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相反する召喚

イレスの新しい服を買った。

亜麻色の薄いワンピースだ。

安くは無かったが、高くもない出費だ。

奴隷としての皮服で出歩くのは酷だろう。

他にもいくつかイレスの服を買った。

下着は知らん。僕が買えば変態だ。

イレスには小遣いも渡しておいた。それで何とかしてほしい。不便な思いはさせるがな。

僕とイレスは空き地で向かいあっていた。

レイフォルクの裏路地、ダウンタウンというか下町なのだろうか。人通りが少ない裏路地の空き地で僕たちは二人で向かい合う。


「服を買ったばかりで何だが少しばかりの運動でもしようか、イレス」


買い物帰りで買った模造剣をお互い握る。

本物の剣は使わない。温い訓練だが、イレスの実力を見るには丁度いいだろう。

クロラックまでの道のりは絶望的な距離ではないらしい。だが街道には魔物も出る。

以前は魔物も少なかったらしいが。

ある程度の戦闘能力は必須だろう。

イレスのステータスカードがあれば護衛も雇えるだろうし、前向きに検討するか。

ただやはり最後に頼れるのは自分の力。

そういう意味でイレスの力は見ておきたい。


「服や本物の剣をキミからプレゼントされた時は驚き感動もしたが、今はそれ以上に私は驚いている。キミ、何のつもりなんだ?」


イレスがきょとんとして僕を見る。


「ああ、すまない。ワンピースで訓練はやり辛かったか。用件を告げておけばよかった」


引き返すか。味気ないが速乾性に富んだ運動服か皮服も買わなければならないようだ。


「訓練? いや服装のことは別にいいんだ。キミが選んだ服はとても気に入っている。素晴らしい。男からの贈り物など不潔だと思っていたが、ふふん。キミのような恩人からサプライズとして貰うと何とも感慨深かった。またキミに感謝の念と借りが出来てしまった」


そう言われると照れる。


「だが何なのだ、キミの訓練という言葉は。 私はこう見えても騎士を養成する学園で優秀な成績を修めていた。キミのような一般人とは訓練であっても剣を交えたくはないが」


なるほど騎士らしい礼儀だ。

だが、僕は勇者である。

そのような心配は無用だ。


「僕は一般人じゃない。安心してくれ。こう見えても結構戦える。だから手合わせを、と思ってな。道中、魔物も出るだろうし」


クロラックまでの道中だ。

馬車などは貴族専用らしいし。

馬車であっても魔物はお構いなしだからな。


「私の実力を試したいということか? ふむ。仕方ない。キミが私の呪印を切った時のキミの剣速は早かったし、キミも剣の心得はあるのだろう。なら手合わせも吝かではないか」


イレスは思案する。折れてくれたようだ。


「だが、怪我はしないでくれよ。私も加減するが、何よりキミに怪我をさせたくない」


僕はイレスの言葉に少し笑う。

まあ僕の身体つき自体はひょろいからな。

戦えるとは思えないのだろう。


「む。私は何か面白い事を言っただろうか」

「いいや、何も。だが安心してくれ。僕が怪我をすることはないよ。もちろんイレスも」

「ほう、言うじゃないか。キミの自信家なところは好きだが、少し試したくなるな」


イレスの顔付きもよくなってきた。

やる気になってくれたか。


「じゃあ、訓練を始めるぞイレス」

「キミのタイミングで始めるといい」

「あ、魔法は使うなよ。あくまでも剣を用いた訓練だからな」


魔法は凌げるが、危険だ。街中だし。


「心得ているよ」

「じゃ、行くからな」


僕の言葉を皮切りに模造剣を持って睨み合う僕とイレス。

イレスの構え方は流体るたいか?

