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おようふくをかいに

作者: 味噌田楽

 それは私が昔、警察官として働いていたときのことです。少し寒い日だったのを覚えています。その日、私はいつものように町のパトロールに精を出していました。町はいつもと同じように平和な様子で、何の問題もなくパトロールは終わりました。そこで私が交番へ帰ろうとした時のことです。私は街路樹のそばに立っている、小学生くらいの男の子を見つけました。迷子でしょうか。もしそうだとしたら、放っておくわけにはいきません。私はその男の子に声を描かけることにしました。


「きみきみ、一人でどうしたんだい。」

 男の子は私に気づくと、顔をぱあ、と明るくさせて嬉しそうに話し始めました。

「あっ、おまわりさん。ぼくね、これから『おようふく』っていうのをかいに行くんだ。いいでしょ。お父さんの、お兄さんの、むすめさんがけっこんするから、そのけっこんしきにでるためのふくをかいに行くんだ。」

「そうかそうか、お洋服を買いに行くのか。それは楽しみだね。ところで、親御さんはどこにいるのかな。」

「それでねそれででね、ぼくね、『おようふく』をかうためにね、『ふくやさん』にいくの。すっごくたのしみなんだ!」

 男の子はよほど嬉しかったのでしょう。私の話など全く耳に入らない様子で、にこにこと笑いながら話を続けています。

「うん、うん、そうかいそうかい。それでね、僕、親御さんはどこにいるのかな。」

「おやごさんってなあに?お店やさん?」

「親御さんの意味が分からなかっか。ごめんね。親御さんっていうのは、お母さんとかお父さんのことだよ。」

「なんだ。だったらはじめからそういってくれればよかったのに。おまわりさんのいじわる。おかあさんならね、そこに……あれ?おかあさん、どこ?おかあさん、おかあさん!」

 男の子はあたりを見回していましたが、お母さんはいなかったようで、声を上げて泣き出してしまいました。どうやら、この子は知らないうちに迷子になってしまっていたようでした。


 私は男の子をなだめようとして、声をかけたり手遊び歌を歌ってみたりしましたが、男の子は泣き止んでくれません。私はすっかり困り果ててしまいました。当時の私は独身で、子供はいませんでしたし、私自身は一人っ子だったので、子供のあやし方と言うのを全くと言っていいほど知らなかったのです。

 それでも、泣いている子供を放っておくわけにはいきません。私はどうにか男の子をなき止ませられないかと考えました。そして、何かないかとポケットを漁ってみると、胸ポケットに小さなチョコレートがひとつ、入っているのを見つけました。しめた。これならこの子も泣き止んでくれるかもしれない。そう考えた私は、チョコレートを男の子に差し出しました。

「ほらほら、泣いていたら疲れちゃうよ。チョコレートでも食べて元気を出しなさい。」

「ん、うう……ありがとう、おまわりさん。」

 男の子はチョコレートを口にすると、涙でくしゃくしゃになった顔を必至に動かして、にっこりと笑ってくれました。この時、これほど警察官として嬉しいことはないと感じたのを、確かに覚えています。男の子のお母さんがやって来たのは、それから程なくしてのことでした。

 

「すみません。息子がご迷惑をおかけしまして。なんとお礼を言ったら良い者やら……。」

 男の子のお母さんはそう言いながら、丸い顔から滴る汗をハンカチで拭いました。きっと、ずっと子供を捜し回っていたのでしょう。

「いえいえ、お礼なんて結構ですよ。警察官として当然のことをしたまでです。」

「本当にありがとうございます。このお礼はきっと、いつかさせていただきます。本当にありがとうございました。それでは失礼します……ほら、あんたもおまわりさんにお礼を言うんだよ。」

「おまわりさん、ありがとう!ぼく、おおきくなったら、おまわりさんになるからね!」

 そうして、親子は町の人ごみの中へと消えて行きました。その時、去り行く男のこの後姿を見て、私はとても驚きました。男の子のお尻にはなんと、太くて丸い、狸の尻尾が生えていたのですから。

 今から50年と少し昔、オリンピックが開かれるより少し前のことだったような気がします。

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