奴隷
この世界の公的機関の使用あるいは活用には大抵の場合、ステータスカードの開示が求められる。だが僕のステータスカードには矛盾が生じてしまっていた。しかも魔法省の管理魔法で更新されるべき僕の身分情報が更新されないのである。よって仲間を作る時に最も手早く、かつ効率的な冒険者ギルドへの登録という裏技が使えなくなっている。しかし仲間を作る手立てがないわけではない。公的機関を使用する仲間の募集という手段が使えないのであれば、鬼畜の所業をすればいい。
ここは奴隷商人の館である。
「ヒヒッヒ。旦那ぁ、何をお望みですかい」
僕の顔色を伺うように下卑た笑みを浮かべる顔に脂が浮いた汚い顔の男が声を出す。
正直、関わり合いたい人種ではない。
だが、僕にとれる手段は限られている。
元より、初めて人をこの手で殺した時から善悪の振り子など、とうに振り切れている。
「何をお望みかなんて僕がこの場にいる時点で理解していると思っていたんだがな。僕が欲しいのは奴隷だ。生憎とここには奴隷しかいないようだしな」
そう、奴隷。奴隷の所有自体は違法ではないし、奴隷という方法を使えばステータスカードを介さずに仲間を作ることができる。
傭兵に金を握らせて仲間にしてもよかったが僕個人が傭兵嫌いなためそれは出来ない。
傭兵など信用できないからな。
ちなみにお金はある。僕が元々持っていたクロラックの通貨が旧通貨になり、その価格が高騰していたからだ。両替により金貨10枚が白金貨10枚になるという出世を果たした。
日本円でいえば一千万が一億になったと理解してもらえればいい。しかし、通貨が変わったという事実は年数の経過を如実に示している。だがこの目でクロラックのことを見るまではとりあえずの疑問は捨て置こう。金は余りあるほどある。皮の衣服も新調し、それなりに裕福な商人の家系を意識した服装にシフトチェンジした。おかげで目の前の男も僕を上客だと認識しているようだ。
ちなみに通常の買い物ではステータスカードを使うことがない。それは救いだった。
日本でも一々、買い物の際に身分証明書を見せることはない。それと同じ理屈だ。
しかし、仲間は買えるものではないからな。
僕は奴隷を手中に収めることがベストアイデアだと思った。もちろん、プランはある。
この街の名前はレイフォルク。
聞いたことがない街だ。以前の勇者としての道中でも一切関わり合いがなかった。
だが、それも何とかなるだろう。
プランの成功を祈るしかない。
ただの奴隷はいらない。
「これは失礼しました、旦那。ではどんなタイプの奴隷をお望みですかい?」
逆上しなかったか。挑発するように相手の神経を逆なですりように屁理屈を捏ねてみたのだが、目の間の男、即ち奴隷商人は表情すら変えず笑顔を保ったまま。やり手の奴隷商人なのだろう。この商人は信用してもいいか。
奴隷に手を染めてしまう日がくるなんてな。
「元気のいい奴だ。なるべく精神に疲弊や障害がない方がいい。外見は不問でいい。二年以上の戦闘経験と地理に詳しく、クロラック帝国の世情に詳しい者だとなお良しだが」
要求が過ぎる。奴隷商人としてバイヤーに買われるまでの奴隷の扱いは酷いものだ。
だが、それでも高望みはしたい。
繰り返すが予算ならあるからな。
僕の目の前の奴隷商人は考える仕草をする。
「一体、適合する者はいますがこの個体は少々値が張りましてなぁ。旦那ちなみにお予算のほどはどれくらいのほどで?」
待て。僕が求めた理想のような奴隷がいるというのか。奴隷を個体扱いするのは僕の倫理観には反するが、これは好機でもある。
僕は商人に予算を耳打ちした。
商人の顔がだらしなく歪む。
僕はその奴隷を買った。奴隷の名はイレス。
燃えるような瞳を持つ、亜麻色の髪を持つクロラック帝国没落貴族の少女であった。
イレス・エルフェゴール。
僕に剣を教えた師匠の名はエイレーン・エルフェゴールという大柄な男の騎士だった。
クロラック騎士団団長エイレーンはエルフェゴール家の当主でもある。
見間違う筈もない。
イレス・エルフェゴールは僕の師匠の娘だった。
資格とか、感覚とかそんなもので感じるものではない。
本能がイレスとエイレーンが親子なのだと告げていた。
敬愛すべき師匠の大切なものに、何かをこらえつつ僕は奴隷商人の館を立ち去った。