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第壱話――シュバルツの凶悪犯―― ①

 容れ物としての役割を終えた肉体を置き、魂はどこに行くのだろうか……? 

 彼女の遺体へと土を被せて、彼は空を見上げた。

 優しく抱きしめるような星屑が全面に広がっていた。


第一話『シュバルツの凶悪犯』


『凶悪犯が逃走中! 凶悪犯が逃走中! 住民の方々は安全確保の為に自宅から出ないで下さい! 屋外に居る方は早急に避難してください!』

 拡声器から怒声のような声が漏れだすと同時に、数十台のパトカーが一つのビルを囲んだ。騒然とした地上を眺めながら、ビルの屋上で一人の男が紫煙を吐いた。

「参ったね。俺一人の為にあんなに人数用意すんのか。税金どうなってんだよ」

 煙草を踏み潰し、男はんん~と背を伸ばした。

「ま、逃げるけれどね」

 そう言って男は跳び、そのままビルのフェンスへと足をかけた。落下防止用の高いフェンスにもかかわらず、一足で飛び乗った男はどこか余裕そうだ。

 男はそのままくるりと半身を返し、バク宙の形で狭い足場を蹴った。一瞬だけ宙へと浮かび上がり、そのまま男は落下していく。数十メートルある地上へと一挙に迫っていく。

 男の脚が地上へと着いた。そのまま男は身を小さくし、後ろ方向へと転げ、背中から肩で地面を転がり衝撃を横方向に分散させる。男はそのまま鮮やかに立ち上がり、服についた埃をパンパンッと払った。

 隣のビルでは警察達が突入する音が鳴り響いた。

「……ま、ざっとこんなもんでしょ。さて、逃げ――」

「そこまでだ」

 突如、男の背後からそんな声が響いた。

「凶悪犯フォート=レングス。武器を捨てて、両手を頭の後ろに乗せろ。抵抗するならば殺す」

「……あら~」

 男は後ろ頭に両手をやり、頬からタラリと一雫の汗を垂らした。そして、上半身だけ後ろを向けて背後を確認する。そこに立っていたのは一人の金髪な女だった。紛うことなく美形と言って良い顔立ちだが、その瞳は狂気に染まっている。白い歯を剥き出しにして笑うその様はまるで悪魔の微笑のようだった。

 その右手にはH&Kの自動小銃が握られており、それが男の頭部へと向けられていた。

「何? 刑事さん?」

「あぁ。コロシ専門だがな。私はアール=カルトルリカ、テメェを冥土に送ることになるかもしれねぇ名だ。ビチクソの脳漿吐き出してゴミムシみたいに死にたくなけりゃそのままの態勢で寝そべりやがれ」

「おっかねぇなぁ」

 男はやれやれ、と言うように肩をすくめた。そのまま男は跳躍した。ビルの窓辺の狭い所を握り、壁に立つ。

「っ――!」

 女のH&Kが火を噴いた。男はそのまま壁を蹴り空中を回転しながら地面へと着地、捻る男の身体の隙間を弾丸が通り抜けていく。女の拳銃が男へと向く一瞬の隙をついて頭の上に十字を作り、隣のビルの窓をぶち破った。衝撃と共に破片が大きく割れ、男の身体は容易に隣のビルへと侵入した。窓辺の周辺に派手な弾痕が幾つも出来上がる。

「クソッ、器用な奴め!」

 女はチィッと大きな舌打ちをして、H&Kを片手に無線機を取り出した。


 この町、シュバルツは巨大な壁によって囲まれている。

 一つの区間を一平方キロメートルとし、縦を数字の1から9、横をアルファベットのAからIまでの九通りによって区分けされている。そのC-6区画――シュバルツのやや南西にその酒場はあった。

 Rose-House。この酒場の名前だ。

 とある雑居ビルの地下にそれはあり、知る人ぞ知る裏の酒場だ。

 間接照明によって中には明るい光が広がっている。棚に飾られている幾重もの酒を囲むように木造のテーブルがあり、そこの中央にマスターが立っている。近くにはダーツがあり、LSDをキメた男女の楽しげな笑い声が響いていた。

