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憂い

僕は栗生 学良だ。魔族や魔物が出す特有の瘴気である魔素を何とか抑えこんだところである。

それにしても魔素を自分で使うなんて予想していなかった。魔素を使った時に湧き上がった力がなければ今頃死んでいたから文句も言えないが、困惑は増すばかりである。

今は街の門の前にいた。見知らぬ中規模の街の門。草原を三日歩き何とか人の気配のする場所まで来たのだ。


「あんた、北から来たんですかい? あ、ギャグを言ったわけじゃありませんな」


門を守る衛兵にそう尋ねられる。正直、この辺はさっぱりだ。地理に疎いのが痛い。

だが怪しまれるわけにはいかない。

衛兵の言葉にのっておくか。便乗だな。

会話術の常套手段だ。

エイレーンによく仕込まれたな。


「ええ、北からきたんですよ。旅の商人ですが、道中で積荷を落としてしまって」

「北の商人だって! なんて大変な! 同情しますなあ。それならその薄着も納得できる。まあ、一応ステータスカードの提示を」


ああ、カードね。街に入る時はステータスカードの提示が必要だったな。クロルに用意してもらったっけ。カードは今もここにある。

ステータスカードは謂わば、地球でいう身分証明書のようなものだ。魔力により魔法省で登録された個人情報が日々更新される。

この世界のマストアイテムである。

ステータスカードの提示を求められる公的機関は多いからな。魔族と人間の区別のためにも必要なアイテムだし。

僕は衛兵にカードを渡す。


「荷物は落としてもステータスカードは落とせませんからね」

「違いありませんな」


商人というのは嘘だが僕と衛兵は笑い合う。どうやら嘘はバレていないようだな。

魔法省の識別機器と思われる小型装置に衛兵はカードを通す。だが、そこにエラー音が。

許可される時の音と明らかに違う不快な雑音が聞こえた。定期代が足りない時と似たような赤い表示が装置にも目に見える形で表される。明らかなイレギュラーだった。


「ん?」

「あら?」


陽気な衛兵は僕のカードを取り出して、こう言った。


「商人さん、ここ見てよ」

「はい」


商人と言われた僕はステータスカードを確認する。嘘、言わなきゃよかったかな。


「ほらこのステータスカードの生年月日が可笑しいことになってますな。商人さんの見た目は十代後半でしょ? 明らかに矛盾ですな。たまにあるんですよな。こういうエラーが。魔法省の不手際ですな。あとで私からも文句を言っておきますわ。それよりもそんな薄着じゃ寒いでしょう。ほら、入った入った」


衛兵に勧まれるまま、街に入る僕。


「いいんですか? ステータスカードがエラーを起こしたというのに」


僕は思わず衛兵に言った。

ステータスカードの異常にはこの国全体が厳しいルールを定めている。


「構いませんな。まさか商人さんを追い返すわけにもいきませんしな。私の息子も北の最前線にいますからな。商人さんのように若い世代に非情を与えたくはありませんな」


規則を曲げて衛兵は僕を街を迎え入れた。僕は頭を下げて衛兵に感謝を示す。

正しくないことなんだろうが、今の僕にとってこの厚情は素直に嬉しかった。


「ありがとうございます、衛兵さん」

「礼には及びませんな」


狐に化かされたような、そんな気持ちでステータスカードを受け取り街へ入った僕。

ステータスカードのエラー、か。

珍しいな。それに北で争いなんてあったか?

うーん。言葉は通じてるし、まさかまた別の世界に飛ばされたわけでもなさそうだしな。

ステータスカードもあったし。

でも、胸騒ぎがする。何かとんでもないことが僕の身に降りかかっている予感がする。

そして僕はその予感の答えにたどり着いた。

クロルが身分に関係なく本を読めるようにと配慮した皇立図書館。身分を象徴するステータスカードを廃止したこの場所で僕は一人でに答えを導き出した。この世界は僕が過ごした日々の五十年後だったのだ。

