『転移転送』人または物体を任意の場所に転移・転送させることができるスキル。ただし転移・転送先は一度認識した場所に限る
主人公:女、無職、美人だけど……
異世界転生物の小説は未読
「……で、ちゃんと転生したのかしら? あの人は」
「……はい、行きました……」
白い老人の影になるような位置で、例の美しい女性が隠れていた。その手には新品でとてもよく切れそうなナイフが握られている。もう脅す必要はないと判断されたらしく、白い老人の背中に押し当てていたナイフを鞘に戻した。髪の毛をかきあげる。
女は妖艶な笑みを浮かべて「フフフ」と笑う。
「私の言う通り、死んだ彼を再び転生させてくれたわね。礼を言うわ、ありがとう」
「……自分が脅かされてなければこんなことしないんだけどね」
白い老人は冷や汗を流しながら女を見やる。女は冷たい眼差しで白い老人を見ていたが、急に熱に浮かれたような口調で語り出す。
「あの人はさすがね。前はただ私に一方的にやられてるだけだったっていうのに、今度は自分からあんなに大胆な行動するなんて思ってもいなかったわ。いつまでも私と一緒にいられるように鳥籠にいれておいてあげたのに、まさか自殺して逃げだすなんてね。前は私に殺されるまで『死にたくない』って叫んでいたくせに、今度は自分から命を立つなんて、すごく……すごく感動したわ」
女は感極まったように潤んだ瞳で一人で語っていた。その顔は恍惚としたものだった。純粋に喜んでいるようなその表情を見て、白い老人はブルリと背筋を震わせた。その冷気に抗うように嫌味を言う。
「……ああ、私も『転移転送』スキル使ってここに来て、私を脅迫してさっきの男を転生させるよう指示されるとは思わなかったよ。驚きさ」
「あら、愛のためなら女はなんだってできるのよ。最終的に彼だって喜んでいたじゃない」
喜んでいたのはお前から逃げられると思ったからで、決して転生することに喜んだんじゃないと言いたかったが、何も言わずに溜息をつく。こいつに正論を言ったところで通じないと思ったからだ。白い老人はいろいろ諦めた。
女は浮かれた笑顔で恥ずかしそうに両手を頬に当てながら、はにかんだ口調で狂ったことを語り出す。
「さっきは脱出不可能な場所に閉じ込めることができた事に油断して、手と足を自由にしていたのが失敗だったわ。今度はちゃんと手足の腱を切っておきましょう。いいえ、どうせだから手と足を切り落としてしまってもいいかもしれないわ。これは素晴らしい案だわ。そして彼の手を私が食べて、代わりに私の足を彼に食べてもらうの! いいわ、いいわ……彼の肉が私の身体に入って、私の身体が彼の血肉になるの。ああ、また早く彼を捕まえなくちゃ! どんな料理を作ろうか凄く楽しみ! 今度は私は『危機感知』に引っかかっちゃうでしょうし、次捕まえるときは注意しなくちゃいけないわね。どうやって捕まえようかしら。ふふふ、逃げる彼の表情も無様で素敵なのよね。またあの表情が見れるなんて、私はなんて幸せなんでしょう!!」
両手を可愛く握りしめながら幸福を訴える女を見て、白い老人は顔を引き攣らせた。画面越しではなく間近で見ると、彼女の異常っぷりが際立つ。見た目や仕草が可愛い女性のものなので、余計に違和感が酷い。今すぐここから逃げ出したかった。
しかし白い老人もいっぱしの男。同性として先程の男性をできるだけ庇うつもりだった。できるだけ、無理しない範囲で、自分に被害が及ばない限りは、義理を見せる程度には庇うつもりである。
「私は先程の男性と約束したように、お主のいない世界に転生させた。お主は死なずにここに来たから転生はさせられぬし、もし死んだとしても彼とは別の異世界に転生させるつもりだ。理解せよ。お主は先程の男と再び相見えることはない」
「フフフ、安心して。私たちの愛の絆がそんな簡単に切れるわけないでしょう? 彼と繋がってる赤い糸は小指と小指でしっかり結ばれてるのだから」
そう女は自分の小指を愛おしげに撫でる。一体どんな丈夫で厄介な糸を結んだのか若干興味が沸いたが、白い老人は女の自信満々な言動が気になって聞き返す。
「どうするつもりだ? お前の先程までいた異世界とは違うところに転生したのだぞ?」
「あなたならすぐ理解できるんじゃなくて? 私の持ってるスキルは『転移転送』なのですよ? 転移先は一度認識した場所にしか向かえない。私は彼自身をどれだけ深く愛して……つまり認識していると思っているの? 今でも隣に彼がいるような気がするわ。私に変わらぬ愛を囁いでくれるの。フフフ、彼はいつもそうなのよ。私を見ると大声で悲鳴を上げて喜んでくれるんだから」
女の執念と言う奴なのかわからないが、上気した頬で惚気話をしながら、眼の奥がゾッとするほど暗く光っていた。白い老人はたじろぐ。もうこれ以上庇いきれない、と早々に諦めて、心の中で男に対して合掌した。
女は最後にニコリと笑いながら『転移転送』スキルを使ってその場から消えて行った。
女の残した最後の言葉に、白い老人は顔が真っ青になった。
「さようなら、----君。今度は覗き見しないでね」
女の消えた後には、何もかもを飲みこむような重い暗闇だけが残った。
男「……え? あ、なんで? い、いや、いやだ。誰か! 誰か助けっ、ウグッ」
感想や評価や感想をくださった皆様、ありがとうございます。とりあえず思いついた物はすべて書ききりました。読んでくれた皆様のおかげで楽しく書けました。ありがたいです。
ヤンデレ……結構書くの難しいですね or2
次話以降は案はいまのところないので、すぐには書けません。月1で思いついたらちょろっと書こうかなぁ程度の気持ちです。気長にお待ちいただけると幸いです。
というわけで二度目の完結です。ここまで読んでくださってありがとうございました。またお会いできる日をお待ちしております m(_ _)m