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僕はお前を

夜も更け、宿屋でイレスの寝顔を見つめる。

この世界が本当に五十年後なのか僕にはまだ分からないんだ。

本当によくわかっていない。

混乱しているんだ。

そんな悩みを胸に抱えてイレスを見ていた。


「全く無用心だな」


まだよく知らない男の前で寝るなんて淑女が廃るぞ、イレス。いやエルフェゴールの血筋からみるに淑女からは程遠いのかもしれん。

駄々をこねられたらそれはそれで困るのだがこうも無警戒だと少し悲しくなる気もする。

部屋を二つ取れば良かった。


「エイレーンは剛毅な奴だったが、お前はどこか繊細さを感じさせるな」


女だからだろうか。イレスの中にエイレーンのような力強さを感じることもあれば、その中にある女らしさを垣間見ることもある。

イレスは没落貴族だったな。奴隷の館であの薄汚い商人からそのような説明をされた。


「エイレーン。お前がこの娘の側に居て何をやっていたんだ。奴隷は身売りだぞ。そこまでエルフェゴール家は貧窮しているのか」


イレスのあどけない寝顔を見つめながら、僕は歯がゆい気持ちでそう言った。

何故イレスは奴隷にならなければならなかった。エルフェゴール家に何があったんだ。

これ以上、イレスの側でぶつくさ独り言を言ってるのも不気味か。今は寝るべきだな。


「キミは父を知っているのか?」


だが、イレスの側から離れようとした途端にイレスは僕に声をかけてきた。


「悪いな。起こしてしまったか」

「いいや、構わんさ。私は元来寝つきがよくないものでね。それより父の話なんだが」

「エイレーンの話か?」


そこでイレスは驚いたように目を丸くする。


「随分と私の父の名を親しげに呼ぶんだな」

「不自然ではないだろう。お前の父の人柄は明るかった。否が応でも仲良くなるさ。それでエイレーンは壮健か? まあ、あいつは殺しても死なないような奴だからな。ふふっ」


エイレーンの事を思い出して少し笑う。

あいつは師匠でもあり、僕の友人だった。

第二の父親といっても過言でもない。

そういえばイレスの口からエイレーンについての話題が出るのは初めてだな。

僕の予感は間違っていなかった。


「父なら死んだよ」

「え?」


頭をガツンと殴られるような衝撃を受ける。

死んだって、あいつが?


「死ん......だ......? エイレーンが......?」

「ああそうだ。それにしても随分な驚きようだな、キミ。父が死んだのは最近だから無理もないか。それにしてもキミ、悲しいのか」


悲しい......? 悲しいさ。当たり前だ。

僕にとっては恩人なんだ。

いつか恩に報いようとも思っていた。

なのに。また信じられない。

どうして僕の知人の訃報ばかりを続けて聞かなければならないんだ。

僕が何をした。


「悲しいさ。あいつはいい奴だから」


もし本当にエイレーンが死んでしまったというのなら、悲しい。泣きたいほどに。

だがそれ以上にあの強い僕の師匠が簡単にくたばるとも思えなかった。

初めはあいつが大嫌いだった。

でも、あいつは俺を家族のように扱ってくれた。斜に構えた生意気な僕を育ててくれた。


「はははっ。いい奴か。冗談が上手いな、キミは。私は父が死んでくれて清々したが」


何を言っているんだ、イレス。


「清々したって。それは実の父に対する物言いではないんじゃないか、イレス」

「おおっ、怖い。キミと出会って間も無いがキミのそんな怖い顔は初めて見たな」


無表情でイレスはそっぽを見る。

そんなイレスを僕は思わず問い詰めた。

人には人の事情がある。分かってる。

でも、聞かざるを得なかった。


「イレス、お前はエイレーンが嫌いなのか」

「嫌いだよ。憎いと言ってもいい。父がいなかったら家族が離散することもなかった」


何をしたんだ、エイレーン。


「エイレーンに何があった?」

「何もないさ。ただ父が狂って皇帝に剣を向けたんだ。無論、クロラック皇帝にな」


皇帝に剣を向けた? 何のために? 馬鹿な。

エイレーンは皇帝に忠誠を誓っていた筈だ。


「クロラックの皇帝に剣を......? いやそれが事実だったとしても何か理由があるはずだ」


エイレーンは愚かではなかった。

大局を見据えられる男だった。


「キミはやけに私の父を庇うんだな」

「お前は逆にエイレーンに辛辣過ぎるな」

「辛辣にもなるさ。父のせいで私達の家の誇りは取り上げられた。金も名誉も失い、父は皇帝の本隊に殺された。無駄死にだ。父はもともと家族を省みる男ではなかったが、害を加えることもなかった。だが死の寸前にとんでもない事をしでかしてくれたよ、本当に」


嘆くようにイレスは言った。

皇帝はクロルの父だった。

だがこの世界がもし五十年後なら。

今の皇帝は.......?