エルフェゴールの防御の構えの一つだ。

ふむ、僕の攻撃にカウンターをする気か。

面白い。のってやろう。


「ほら」


僕の気のない掛け声と共に打ち出される刃のない剣の閃光。イレスと僕の模造剣が激突する。

瞬間、イレスのカウンターが飛来。


「!?」


感じるイレスの驚愕。

だがカウンターが来ると分かって喰らうわけがない。僕は技を使って躱す。

エルフェゴール流、流影るえい

エイレーンに仕込まれた技だ。素早い動きで残像を作り出し、影と自分を入れ替える技。

魔力を用いない回避技ではかなり重宝する。


「ふむ。それは流影るえいだな。その技を使える者はもういないと思っていたが」


イレスが不愉快そうに僕を見る。


「イレスこそさっきのカウンター、エルフェゴール流じゃないな。流体るたいと型こそは似ているがあくまで亜種剣技。我流か」

「如何にも。父から教わった剣技など私にとっては嫌悪すべきものだからな」


そこまで父を嫌うか、イレス。


「エルフェゴールの剣は優秀だが」

「だが、私にはもう必要ないものだ」


そうか、ならば何も言うまい。

僕はイレスへと向き直る。

僕とイレスの視線が交差し合う。


「行くぞ、イレス」

「構わない、来いクリュウ」


レイフォルクで二つの剣閃が混じり合った。


*****


「キミ、強いな。私の唯一の取り柄まで奪われてしまった気分だよ」


空き地に大の字に倒れるイレス。

それを見下ろす僕。

ハードワーク過ぎたかな。

イレスは暑そうに肩で息をしていた。


「イレスこそ強かったよ。今の学園のレベルも低くないことが分かった」


イレスレベルの騎士候補生は珍しいだろう。


「だがキミは私の上をいった。私の剣が届く気もしなかった。私が言うのもなんだが、キミ。騎士になったらどうだ? 即採用だぞ」


僕も元々はクロルの近衛騎士だったんだ。

今更騎士になってもな。

ステータスカードがあれだし。


「そう簡単にはいかないさ。試験もある」

「キミならソツなくこなせそうだがな」


そうかな。クロルの近くに居た時は失敗ばかりだったけど、僕も成長したのかな。

だといいが。


「でもイレスが強い娘で良かったよ」

「ああ、母から守られるだけの女にはなるなと言われていたからな」

「そうかお前の母親はいい人なんだな」


エイレーンの奥さんか。あの亜麻色の。

今では懐かしい人だ。


「だがキミは私よりもっと強かったな。正直底が見えなかった。自分の勘違いが恥ずかしい」

「勘違い?」

「キミはこう言っては何だが、戦闘においては頼りにならなそうだったからな。いや日常においてはとても頼もしいんだが。ああ! 自分でも何を言ってるのか分からなくなるな」


イレスが顔を赤くして僕にそう言った。

僕はイレスの隣に腰掛けて笑う。


「有難う。イレスがフォローしてくれているのは伝わっているから大丈夫だ」

「キミは......何だか大人だな」

「僕はイレスより年上だからな」


多分。


「そういう意味じゃない。キミのような人と過ごしていると自分が小さく見えるんだ」

「そうか? 僕は、イレスは立派だと思うよ。奴隷になったのも家族の為だったんだろ」


奴隷に身を落とすなんて尋常じゃない。

その選択が出来ただけでもイレスは凄い。

ましてやイレスは貴族の令嬢だったんだ。

計り知れない苦悩がそこにはあったはずだ。


「私は辛いことから逃げただけだ。とにかくエルフェゴール家から目を背けたかった」

「だとしても誰にでも出来る選択じゃない。イレスの行動はきっと誰かの為になった」

「そう......だろうか?」

「少なくとも僕はお前と会えて良かった」


本心からの言葉だ。イレスと出会ってやっと指標みたいなものを見つけた気がしたんだ。


「キミはたまに恥ずかしくなるようなことを言うんだな。心地いいから構わないが」


イレスが僕から視線を背けて言った。

恥ずかしがっているのかな?

気障なことを言い過ぎたか。

思えば、クロルからも女の子の扱いに関して注意されたことがあったっけ。懐かしい。


「不快だったか?」

「ん?」


イレスが惚けた声を出す。


「僕は女慣れしていないから稀に配慮に欠ける時があるらしくてな。さっきの言葉も不快に思わせたなら謝る。礼儀は大事だからな」

「ははっ、キミはやっぱりユニークだな。私はむしろそんなキミの言葉に......」


だが、イレスの言葉を遮るように音が響く。

人通りの少ない空き地にてそれは起こった。

僕の足元に二重に展開される青い魔方陣。

見覚えのある魔方陣だった。

そう、全ての元凶である召喚魔法の前兆。

僕の記憶が正しければ、これは召喚魔法だ。

僕を異世界へと召喚した一種の転移魔法。

僕が誰かに召喚されようとしているのか。だが大人しく召喚に応じるわけにはいかない。

手立てはある。僕の頭は冷静だった。


「なっ!? クリュウ!?」


イレスが僕の足元を見て驚く。

今日のイレスは感情豊かだな、と見当違いな感想を抱きながら僕は天の剣を呼び出す。

それを地面に突き刺す。

何かが断ち切れる音がした。

僕に魔法は通用しない。

この手に天の剣がある限り。

僕は誰にも召喚されない。

僕が今生で仕える相手はただ一人。

僕が尻尾を振るのはあの娘だけだ。

あの銀髪の少女が僕の護りたいものなんだ。

しかし、魔方陣は二つあった。

二つ......? 誰が僕を召喚しようとしたんだ?

それとも僕の記憶が間違っているのか?

いや、間違うわけがない。

イレスと僕は二人で立ち尽くす。

天のアイギスだけがアンバランスに光り輝いていた。

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