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ひとまずの安らぎ

イレスは首筋を手に添える。


「今、のは......?」

呪印カースを切った。この剣は魔力を断つ能力があるからな」

「呪印を切っただと? そんなことが出来るはずがない。だが確かに私の首筋に呪印のあのザラザラした感触がない。これではまるで」


言葉を切ってまた驚いたように僕の剣を見るイレス。そしてイレスは目を細めて言った。


「そういえば幼い頃、私は父に連れられてクロラック帝国史美術館に行ったことがある」

「美術館がどうかしたのか?」


何の話だ。


「その時私は今キミが持っている剣に似た複製品レプリカを見た覚えがある。もしかしてキミのその手にある剣はその原典なのか? それに私の首筋の表面だけを切るその剣筋も只者ではない感じだった。だが、何処か見覚えのあるような剣筋だったな」


ああ、そういう話か。

その複製品とやらは天のアイギスのレプリカだ。

あの魔王が持っていた地のイージスのレプリカもあの美術館には飾られていたな。

オストラヴァの兄弟剣か。

まさか、魔王が所有しているとはな。

複雑な気持ちだ。

それにしてもクロルと一緒に美術館を巡ったのも思い出した。懐かしいな。

剣筋に見覚えがあるのはイレスの父親が僕の師匠だからだろう。


「剣筋はともかく、僕の剣は確かにその複製品の原典だ。だからどうしたって話だが」

「いや、どうしたも何もその剣は神の手と謳われた職人オストラヴァの遺作らしいじゃないか。キミ、その剣はとても貴重だぞ。剣には寿命がある。私は剣自体に詳しくないが、キミのその剣は大分老体に見えるぞ。私のような奴隷に使うのは勿体無いと思うのだが」

「この剣をどう使うかは僕の自由だ。この剣の寿命が来るまでこき使ってやるさ。それにもうお前は奴隷じゃない。それを自覚しろ」


僕はイレスの首筋を見る。

そこに奴隷の証はない。

呪印カースはないのだ。

天のアイギスが呪印を断ち切った。

僕は天の剣を空間に収納する。

これでイレスに奴隷の義務は消えた。

だがイレスの顔に喜びの表情は無かった。


「それは酷く侮辱された気分だよ、キミ。そのオストラヴァの遺作の力をどう使いこなしているかは分からないが、私はお役ご免ということなのか。私はもう一人では生きられない。死ねと言われたならばまだいい。奴隷として死ねたのなら本望だった。だが一人の人間としてキミは私にのたれ死ねというのか」


んなわけないだろう。


「そう難しく考えるな。僕がお前の呪印を消したのは単純な善意からだよ、イレス」

「善意? 笑わせてくれる。確かに呪印は消えたよ。身体の重みが消えたからよく分かる。今すぐにでもキミを殴ろうと思えば殴れるだろうな。それも呪印がないからだ。呪印がない奴隷など奴隷ではない。そんな私をキミが側におけるわけがない。呪印があるから主人と奴隷という関係が成り立っているからな」


本当は呪印を消す前に交渉をするつもりだった。だが、それは出来なかった。

僕にはそんなことは出来ない。


「イレス。お前の言い分はよく分かった。だったらこれから交渉に入ろう」

「交渉?」


イレスの目が丸くなる。

僕は至極真面目にこう言った。


「お前に、僕の仲間になって欲しい」


静かな宿屋に僕の声が響いた。


*****


イレスに僕の胸中を話した。

僕が単純な奴隷が欲しくないということも、ただ仲間が欲しいということも。

隷属する部下はいらない。信用できない。

分かり合える仲間が欲しい。

ただそれだけの話だったんだよ。


「キミは馬鹿かね」


亜麻色の髪の美しい少女が低いな声で僕を糾弾する。これではどっちが主人か分からないな。もう主従関係はなくなったわけだが。

あとそのジト目をやめろ、イレス。


「それで僕の仲間になってくれるのか」

「勿論なるさ。私にもう帰る家はない。どの道キミと共にいる以外の選択はないよ」


ふぅ、良かった。やっと仲間が出来た。

この娘にならある程度は心を許せる。

亜麻色のエルフェゴールの色がそれを証明してくれている。


「しかし奴隷を買ってそれを仲間にしたいなんてえらく二度手間な手法を取ったものだ」

「まあな。さっきも話したが、僕のステータスカードは機能していないからな」

「魔法省に更新に行けばいいものを。私を買って、呪印まで消して、何度手間だ」

「魔法省には行けない理由がある」


僕が魔法省に行ったら余計な混乱が起こる。さらに僕の身にも面倒が降りかかるだろう。

この世界が本当に五十年後の世界なのか、覚悟を決めるまでは魔法省に行く気はない。

役人にあれこれ言われるのは懲り懲りだ。

最悪、身柄を拘束されかねない。

それは勘弁願う。ただでさえ、魔素を扱えるようになった僕の身体である。魔族として異端扱いをされかねない。


「まさか、キミの正体が魔族だったというのは勘弁だぞ。まあキミが魔族だとしても構わないが。私はキミについていくだけだ」


僕に付いてこないと、イレスは生活できないだろうからな。


「僕は魔族じゃない。神に誓ってもいい」


僕は無神論者だがな。ステータスカードの更新が出来ないなんて人間は流石に怪しいか。

何か方策を考えるか。少なくともイレスのステータスカードは正常になった。呪印も消えたから、イレスのステータスカードが制限を受けることもない。ステータスカードは奴隷という情報すら呪印越しに記憶するからな。

面倒なものだ。逆に言えば呪印さえ消してしまえば一気に問題は解決してしまうのだが。


「ま、私の冗談だ。あとさっきは取り乱して悪かった。キミにそんな思惑があるなんて思わなかった。捨てられると思ったからな」

「捨てるわけないだろ、物じゃあるまいし」


僕は冗談半分に笑う。だがイレスは笑わなかった。そして至極真面目に言ってくる。


「いいや、物だよ。私は物だった。奴隷は人じゃない。捨てられても仕方がないんだ」

「そういう考え方はよくないな、イレス。お前は物じゃない。どんな立場にいようとも」


イレスが奴隷でも、貴族でも、仲間でも。

イレスは人間だ。物じゃない。


「キミの口ぶりは中々に愉快だな。キミは私に安らぎをくれる。ありがとう、クリュウ。私を人にしてくれて、私を買ってくれて。キミが私の主人になってくれて良かったよ」

「もう主人じゃないけどな」


僕とイレスは笑い合う。

この色のない世界で初めて何か手応えのようなものを掴んだような気持ちになった。

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