『環境適応』ありとあらゆる環境の変化に対応できるスキル
主人公:男・学生・へたれ
異世界転生物の小説は未読
先に言っておく。俺は椅子取りゲームが苦手だ。
他人と少数の物を奪い合うというのが、どうにも性に合わないらしい。みんなが必死になって椅子を巡って殺到する様を見ると、急に白けてしまう。たぶん俺は悪く言えば一生奪われる側、良く言えば人に優しさを与える役目なのだろう。と、ボケーとみんなが椅子に座ってるのを眺めていた。
もう一度言う。俺は椅子取りゲームが苦手だ。そしてそのことが原因で、まさかこんな不運に見舞われるとは思っていなかった。
それはこんな風に始まった。
……………
「諸君、君たちは現実の世界で死んでしまったのだ。しかしその若さで命を失うのはあまりに惜しい。君たちに異世界への転生する権利をやろう」
俺は気がつくと、何やら暗い部屋の中にいた。そこには自分と似たような恰好の学生服の男女が10人ほどいた。そして戸惑う学生たちを見下ろすかのように、白い光に包まれた老人が空中に浮かんでいた。
自分の状況を今だ理解できず混乱していたが、周囲の人間で聡い者はなんとなく状況を察したらしい。空中に浮かぶ白い老人に嬉しそうな声で問いかけた。
「それは、オレたちが、いや、僕たちを異世界へ転生して何か成し遂げろ、ということでしょうか。神様!」
パッと見イケメンなメガネくんがそう問いかけた。神様は無言で頷く。それを見たメガネイケメンと他数人の学生は顔を嬉色に染めた。周囲の人間と目を合わせて喜んでいる。
「やった、やった。異世界転生だ! 退屈な日常からすげー冒険の世界へ行けるんだ!」
「やべー、ホントに異世界いけるなんて! 俺絶対魔力伸ばして最強目指してやる!」
「嬉しい、私も貴族令嬢になれたら素敵だなって思ってたの! ほんとに願いがかなうなんて!」
俺は異世界転生というのがよくわからなかったが、とにかく良いことらしい。自然と顔が綻んでくる。現状が何一つわからない状態で彼らはここまで喜んでいるのだ。きっと自分も良い目を見れるんだろうと単純にそう思った。
光り輝く老人が俺たちの騒ぎを冷静に見降ろし、落ち着いてきた頃合いを見計らって説明をし始めた。
「君たちに異世界に転生してもらうわけだが、ただ、異世界は元いた世界よりだいぶ厳しい。そのため、君たちに好きな能力をプレゼントしよう。どれでも好きなのを選ぶがよい」
そういうと老人の前に光り輝くプレートが浮かび上がった。どれも日本語の漢字が大きく書かれている。それを見た先程喜んでいた集団は、さらにヒートアップした。
「うわ、すげー。色んなスキルがある! あ、オレ『コピー』スキルがいい! これスキルコピーできるんだろ? 最強じゃん!」
「俺ならこの『全属性魔法』だな。やっぱり異世界行くなら魔法がロマンでしょ!」
「やった、この『転生先指定』って、好きなとこに転生できるってことでしょ? 貴族のお姫様とかいいの!?」
みんなスキルを見ながらわいのわいの騒いでいた。やれ『剣技最強』が格好いいやら、やれ『家庭技術習得』で料理チートするやら話していた。俺を含めて3人ほどが周囲の騒ぎについていけていなかったが、とにかく周囲の話を聞いて情報収集する。なにやらこのスキルというのが大事なものらしい。周囲の意味不明な状況についていける人たち数人が活発な意見交換をしていた。
どのスキルを選べばいいか悩んでる様子を見かねたのか、それともただ気まぐれに話しだしただけなのかわからないが、光り輝く老人がサラリと説明を補足した。
「どの能力が良いか迷っているようだが、あまり時間はない。早々に選びなさい。また、どの能力を取るかは早い者勝ちだ。急ぎなさい」
あっさりとした口調でとんでもない爆弾発言をした。先程まで仲良く談笑していた人たちの目の色が変わる。まるで老人の言葉がスタートの合図だったかのように、みんなが光るプレートに殺到した。
俺は慌てる。そりゃそうだ。みんながあれだけ重要視していたスキルが早い者勝ちなのだ。話について行けてなかった俺以外の二人も目の色変えて突進していった。俺も走ろうとしたが、なぜかそういう時に限って、後ろから来る人に道を譲ってしまったり、前で自分が欲しいスキルを取ろうと暴れている人からちょっと離れたりと、消極的な行動に出てしまった。早い者勝ちである以上、急がなければならないのに。