 テーブルの前方にある基調の良い黒の椅子に座った、一人の猫顔の美青年がスコッティーを片手に言った。

「親分遅いね」

 その言葉に茶のニット帽を被った男が無精髭を触りながら頷き、テーブルの上に置かれたパソコンから視線を外さずに言った。

「んー、防犯カメラの映像を確認してみると、どうやら警察に追われてるみたいだ。何やってんだか。ま、もうそろそろ来るだろ。お、ついでにデータのクラック成功」

「何を落としたの?」

「ロリ画像フォルダ2GB」

「……相変わらずだね、エルヴィは」

「そう褒めるな」

「褒めてないけど」

「って、今何時だ? スモーキー」

 その言葉に、スモーキーと呼ばれた青年が高級そうな腕時計を確認し、時間を告げる。

「三時……の三十秒前だね」

「あと三十秒で遅刻か。今日の奢りは親分かな?」

「このままだとそうなるだろうね」

 スモーキーとエルヴィが呑気にそう会話をしていたその時、Rose-Houseの扉が勢い良く開かれた。そこから現れたのはフォート=レングスだった。

「あ、親分。おはよ」

「ちっす」

 スモーキーとエルヴィがそう出迎える。フォート=レングスは「おう」と小さく言ってズカズカと歩み、スモーキーの隣に座った。マスターに言う。

「マスター、トマトジュースを。ピッチャーでくれ」

「相変わらずお酒が飲めないんだね」

 からかうようにスモーキーが言うと、フォートが少し恥ずかしそうに言った。

「下戸で良いじゃねぇか。好きなんだよ、トマトジュース」

 マスターがトマトジュースを入れたピッチャーと中身の入ったゴブレットを用意すると、フォートはそれを一気に飲み干し、休日に居酒屋でたむろする親父が一杯目のビールを飲んだ時のような声を出した。

「くぁ~! やっぱこれに限るぜ!」

「トマトジュースでそんな声を出す人は中々居ないと思うけれど」

「親分。仕事の話に入る前にちょっと良いか?」

 エルヴィが無精髭を触りながら、フォートに小首を傾げた。

「お? 何だ?」

「まずは、これを見てくれ」

 そう言って、ノートパソコンをフォートの前へと置く。そこには求人情報のような物が並んでいた。

「親分も知っていると思うが、裏情報サイトだ。人手があまりにも足りないから先日俺らも求人広告を出したよな? で、これがリンドンマフィア。バナーを見てくれ、屈強そうな男たちの横で美少女が笑顔を浮かべている。こっちが三皇会。こっちも女の子達がたくさん居る。そして、これが俺らTEAM・シュバルツ=インフォゲッターだ」

 そこには、野郎三人が笑顔で並びガッツポーズをしているバナー広告が貼られていた。

「……女成分が足りねぇんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 エルヴィはバンバンと机を叩いた。

「どこの世界に野郎三人が仲良さげにしているバナー見て、あ♪ ここで働こ♪ って思う奴が居るんだよ! 華も何もねぇよ! できれば美少女のパートナーが欲しいよぉおおおおおおお!」