僕があの時、対峙した緋色の魔王と勇者としての僕が消えたことになっていた。魔王は討たれ、僕は行方不明扱い。第二勇者伝承という大層なものに僕の存在が明記されていた。

名前までは書いていなかったが。

はははっ、とりあえずクロルを探そうと思っていたんだけど。クロルも死んだって。

病死だったらしい。嘘だ。これは夢だ。

あの女魔族が言っていた暗黒の時代の意味も先ほどの衛兵が言っていた北の戦地の意味も理解した。理屈は分かる。だがありえない。

時間を超えるだと? 意味不明すぎる。

しかもここはクロル亡き後の世界。

五十年はあまりにも長い年月だ。

ただ本の記述を見ただけでは信じられないような現象。ありえないことが起こっている。

信じない。信じられない。


「馬鹿......な」


僕は発狂したように足を震わせて皇立図書館を出た。暗黒の時代とはこの世界の半分が魔族や魔物に支配された時代を示している。クロラック歴132年、勇者は再誕せずに魔王だけが再臨しこの世界の征服を始めたらしい。

嘘だ。嘘に決まっている。


「ははっ......ハハハハハハハ!!!! 意味わかんねえよっ! 僕のやったことは無駄だったのかよ! どうなってるんだよ! くそっ!」


しかも僕の身体に魔素まで纏わり付いているという。これはタチの悪い夢なのか?

クロルに勇者として召喚された時も最初はそんなことを思ったが、今度の冗談は悪質に過ぎる。今にも狂ってしまいそうだ。

僕は適当な通行人に声をかける。


「ねえ、教えてください。僕のやっていたことは間違っていたんですか?」

「やめろ、酔っ払い!」


面倒なものを払いのけるように絶望する僕を突き飛ばす青年。彼はそそくさと立ち去る。

彼が消えた後で、僕はぽつりと漏らす。


「ははっ、これからの作戦? 魔王を倒す使命だって? わけがわからなくなってきた」


クロルにまた会えば希望は見つかると思っていた。だがクロルの事を少しでも調べようと思ってまず出てきたのがクロルの死についての情報だった。それを見ただけで頭がパンクしそうになった。もうすぐ終わりだと思っていた。魔王を倒す戦いの日々、辛い現実を目の当たりにすることはもうないと思っていたのだ。僕が魔王との戦いで死んでも勝っても行く先は極楽だった。僕には明確な終わりがあったんだ。

だが実際にはまだ果てしない道は続いていたのだ。それもニューゲームのような形で。

しかもこの世界は決してゲームではない。

現実の世界なんだ。

それはもう、よく理解している。

世界は同じ、環境は五十年後。

また魔王と戦えって?

馬鹿らしい。

人をおちょくるのもいい加減にしろ。

クロルが死んだって?

あの強い娘の事が未だに僕の脳裏から離れない。僕が実際に見るまでは信じられない。


「クロラックだ」


蹲って道に座っている僕は決意する。

最初からクロルに会うためにクロラックに行くつもりだった。

僕は、クロラックへ行く。

人の尊厳が軽んじられたこの暗黒の時代と言われる世界。

僕とクロルの過ごした日々から五十年が経っている。そんなことを紙面上で言われても実感が湧かない。

確かめなければいけない。

今のクロラックの現状を、クロルの事を。

それから人間の世界は魔軍と言われる魔族と魔物の混成軍に侵略されていた。

そんな事実はもうどうでもいいんだ。

今はそんなところに気を回す余裕はない。

僕の身体の事情もどうでもいい。僕が魔素を使うことでその力が増すのなら、この虫酸が走る力も利用する。

今の僕には力すら足りない。


「クロラックに行くためには仲間がいる」


仲間が、必要だ。

また辛い思いをするかもしれない。

それでも僕には味方が必要だった。

何でも分かり合える、信頼できる仲間が。

漠然とした知識と矛盾したステータスカードを持つ僕ではクソほどの役にも立てない。

まずはクロラック帝国に行ければいい。

僕はやっと決意を固め、立ちあがった。

クロルの死もこの世界の変遷も僕が実際にクロラックに行って判断する。


「クロル、君は」


クロルに会いたい。

今はそれだけしか考えられない。

彼女の名を呟いて、憂うことしか出来ないのが悔しくてたまらない。

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