない尻尾がピンと立っています。
フェンリルに困惑している妹を見て、兄が横からしゃしゃり出てきて邪魔をします。
「おい、お前。うちの妹に近づくな。礼ならもう聞いたからあっち行……」
「あ、お兄さんだニャ。お兄さんはあんな大きな天狼族に囲まれていたのに、必死で妹さん守ってる姿が格好良かったニャ。うちらと一緒に遊ぼうニャン。こっちに来るニャ!」
「あ、おい、ちょっと! 俺はあの男に用が! ってあ、おい、引っ張るな! 放してくれー!」
そうして、どことなく人間に似た面立ちの遊猫族に兄はれて行かれました。妹はクスクス笑います。
人に化けたフェンリルは「邪魔者はいなくなったか」と安堵しつつ、再び妹に話しかけます。尻尾がブンブンと振られていて、すごい土埃が舞っています。
そうして兄妹は2種族の村に受け入れられて、何百年も経ちました……。
…………
「……それからだ。我々は人族との融和を是として今までやってきた。そして争いは戦ではなく話し合いで解決するという文化を育んできた。故に、お主らが起こすという、人間相手の戦というものには我々は参加しない」
「そうか。しかし本当に良いのか? お前たちの種族は山奥で生活することを余儀なくされ、友好を結んだ遊猫族は住処を追われて絶滅した。お前たちと人間の混血である犬人や猫人も、人からは差別的な扱いを受けている。本当に恨みはないのか?」
「くどい。恨みはある者もいるが、それは個人の範囲だ。我々と血を分かつ半獣人たちも力で反抗することはなく、話し合いでの解決を望んでいるはずだ……まあ、そのせいで狡猾な人間共に良い様にされているようだが、やはりそれは個人で対処すべき話であり、我々の種族としての総意は覆らない。我は妻に誓ったのだ。『絶対にもう人は殺さない』と」
「そうか、残念だ。我らの王は寛大なお方だ。人間でなく、かつ敵対しない者に対しては攻撃しないことを約束してくださる。無理に勧誘したようで悪かったな」
「気にするな。そちらも仕事であろう。人間を殲滅するという志は同意こそできないが、同じ魔物としてはわからなくもない。手伝いも応援もしないが、邪魔だけはしないことを約束しよう」
「そうか、ならさよならだ、天狼族よ。面白い昔話を聞かせてくれて感謝する。もし人類が絶滅したなら、また会おう」
「ああ、さよならだ、オーク四天王。できれば我々の歴史と同じく、最後には話し合いで解決されることを願うよ」
白い老人「ふぅ、そう、こういうのが良いんだよ! こういう当たり障りないのが! スキル調整はこれくらいでいいかなぁ」
余談ですが、人気が高かったサンプル3のカエル君が失敗例1の話に紛れ込んでいます。気付かれなかったら悲しいので念のため。
できれば見つけてやってください。