『仕切り直し』死亡した瞬間の記憶を引き継いで初期からやり直すスキル
主人公:学生、すべて平凡、知略に憧れる
異世界転生物の小説は熟読
……あ、ここが異世界か。これから僕の冒険の日々が始まるのか!
僕は森の中で目を覚ました。今自分がどこにいるかも、何をすればいいのかもわからない。でもこれでいい、最初はこれでいいのだ。
僕は白く光る老人から『仕切り直し』というスキルをもらった。これは死亡した瞬間に最初から、つまり今のこの森からやり直すことができるというスキルらしい。
本当にそんな都合のいいことが起こるのかわからないが、これはチャンスだ、と僕は思った。たとえどんな強敵が現れようと、何度でもやり直せば必ず勝てる方法が見つかるはずだ。それにどんな難問でも、何度でもやり直せば必ずどうにか対処できるに違いない。僕はやる気に満ちていた。
僕は森の中を意気揚々と歩く。山歩きは慣れないので少し歩きづらいが仕方ない。このままえっちらおっちら歩いていく。すると目の前に大きな獣が現れた。その威容に思わず身が凍る。
……も、モンスターだ。本物のモンスターだ! やばい、これは怖い。に、逃げよう! いや、これもまたチャンスか?
僕は一瞬考え直すと、意を決してモンスターを見据えた。覚悟を決めると雄たけびを上げて無謀にもモンスター目がけて突っ込んでいく。
最後に見た光景は、どこまでも広がる一面の青空だった。
…………
……あー、良かった。ちゃんと『仕切り直し』スキルは働いてるな。やり直しできた。
僕はちょん切れたはずの首をさすりながら、最初に見た森の中で目を覚ました。ちゃんとやり直しができている。これなら何度でも挑戦できる。僕はニヤリと笑った。
『仕切り直し』のスキルがちゃんと機能していることが確認できた。それに大きな収穫として、即死ならば痛みはないようだった。
死んだ瞬間の激痛はあったように思えたが、その前に意識が消失するので関係ないのだろう。即死なら苦しまずにやり直しできる。これがわかったのはデカイ。ありがたい仕様だ。『仕切り直し』スキル様様である。
とはいえ先ほどのモンスターは強すぎる。避けるのが無難だろう。次は反対側へ向かうことにする。
……最初にいきなりハードモードの敵だったけど、これから本当の冒険が始まるんだ! 頑張るぞ!!
僕は地面に足を取られながらもズンズンと足早に歩き出した。
…………
……くそぉ、何一つ上手くいかない! ああもう面倒くさいなぁ……。
僕は投げやりな気持ちになっていた。最初から失敗続きの躓きまくりで嫌になってしまっていた。
近くの町にたどり着くまでに色々なモンスターに襲われて殺され続け、町にたどり着いても不審者扱いされて衛兵に捕まって牢屋のあまりの寒さで獄死したり、町中を歩けば乱暴者に路地裏に連れ込まれて身ぐるみ剥がされ、なんとか冒険者ギルドに登録できても最初の簡単な採取クエストでも食料が尽きて飢え死にした。死に放題だった。
もうやってられない。でも何もしないでこんな森の中で遊んでるわけにもいかない。まともな異世界生活をしたいのなら、なんとかしなくちゃいけない。
僕は嫌々ながらも、スタスタと平野を歩くように森の中を歩き出した。
…………
……くそっ、また失敗した。どうすればいいんだ……。
俺はだんだんとこの世界に慣れてきた。かなり時間がかかったが、色々やり方がわかってきたおかげである。
冒険者ギルドのギルド長の抱えてる秘密の裏取引をあっさり暴いてからソイツをさっさと締め出して、冒険者デビューをすればその後はしばらく安泰になる。なぜなら不正を暴いた俺に感謝する冒険者たちにくっついて仕事ができるようになって、そのお金で色々な装備を整えられるからだ。
そしてある程度装備が整ったら次の町へ。そこで運命の仲間たちと出会う。最初は誰も俺に見向きもしなかったが、みんなの悩みやその解決方法がわかれば容易かった。
そして信頼できる仲間とともに冒険をする。苦労しつつも楽しい冒険の毎日を送れた。
冒険者パーティーとしての腕前も一流だった。魔物の不意打ちやトラップなんかは全て俺が看破しているし、どこになんの宝があるかとかどの街が何のモンスターによって困っているかなんて網羅している。名実共に最高の冒険者になるなんて容易い話だった。
しかし、魔王たる者が現れてから苦戦を強いられた。魔王の配下に何度も殺された。四天王たちに町一つ滅ぼされたこともあった。仲間と壮絶な別れも経験した。そしてそのどれも『仕切り直し』でやり直して攻略法を見つけ、何とか頑張って対処した。
そして今は新しい問題に絶賛悩み中である。ようやく四天王を最後の一人まで追い詰めたのだが、奴はあまりにも強すぎる。どうすれば攻略できるのか全く分からない。俺は考える。
……海沿いのあの町にあいつが滞在してたというから、その時不意打ちで倒せれば楽なんだけど、そうすると聖職者の彼女が神父に酷い目に合わされて仲間になるチャンスを失う。あの娘は可愛いうえ使えるから絶対仲間にしたい。じゃあ四天王の同士討ちを狙うか? でもこれも難しい。あの最後の奴は他3人を合わせたより強かった。内部の裏切りがあっても平然としてそうだ。なら……隣の国をたきつけて軍隊と争ってる隙を狙うか? 犠牲者は大勢でそうだけどなんとかなるかも。良し、これで行こう!