「彼女くらい……作れば良いのに」

 スモーキーが呆れるようにそう呟くと、エルヴィが真っ赤な涙を流した。

「け、血涙!?」

「黙れイケメン女垂らし野郎! モテねぇ男の気持ちをテメェは……! テメェはわかってんのか……! 俺はまだ童貞なんだよ!」

「えぇ……」

 スモーキーが困ったような表情を浮かべた。

「と言うことで親分! 女成分を! 美少女成分を! 俺らのチームに!」

「うんまぁ、別に構わんぞ」

「ひゃっほぅ!」

「チームに参加したいって人が来てから喜んだ方が良いと思うけれど……」

 スモーキーが冷静にそう突っ込んだ。

「さておき、依頼はどうなっている? エルヴィ」

 フォートがそう問いかけると、ハッと冷静な表情になったエルヴィがパソコンの画面をカタカタと操作し始めた。

「あぁ。一件依頼来てるぜ。って言うか、だから親分呼んだんだけどよ」

「どんな依頼だ?」

「暴走したサイボーグの破壊、だってよ」

 スモーキーが怪訝そうな表情を浮かべた。

「サイボーグ? 何それ、そんなの実用化されていたっけ?」

「メールの依頼主いわく、天才科学者すぎてサイボーグ作っちゃいましたテヘペロ。暴走して市街に逃走したので早急に破壊か無力化しちゃってください。……だってさ」

「天才科学者なら暴走させるなよ……」

 フォートが正論を呆れ顔で呟いた。そんな彼にエルヴィが問いかける。

「どうする? 受けるか? 報酬は煉瓦一つ」

「一千万か……思ったより割が良いな、勿論受ける。壁から外に出る為には金が幾らあっても足りない」

「ちょっと待った。その前に」

 スモーキーがそう言ってストップをかけた。

「まずは警察の方を何とかしよう。仕事の邪魔をされたら面倒だよ」

「そっちはスモーキーに任せよう」

「了解。じゃあ、そっちの仕事の方は親分に任せるね」

 そう言ってスモーキーはスコッティーを飲み干し、空のグラスを目の前に置いた。グラスの中で氷が廻る小気味良い音が響く。

「じゃ、始めるか」

 エルヴィがノートパソコンを畳み、それを片手にそのヒョロリとした猫背を起こした。


 シュバルツは正方形の巨大な壁によって囲まれている都市だ。外部の情報は一切入ってこず、シュバルツの住民はこの町で生まれ、この町で死ぬことを強いられている。

 TEAM・シュバルツ=インフォゲッターの目的は『壁の外へと出ること』だ。未知の世界への好奇心……この町で何も知らず死んでいくことの恐怖……。

 そう言う物を打開するべく、悪い奴らが集まった。フォート、スモーキー、エルヴィ。三人とも何度死刑にされても文句を言えないほどの犯罪者である。

 フォート=レングス。元三皇会の殺し屋。

 罪状、殺し。ありとあらゆる殺人術に長けており、常人離れした身のこなしをする。彼に殺された裏の人間は数百をくだらないだろう。もっとも、彼に殺された人間達も、何度死刑になっても飽きたらないほどの犯罪者ばかりだが――。


 スモーキー=ジェイル。フリーの泥棒。

 罪状――窃盗。確認されているだけでも銀行等、公的機関への強盗件数五十七件。泥棒回数は測定不能。特定のアジトを持たず、その甘いマスクと言葉でありとあらゆる女を物にし、住居に転がり込むことで警察の追跡を避けていると見られる。


 エルヴィ=ファイアウォーカー。情報知能犯。罪状――国家機密『シュバルツの壁』へのハッキング未遂。非常に高いIQを誇り、シュバルツの情報対策本部に勤務していた。


 男たちの顔写真を宙に放り投げ、アール=カルトルリカが三本のナイフを放り投げた。そのナイフはそれぞれの顔写真ごと壁へと突き刺さる。

 アールはくわえ煙草をして机の上に足を乗せ、不機嫌そうに手元の資料を眺めていた。

「チィッ! ……壁の外だと? 何を夢みてぇなこと言ってやがんだ……」

 煙草を乱雑に灰皿に押し付け、腕時計を一瞥する。時刻は午後四時を優に回っていた。それから、彼女の視線が机の上に立て掛けられている写真立てへと移った。

 彼女はそれをじぃっと見つめ、まるで何かの感傷にひたるようにフッ……と浅い笑みを零す。

 そして、彼女は携帯電話を取り出した。数回のコール音の後に相手の男が出て、アールが電話口にドスの効いた声を響かせた。

「ハロー。こちら死神、テメェの命の値段を十秒以内に答えろ」

 アールはボロ雑巾のように血まみれになった男達の横で札束を手にしていた。指先で札を跳ね上げ枚数を数えていく。

「最初から出せよ、クソが」

 彼女は札束をポケットの中に乱暴に押し込め、目の前で怯えている男の胸ぐらを掴みあげる。そしてその切れ長の目で見下ろすと、男が「ヒィッ」と情けない声を上げた。

「人数揃えば消せるとでも? 恩を仇で返すたぁこのことだな。あ? テメェらみたいな腐れマフィアがこのシマで仕事してられんのは誰のお陰だ? サツである私がテメェらの所業を見逃してやってるお陰だろ? 殺すぞ」

「す、すびばせん……」

 ペッ、とアールがツバを吐き捨てた。

「次はねぇぞ。十五日後までにあと幾ら出せる?」

「ひゃ、百……。いや、に、二百万なら、何とか……」

「五百万だ」

 アールはそう言って胸ぐらを更に強く捻りあげた。

「テメェの命の値段は幾らだ?」

 男は瞳孔を狭めた。

「ご、五百万……よ、用意、させていだだきます……」

「結構」

 男の胸ぐらから手を離すと、男の身体がドサッと地面へと落ちた。

「最初からそうやって素直にしてくれていれば私も荒事(こんなこと)をせずに済んだ。次回も良き交渉ができることを祈ってるぜ。互いに敵対もしたくないし、パートナーで居たいだろう?」