何れにしても、もし誰かがエイレーンを嵌めたとしたならば許せない。

イレスの顔はエイレーンのことを思い返しているのか不快げだった。

実の娘が父にする顔ではない。


「それでもその父がいなければイレスは産まれてこなかった。だから、自分の父親のことをそんなふうに卑下してはいけないと思う」


イレスは僕の言葉を聞いて口元を歪める。


「キミは私の母と似たようなことを言うんだな。気を付けろ、母はダメ男に引っかかったがキミはダメ女に引っかかりそうだからな」

「どんな理屈だ」


僕が愛しているのはクロルだ。

クロルはダメな女ではない。

イレスは深呼吸して言った。


「まあ、キミと私で父の話をしてもこじれるだけのようだし、今日は父の話はやめよう」


そうかもしれない。

僕はエイレーンを尊敬している。

対するイレスはエイレーンが嫌いだ。

話は平行線だった。


「確かにな。夜分に起こして悪かった、イレス。それじゃあ、おやすみ」

「ああ。おやすみ、クリュウ」


レイフォルクの夜が更ける。

エイレーンの事はまた聞けばいい。

イレスとも仲良くやっていきたい。

それにしてもエイレーンが死んだという事。

何がどうなっている。

そんな困惑の中、僕は緋色の夢を見た。

出会いたくなかった、それでいて僕が世界で最も会いたかった存在と再び巡り会う。


*****


夢に落ちていく感覚を味わう。

だがここが夢なのかは定かではない。

一面、緋色に染まった世界に僕は居た。

オブジェクトや人は周りにはない。

ただ僕の目の前には魔王が居た。

緋色の髪を持つ美しい少女。

僕の目に明らかな殺意が灯る。


「魔王!」


僕の身体を怒りが支配する。

理性は保つ。感情も抑制する。

僕は一歩を踏み出すが、止まった。

今の僕の手札では魔王には勝てない。

魔力が足らない。力は剣に捧げた。

どう足掻いても待っているのは敗北のみ。

どうすればいい。決まっている。

生き残るのだ。機会を待て。

僕はここで死ぬわけにはいかない。


「ほう。俺を前にして立ち止まるか。よもや愚かにも抗うと思ってはいたのだが」


口元を歪めて緋色の少女は愉快そうに言う。


「魔王。お前はなぜここにいる」


僕は鋭い瞳で彼女に言った。

そもそもここはどこだ。一面真っ赤だが。

まるで、地獄だ。


「なぜと言われてもな。お前もレイフォルクの図書館で俺の事を理解したと思ったが」

「理解? お前の事を僕は一生理解できない。人の身でありながら魔王になった女など」

「俺自身の事ではない。お前の身を取り巻く環境についてだ。五十年前の話になるな」


魔王は僕のことを意地悪そうに見ていた。

醜悪な笑みと一緒に魔王は僕を俯瞰する。

魔王は言葉を続けた。


「五十年前、世界は二つの伝説を排除した。その伝説とは魔王と勇者だ。これは第二勇者伝承の最終章に当たる。その当事者がお前と俺なのだ。クハハッ、全く愉快な状況よ!」


第二勇者伝承。

そうだ、思い出した。

確かに伝承にはそう記されていた。


「そうだ。確かにそう書いてあった。討たれた魔王と消えた勇者。それが僕たちなのか」

「如何にも。俺が敗北したという記述は思うところはあるがな」


魔王が僕の言葉に同意を示す。

それに魔王の言う通りだ。

僕と魔王の決着はまだ付いていない。

僕は魔王をきつく睨む。

だが魔王は僕の視線を受け流すが如く、続けて言葉を繋ぐ。


「勇者よ。お前はまだこの世界が五十年後だと認めておらんようだな」


魔王は笑みを浮かべて僕に問いかける。

僕は魔王の問いに俯いて応える。


「それは......」

「認められぬか? お前の愛したクロル・ハルツ・クロラックが死んだ世界を」


瞬間、僕は魔王の胸ぐらを掴んでいた。

ただ怒りのままの行動である。

理性のない野獣のような行動だ。

だが、魔王の言葉が許せなかった。


「勇者よ。お前は獣ではなく、人であろう。理性を伴わない暴力はどうかと思うが」


分かっている。だが。


「訂正しろ! クロルは生きている!」


感情が溢れてくる。


「いいや、死んだよ。時の流れには何人たりとも逆らえん故にな」

「クロルはそう簡単に死ぬ人ではない!」