自分の望みのスキルが取れて喜んでいる者、欲しいスキルを別の誰かに取られて睨んでいる者、「まあこれでもいいか」と前向きになっている者、そこにいる人の姿は様々だった。そして口々に残ったスキルの品評をする。
「『環境適応』って何だこのスキル? ゴミじゃね? 俺の最強魔法があれば火の中だろうが水の中だろうが問題ねーし」
「『不死』スキルって地雷だよね。確かに死なないのは嬉しいかもだけど、何万年も生きると苦痛だって聞くし、それに不老じゃないのが怖い」
「『説明』とか意味ないじゃん。最初だけしか使えねー」
侮蔑したような表情で残った光りのプレートを罵った。恐らく自分のスキルが望みの物ではなかったのだろう。「こんなゴミスキルよりかは自分のがマシ」とそう言いたい表情が透けて見えた。そんな皆の様子を見て光る老人は宣言する。
「スキルを取ったか、若人たちよ。ならばこの先の光り輝く扉を抜けろ。そうすれば君たちは異世界に転生できる」
その言葉を聞いたみんなは思い思いの表情で光る扉に入って行った。扉を潜るその姿に躊躇いは見えない。意気揚々として転生していく。その姿を俺は後ろから眺めていた。
一人だけ取り残された俺を見て疑問に思ったのか。光る老人が話しかけてきた。
「お前はスキルを取らないのか? 早くしなさい」
「あ、は、はい、すいません」
俺はみんなの勢いに気圧されてまだスキルを取っていなかった。慌てて残ったスキルを見た。スキルは残りたったの3つしかなく、そのスキルもなんとなく微妙そうな雰囲気がした。
『環境適応』『不死』『説明』
どのスキルが良いかなんて正直よくわからなかったが、みんなが選ばなかったのを考えるとショボいスキルなんだろう。その中でも『不死』はまだマシな気がしたが、やっぱり選ばれないということは地雷スキルなのかもしれない、と警戒する。
そうだ、スキルの内容がわからないなら聞けばいい、と思い立って、俺は光る老人にスキルについて質問した。
「あの、すいません。俺こういうのよくわからなくて。スキルの内容説明してもらえませんか?」
「説明が欲しいなら『説明』スキルを取ればよい。それに、もうお前以外に転生者はいないのだ。全部取ればよかろう」
「え!? 全部取っちゃって良いんですか? 一人一つなんじゃ……」
「誰もそんなことは言っておらん」
そういえばそうだ、と思い立って俺は全部のスキルを取った。そうすると頭の中に取扱説明書のような説明文がズラーっと流れる。はっきり言って人の読み取れる速度の説明ではなかったが、なぜかそのすべてを理解することができた。そして理解すると同時に顔を青ざめる。
「あ、あの、これ、これ本当なんですか!? これ最悪じゃないですか! っていうか、これみんな同じだとしたら、さっき転生していった人たちって……」
「知らん。彼らは勝手にスキルを選び、勝手に転生していっただけだ。『説明』スキルを持っているお前に言うのもなんだが、スキルを取らなければ元の世界に転生させてやった。それを聞かなかった時点で私に責任はない」
「そ、そんな……」
「そなたもスキルを取った以上、異世界への転生は義務だ。さあ、さっさと扉を潜れ。さもなくば転生させずにそのまま意識を消滅させるぞ」
「は、はい……ううう、ううう……」
俺は嫌々転生の扉へと入って行った。これから先の地獄を思うと、涙が出そうだった。だが、自分は『環境適応』と『不死』のスキルを取ってしまった以上、もう後戻りはできない。転生の扉を潜った。目の前が光に包まれる。
そして地獄が始まった……。
…………
転生すると、そこは海だった。
『説明』スキルによる説明を受けていた俺は、自分がどういう状況に置かれているかはすぐにわかった。
ここは異世界、まだ生物のいない星。
地球の西暦換算でいえば、紀元前40億年くらいというところか。
最も原始的なバクテリアに転生した俺は、海の中を漂いながら何もできずにいた。
『説明』スキルによると、先程の光り輝く老人は『神』様で、新しい世界に生命を誕生させたいと思ったが、上手く魂が定着せず困っていたので、地球で死んだ人間の魂をこの異世界の生き物に無理やり押しつけたらしいのだ。つまり俺たち転生者が、この異世界の最初の生命というわけだ。