 そう言ってアールが満面の笑みを零し、煙草を薄い唇の間に咥えて火を点けた。夕緋の中で金色に輝る煙草の煙が細かな粒のように煌めいた。

 周りをたゆたう煙を置いてけぼりにするかのように、アールが男達から踵を返した。

 その時だった。

 ――アールの前方にバイクが突っ込んできた。そして、メットもつけずにアールの目前で鮮やかにアクセルターンを決め、ピタリと止める。

 バイクからスタッと降り立った男の顔を見てアールは視線を狭めた。先ほどの写真の男、スモーキー=ジェイルだ。

「アール=カルトルリカさんだね?」

 バイクを横にスモーキーがそう言った。

「ほう……?」

 アールの瞳孔が開いた。

「スモーキー=ジェイルか……。ノコノコと一人で現れるとは、私も舐められたもんだな? まさか自首しに来ましたって腹でもねぇだろ? あ?」

 アールが歯を剥き出しにして、H&K自動小銃を構えた。

「ちょっと待って。別に敵対しようとしている訳じゃないんだ。まぁまずはこれを見て欲しい」

 アールが怪訝そうな表情を浮かべると同時に、スモーキーが胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

「少し君のことを調べさせてもらったよ」

 そこに写っていたのは一人の少女だった。アールが明らかに動揺した表情を浮かべた。

「君の妹さんだね? 随分と可愛いじゃないか。聞く所によると心臓に大変な病気を持っていて、君はその高額な治療費を喉から手が出るほどに欲していると聞く」

「……テメェ、どこからそれを……ッ!」

 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、搾りだすように彼女がそう問いかける。それにスモーキーは淡々と答えていく。

「仲間に情報屋が一人居るんだ。そこで、君と少し話がしたいと思ってね」

「ブチ殺すッ!」

 アールが突然H&Kを構えた。スモーキーに動揺が走る。

「わ、ちょっと待って!」

 慌ててスモーキーが横に跳ぶと、彼の居た線上を幾つもの弾丸が勢い良く走った。物陰に隠れたスモーキーがふぅ、と一息ついた。

「ふぅ、びっくりしたなぁ。妹さんがどうなっても良いとでも?」

「……殺ってみろ。誰が相手だろうと、どこへ逃げようと、必ず追いかけて殺す。百回殺す。殺して殺して殺してやる。だからまずは、テメェが産まれてきたのを後悔するほどに惨い殺し方をしてやる」

「狂犬にも程があるよ……」

 スモーキーが嘆息した。

「とりあえず、話だけ聞いて欲しい。僕は君の敵ではないんだ。いや、むしろ協力したいと思ってきた。これを受け取って欲しい」

 ふぅ、と一息ついてスモーキーが手につけていた指輪を抜き取り、それを放り投げた。アールがパシッとそれを受け取る。

「……何だ? これは」

「ビアンカ王妃の指輪。シュバルツ第二博物館に展示されていた品を、百%オフで購入してきたんだ。時価総額にすれば数千万はくだらないと思う」

「盗品か」

 アールの視線が鋭い物に変わった。

「それを、ぜひ君の妹さんの手術費に当ててほしい」

「……盗品を、警察である私に捌けと?」

「君なら捌くルートは幾らでもあるだろう? 後ろでのびてるマフィアの連中に売らせても良い。口止め料諸々を渡しても一千万くらいは君の手元に残るだろう」

 そこまでスモーキーが言った所で、アールがその指輪を握り言った。

「……オーケー、話だけは聞いてやる。要件を言え」

「良かった、それじゃあ単刀直入に言うね。僕達の仕事の邪魔をしないで欲しい」

 アールが鼻で笑った。

「ま、そんなことだろうとは思ったよ。テメェら悪党共は相変わらず保身がうめぇのな」

「褒め言葉として受け取っておくよ。君達が僕達を追うのはあくまでも出来レース。それを理解しておいてくれたら十分だ」

「…………」

 アールが手元にある指輪を見つめ、それを金の詰まったポケットに強引にねじ込んだ。

「テメェの口車に乗るつもりはねぇ。だが、お前らを目の前にしてもうっかり顔をド忘れしてしまうかもしれねぇ」

「オーケー。物分りが良くて助かったよ」

 二人はそう言って笑みを振りまいた。

 刹那。

 アールとスモーキーの携帯電話が、ほぼ同時に鳴り響いた。

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