これは願望なのだろうか。だとしても。


「簡単には死ななかっただろうよ。きっとお前の愛した姫君も何かを残して逝った筈だ」


魔王にとってはクロルは死んだ扱いらしい。

クロル......僕は君の死を受け入れられない。

僕は何かを間違っているのだろうか。

それでもクロルやエイレーンが死んだという明確な光景が思い浮かばない。

どうしても信じられないんだ、僕は。

魔王から一旦離れる。


「魔王、お前は僕に何を言いたいんだ」


魔王と分かり合おうとは思わない。

魔王にとってクロルが死んだものだというのならそれは聞き流すしかない。

だがこんなにも感情が締め付けられる。

悔しくてたまらない。


「自暴自棄になるなということだ。お前が死んだら俺も困るのでな。今の俺の憑代つがい故に」


憑代つがい? 僕が死んだら困る?

これ以上謎を増やすのはやめてくれ。

今はあまり余裕がない。


「お前には聞きたいことがある」

「分かっている。お前が魔素を扱えたということであろう」

「それだけじゃない。お前との対決の時に言った魔王は繰り返すという言葉の意味。あれは何なんだ。誤魔化した表現は嫌いなんだ」

「誤魔化しではない。だがそれをお前に語ったところで今は受け入れられんだろうよ。お前の目覚めも近い。だが二つだけ言おう」


何だ、魔王の声が遠くなってくる。

緋色の空間が揺らぎ始めた。


「魔素の扱いには気を付けろ。魔素と人間は本来相容れないものだ。魔素はお前の身体を強化するが、副作用もある。覚えておけ」


忠告? お前が? 笑わせてくれる。

僕が皮肉を言おうとする前に魔王は話を進めていった。


「それと新世代には気を付けろ、勇者」

「新世代?」


文字通りの意味ならば新しい世代だろうが。

つい、聞き返してしまった。


「お前と草原でまみえた敵だ。あれは新世代の筆頭だろうよ。腹立たしいことにあの忌々しい童が調子にのって台頭してきたようだ」


何だ、何を言っている。

わけがわからない。


「今は何も分からんでいい。お前がクロラックに向かいたいならそれもいいだろう。だがお前は勇者。光の者だ。お前の目的を忘れるなよ。お前を誑かす輩は必ず出てくるだろうが、お前の目的はあくまで一つ。魔王を倒す事だ。例えどんなに辛いことがあってもな」


僕の目的は魔王を倒す事。

そうだ、クロルに勇者として召喚された時もそれが僕の使命だった。

今さら言われるまでもない。


「今さらお前にそんなことを言われるまでもない。僕は勇者だ。そしてお前は魔王だ」


魔王は愉快そうに笑う。

ここで魔王と戦ったら負ける。

だが魔王が戦いを臨むなら、僕の全身全霊を以って応戦するまでだ。


「クハハッ! いい殺気だ、勇者よ。だが俺とお前の決着は先になるだろうよ。それに今のお前とて万全ではない筈。それは俺も然り」


だが、魔王は僕に背を向けた。


「待て! 魔王! まだお前に聞きたいことが山ほどある! 僕に背を向けるのか!」


情けだとしたら、それは屈辱だ。


「愚鈍な子供のような顔をするな、勇者よ。俺は最高の状態のお前と戦いたいだけだ。お前は俺と引き分けた唯一の男故にな。どうにも期待してしまう。精々今世に抗うがいい」


緋色の空間が歪んでいく。

何かに進行を邪魔されるように、僕と魔王が緋色の壁で隔てられる。


「グッ......!! 何だこの場所は......!!」


魔王の身体が緋色の魔素に包まれる。

通常の魔素は紫色の筈だ。

僕が知る限り、このような特殊な魔素を纏っている者は目の前の魔王のみ。

魔族最強の証。この魔素には邪悪さを超えて最早神々しさに似たようなものを感じる。

敵にして恐ろしく、越えるべき壁だ。


「立ち止まるなよ、勇者。この時代にもお前の護りたいものは残っている故にな」


魔王は足早に立ち去っていった。

僕はそれを見送ることしかできないまま、やがて緋色の空間が崩れ、僕は現実へ還る。

お前に言われるまでもない。

僕はもう立ち止まらない。迷いは捨てた。

もう僕は普通の人間にはなれない。

だから、僕はお前を追い続ける。

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