俺は今後の方針を固めると、ゆっくりとした足取りで最初の町へと向かった。どうせ急いだところで門番の交代時間まで暇なのだ。急いでも意味がない。景色を堪能しながら鼻歌交じりで森の中を歩いて行った。
…………
……ああ、嫌だ。嫌だ。怖い。痛い。嫌だ。やめてくれ。お願いします、何でもするから!
俺は心がへし折れていた。なんとか魔王と対峙することができたが、あっさりと負けて捕らわれてしまった。そしてそこでありとあらゆる種類の拷問を受けた。
仲間が殺されたことで怒り狂った豚の王が俺を殺さずに痛めつけ続けた。椅子にしばりつけられた状態でまず爪を剥がされ、足を切り落とされ、自分の耳を食べさせられ、目玉をえぐられ、皮膚を削がれて、内臓を食べられて、奴の回復魔法で全身を治療し、はい最初からやり直し。気が狂えるうちはまだ幸せだった。
俺がもはや何も反応しなくなるまで拷問は続き、最後はあっけなく首を刎ねてもらえた。殺されることに幸せを感じたのは初めてだった。
もうやりたくない。あんな怖くて痛い思いはもうしたくない。俺は強く強くそう思った。
魔王が現れようが知ったことか。俺はとにかく逃げる、逃げまくってやる。そうすればもう大変な思いはしないで済む、痛い思いもしないで済むはずだ。俺は決心した。
俺は最初の村から反対方向へと異様な早さで歩いて行った。
…………
その後、何度やり直しても結果は同じだった。
僻地で平々凡々として生きていくこともできた。そこで幸せを得ることもあった。家族ができることもあった。だけど魔王がすべてを奪っていく。
魔王が決起し、最大の王国を蹂躙しつくしたあとくらいから地獄は始まった。魔王の配下たちが次々と国や町や村を襲い、遊ぶように人間を殺し食い尽くした。当然俺のいる僻地の村にもやってきて、何度も皆殺しにされた。
俺が冒険者として頑張っているときは歳も若かったし、体も鍛えれば鍛えるほどそれだけ強くなれたからなんとか戦えた。
でも今は緑豊かな自然だらけの村で家畜の世話をする毎日をしていただけの俺は、魔王の配下に腕の一振りで殺されるだけの村人に過ぎなかった。俺は何度も幸せの日々と終わりの地獄を味わった。
どの村へ行っても、どこへ逃げても一緒だった。俺は殺された。しかしある程度の幸せが得られるので、これはこれでいいかと思うようになっていた。
なんだかんだで毎回10年以上生きられるのだ。人生を謳歌する分には十分だった。最後がバットエンドと決まってるのが不幸なだけの普通の人生なのが何よりも尊い。
しかし問題が起きた。あるときある村で魔族が人間狩りを始めたのだが、そいつがまたえらく加虐趣味な奴で、村人を何人も戯れで拷問していた。
もちろん俺も拷問された。散々痛めつけられたあと、新しく家族になった者たちを生きたまま食べさせられた。俺は泣きながら鉄錆の味しかしない生のソレを咀嚼させられ続けた。
即死なら痛みも苦しみもなくやり直せるが、死ぬ前にされた苦痛や絶望はそのまま残る。俺は愛しい妻や最愛の娘の涙で歪んだ顔を思い出して決心し、立ち上がった。
もう拷問は嫌だ。本当に嫌で嫌でたまらない。だけど魔王は倒さねばならない。あんな悲劇はもう嫌だ。何度も殺された報いを受けさせてやる。そう決意して最初の村へと駆け足で向かった。
…………
……くそっ、まさかあいつが毒を仕込むなんて、思わなかった!!