『説明』スキルによると、この魂の定着はなかなかうまく行かなかったらしい。大抵の人はバクテリアに転生した瞬間、脳がないことによる限りなく停止に近い思考の鈍化に耐えられず、発狂して死んでしまうとのことだった。俺は『環境適応』スキルがあるため、なんとかなったが、他の転生者はもうすでに死んでしまっているだろう。
そして俺は物凄く遅い思考の中、何十年もかけて自分の状態を理解した。そして絶望した。たぶん、この異世界を生きる上で最高の選択肢をとれたのかもしれない。だが、それは「生き残る」のに最高であるだけであって「苦痛を感じない」と言う意味ではない。俺はどんな過酷な状況でも『環境適応』で生き残り『不死』で死ぬことができない。永遠に生き続けるのだ。最悪だ、これ以上ないほど最悪だ。
俺はチミチミと海の中を漂う僅かな栄養素を摂取して生き続けていた。そしてこの苦痛極まりない状況で狂わないように思考を続ける。自分が生きていた頃の1日を妄想の中で再現するだけで、400万年ほど時間を潰せた。よし、これなら暇潰しも楽かもしれない。
俺は地獄の中、スキル以外の意味でも環境に適応していった。
…………
「で、賢樹よ。そのあとはどうなったのだ?」
『そうだな……』
俺は幼き王子の無邪気な質問の答えを考えて思案した。『説明』スキルの補助効果で、自身の記憶にない昔話すら解説可能だ。何億年分もの記憶の記録があると、逆にちょっと前のことを思い出すのにも苦労したりする。
俺はバクテリアのときから『環境適応』し続けた。その結果、一人でどんどん進化していった。いや、世代をまたがない変化の場合、進化というより突然変異と言った方が正しいかもしれない。あるときはミジンコに、あるときはミドリゴケに、あるときはアノマロカリスに、あるときはセアカゴケグモに、あるときはシーラカンスに、あるときはティラノサウルスに、あるときはマンモスに、もちろん人にも変異したこともある。まあ、人って脆い上弱いからすぐやめたんだけどね。
そして俺は一時、最も大きく言葉を話す巨樹となったのだが、その賢樹と呼ばれた俺を切り倒した不届き者のせいで、今は皇帝の座る椅子になってしまっている。過去全ての知識を網羅する英知の椅子として、豪華絢爛に飾られてはいるし、皇帝本人ですら座ることを許されないほど厚遇なので、あえて怒らないようにしているが。
それになにより人を見ていると楽しいので、怒るより好奇心のほうが刺激される。特にこういう幼い子はいい。見ていて和む。私は幼き王子の無邪気な質問に答えた。
『2代目皇帝シーラリア・フォン・ラオグルムはとても抜けた者だったな。侍女にすらバカにされておったぞ。ただ、やる時はやる男でな。第4次フィンブルム平原戦略で先陣を駆け抜けた様は絵になるほどだった。たしか城の宝物庫に埃を被っておいてあるんじゃなかろうか』
「え、なんで宝物庫に? それほどご立派なことでしたら、飾られても不思議ではないでしょうに」
『それがなぁ。シーラリアは抜け作なうえに女好きでな。戦時が終わったあと飲めや歌えのバカ騒ぎをしたあと大量の妾を作って子を孕ませたのだ。そのせいで一度政変が起こりかけた。功績は山ほどある皇帝なのだが悪評がこれで極まってしまってな。絵を取り外されてしまったのだ。ほれ、お主の爺やにでも聞いてみるといい。あれはその時はまだ子供だったが、大変だったそうだぞ』
「え、爺やが知ってるのですか!? すぐ聞いてまいります。少々お待ちください!」
そう言って幼い王子は椅子相手に慇懃に礼をし、部屋を出て行った。俺はその後ろ姿を見送ってフフフと笑う。あの子は今までの皇帝の中でも好奇心の強く歴史を重んじる風潮がある。良い皇帝になるだろう。
一人……失礼、一脚きりになるととたんにやることがなくなって暇になる。こっそり別の場所に生やしておいた賢樹の本体に意識を繋げて今の会話を教えてやる。嬉しそうな本体の反応を感じてから、俺は雅やかに飾られた俺専用の部屋から、窓の外の壮大な街並みを見下ろした。
……ここまで長かったなぁ……
俺は感慨深く呟きながら、椅子らしくひっそりと佇んでいた。
光る爺さん「異世界に人間がいると思ったのか、バカめ!」
※この小説は7/10に短編で投稿したものです。主題が同じ短編が複数あったので、連載としてまとめました。短編の方をご覧になった方はご不便をかけて申し訳ありませんm(_ _)m