エルとサクリとゼロ
クロラック本城、月明かりの中で。
バンダナで自身の銀色の髪を隠しながらクロラック本城をエルは小走りで進む。
衛兵からはたまに訝しい顔をされるが、呼び止められるほどの奇行をしているわけではない。エルは順調に自身の目的を遂行する。
だが、世の中都合通りにはいかない。
「エル様、何をしていらっしゃるのですか」
「ひゃぁ!?」
エルは背後からの声に素っ頓狂な声を出す。
単純に驚いたからだ。
見えるのは金色の髪の美しい女性。
サクリ・アザトホース。
エルの近衛騎士であった。
「嘘......私の変装が」
「変装ですか? そのようなエル様の格好も趣があられて非常に可憐だとは思いますが」
股をモジモジさせてサクリが言った。
エルは苦笑いをするしかない。
「しかし、エル様。皇族の魔力は特殊な清廉さがあります。何故変装をしているかは私には分かり兼ねますが、魔力の扱いが極めて優秀な者なら変装など見破ってしまわれる可能性が高いかと」
エルは確かに、と頷く。
現にサクリにも姿を補足されてしまった。
魔力は隠していたのだが失敗した。
サクリの実力を甘く見ていたところもあったのかもしれない。
サクリはエルにとって味方でしかなかったから。敵に回すとこれほど厄介な存在はない。
敵になったわけでもなかったが。
エルは自らの甘さを悔やむ。
エルの目的はレイフォルクに向かうこと。
出来れば誰にも見つかりたくなかった。
己が心を許してもいいと思えるサクリだとしてもそれは変わりない。
「というより、今日は勇者召喚の日であったはずです。召喚はどうされたのですか、エル様」
エルはサクリの言葉に更に俯いて言った。
あまり詮索されたくない事情である。
「実は召喚魔法の際にイレギュラーが起こってしまって」
「イレギュラー? トラブルですか?」
「はい。その為にレイフォルクという街に向かわないといけなくなりました。出来れば私のお父様には見つかることなく行かないと」
割と悲痛な面持ちでエルは言った。
エルも命がかかっている。
時間をかければかけるほど、リスクは高くなっていく。
サクリはエルの『お父様』という言葉を聞いて、顔色が変わった。
「エル様の......お父上ですか。了解致しました。この身は貴方の糧になるために存在しています。このサクリ・アザトホースがエル様を責任を持ってレイフォルクにご案内しましょう。決して彼の方に邪魔はさせません」
サクリは強い瞳でエルに言い切った。
エルは感動する。本城の中で皇族らしく義務的に生きていたエルだったが、その中でも真の信頼は得られていたのだ。だから。
「ありがとう、サクリ。お願いできますか? どうやら私一人ではレイフォルクに行くことすらもままならないようです」
それも当然である。エルは皇族なのだから。
自由に行動も出来まい。
正当なる血統を許された唯一の存在。それがエルという少女。
サクリはエルに手を取り、跪く。
「お任せください」
サクリがそう言い切った後、その最中でパンパンと手を叩く音が聞こえた。
拍手の音だ。無機質な本城の廊下に不釣り合いな音が聞こえてくる。
音を辿って見れば黒髪の青年が見えた。
彼がただ無機質にエルとサクリを見る。
エルとサクリもまた彼を見ていた。
剣剣剣、ゼロ。
それが彼の名前である。
「月明かりに照らされる中で美しいお前達が群れているのは甘美な響きに思えるが。ところでお前達のは話は聞いていた。レイフォルクに行くのか。奇遇だな、俺もそこに行く」
サクリはゼロを睨みつける。
剣剣剣最強とされるゼロ。
皇帝シャロンの右腕とされる存在。
サクリにとっては敵と言い切っても過言ではない存在ではあった。
「貴方が何の用ですか、ゼロ。エル様には近付かないでもらいたいのですが」
「そう睨むなよ。お前に睨まれるのは悪い気分ではないが、少々心が痛む。何俺は善意から第二皇女に近付いただけだ。第二皇女がレイフォルクに着くまで、俺もついでに護衛を勤め上げようかと思ったんだよ。騎士の本分を果たすなら最適の存在ではあるからな」
その言葉が真実なら何とも頼もしい。
剣剣剣は皇帝本隊最強。
つまりクロラック最強の存在。
だがゼロは剣剣剣の中で最も得体の知れない存在として有名である。
迂闊にエルの命は預けられない。
サクリはそう思考していた。
「気持ちは有難いが、結構。エル様の護衛は私だけで充分だ」
「本当にそうかな?」
ゼロは全てを見透かしたように笑う。
「何が言いたい」
サクリはゼロを更に睨みつける。
「まあいい。俺も影ではお前達を見守ろう。お前達が導き手の役割を果たすのだから、有象無象の処分も吝かではないだろうが」
ゼロは愉快に笑いながら去っていく。
その背中を見つめエルはきょとんと言う。
「あれがゼロ様という方なのですか。話は聞いていましたが何だか強烈な方でしたね」
「自己完結型の変態です。エル様はあの変態に毒されないようにご注意を」
剣剣剣という肩書きを思いほんの少しエルは焦っていたが、ゼロに敵意らしい敵意はなかった。
ゼロにはゼロの思惑があるのだろう。
エルはそう納得する。
今宵は月が色濃く見えた。