俺は魔王を倒し、世界一有名な勇者と祭り上げられた。そしてその後の人生をものすごく楽しく過ごした。
そりゃそうだ。世界を滅ぼそうとした魔王を退治した勇者。ありとあらゆる場所でちやほやされるに決まっている。
この世界に転生してきて、これ以上ないほどの幸せを噛み締めていた。苦労した甲斐が本当にあった。
楽しい日々は永遠に続くかと思われた。
最初の何年もの間は勇者さま勇者さまとちやほやされ、王国からは働かなくても遊び続けられるくらいの大金をもらい、聖職者のあの子と他にかわいい子や、田舎生活のとき嫁として娶った娘の中でお気に入りだった子全員と結婚して、幸せな家庭を築いていた。
しかし、人生そううまくは行かないようだった。
元聖職者の嫁は仲間だった元剣士と浮気しやがった。
俺より格好いい奴だから仕方ないとは思うが、いくらなんでもそりゃないだろう。
「冒険してるときはなんでもわかって頼りになる男だと思ったけど、結婚してからは何か物足りない。それに好き放題しすぎで嫌いになった」と言われた。訳が分からない。
そりゃ魔王を倒したあとは『仕切り直し』でやり直したことはないんだ。初めてなんだからわからないことだらけなのは仕方ないだろう。
それでも俺は、本気でみんなを幸せにしようとしたっていうのに、物足りないとはどういう言い草だ。
それに子供たちが大きくなるごとに家庭内がギスギスしていった。
最初はどの子がお父さんに一番愛されているか、という小さな争いだったのに、何年も経つごとにだんだんとその争いが大事になっていった。誰が最もお父さんの血を引く子か、誰が最も偉いのか、誰が最も後継に相応しいか、などで争うようになっていった。
子供たちも大きくなるにつれ争いが陰湿化していき、最終的に母親を巻き込んだ相続問題などにも絡まんできてより激しくなっていってしまった。
止める者は俺だけで、子供も母親もその親も俺の跡目という名声を奪い合おうとしていった。最悪である。
また、俺のことを「本当に勇者か?」と疑問視する目が増えてきた。
浮気したあの聖職者の嫁ではないけれど、俺の優柔不断さや間違えた選択をするようになってみんなの見る目が厳しくなっていった。
戦いでは常に最善手を取り、作戦を考えさせれば最高の奇策知略を練り、引くべき時も進むべき時も完璧に見極められる勇者の俺はもういなかった。
そのせいで俺を見限る人が増えてきた。とても不愉快だった。
最終的に俺は遺産狙いの妻の一人が俺を毒殺した。最後の気持ち悪いニヤケ顔を覚えている。確か勇者と血縁を結びたいと王族のお姫様が嫁いできたのだったか。あいつはもう二度と妻には取らん。
それでも最初のうちは幸せだった。今度は失敗しないぞ、と心に決めてまた最初の村へと歩き出した。
…………
……あれ、私は、なぜここに?
私は目を覚ました。見慣れた森の中だった。もう二度と見ることはないと思っていたのに、目の前の光景に驚く。
私は結局3度魔王を倒した。そして最後はなんとか幸せで完璧な毎日を過ごすことができた。慢心することなく誰に対しても優しく接し、愛情をきちんと注げばちゃんと応えてくれるものだった。
私は年老いていき、体は動かなくなり、先立つ妻を看取って涙し、自分もあの世へ旅立つのだ。そう思って目を閉じたその次の瞬間に、私はこの森の中にいた。
私は呆然とする。意味が分からない。もう人生は十分満喫した。私は、もうこの世を去っても悔いはないというのに、なぜ今ここにいるのか。
答えなんてわかりきっていた。でもわかりたくなかった。それは最悪の想像だった。だから認めたくなかった。
……もしかして、『仕切り直し』スキルって自然死も範囲内なのか?
冷汗が流れる。そうだとしたら、私は。私は……。
愕然としながら震える足で立ち上がり、よぼよぼと懐かしき最初の村へと歩き出した。
…………
……ああ、またか。ああ、ああ。
もはや、かんがえる力もうすれていた。わたしは、もう、いきすぎた。
さいしょの内はそれでも、へいわなせかいの為にたたかいつづけた。まおうを倒し、さいあいの妻をめとり、かぞくに囲まれてしあわせに死んでいった。
でも、なんども人生をくりかえすうちに、わたしは嫌になってしまった。
もうたたかいたくない。たたかうのはつかれた。
もうくるしみたくない。くるしむのはつかれた。
もうしあわせになりたくない。しあわせになるのもつかれた。
もうよろこびたくない。よろこぶのもつかれた。
もうかなしみたくない。かなしむのもつかれた。
もう何もみたくない。みるのもつかれた。
もう何もききたくない。きくのもつかれた。
もううごきたくない。うごくのもつかれた。
もうなにも、なにもしたくない。なにをするのもつかれた。
わたしはそのまま森のなかでねころんでいた。ぼんやりと目のまえのこうけいをみている。
このままでいれば、だいたい1時間ごにさいしょに出会ったあのモンスターがここにやってくる。そしてわたしを食い殺す。食い殺してくれる。
それでおわり。とりあえずおわり。つぎこそ本当におわってほしい。
もうくりかえしたくない。くりかえすのもつかれた。
あしおとが聞こえる。そろそろか。はやく私にきづいてほしい。おわらせておくれ。おわらせておくれ。おねがいだ。おねがいだ。
…………
……ああ、またか。ああ、ああ。
…………
……ああ、またか。ああ、ああ。
…………
……ああ、またか。ああ、ああ。
光る老人「まあ良くあるループ物としてはだいたい予想通りかな。それにしてももう碌な動きがないし、気が向いたら解放してやろうかな」