プロローグ
一度として見たことがない光景。
何処か呆けた頭の中で声が聞こえてくる。
耳に残る綺麗な声だった。
「伝承では勇者は気絶した状態で召喚されると記述されていましたが」
声の方向に目を向ける。
そこには美しい少女がいた。
銀色の髪に白い肌。か弱い印象を受ける。
可憐、という言葉が似合う子だった。
「こうして今生にて貴方にお会い出来たことを光栄に思います、勇者様。私はクロル・ハルツ・クロラックと申します。貴方にとってこの召喚は不本意なことでしょうが、この非礼をどうかお許しください」
自身の非礼を詫びつつ、名を名乗る少女。
彼女の名前はクロル。
僕は彼女の気品溢れる挙動に一々気を取られつつ、彼女に困惑を示す。
これが僕とクロルの出会った最初の一幕。
僕が勇者としての自覚を持っていない日々の始まりだった。僕は普通の高校生だった。
だから弱かった。けれど弱さは捨てた。
捨てなければならなかった。
僕の名前は栗生 学良。
数奇な運命を辿る勇者として召喚された地球人の名前である。
青い魔力の奔流が流れる幻想的なクロラック本城での二人の出会い。
第二勇者伝承、冒頭の光景であった。
*****
クロルと出会い、三年が経った。
僕は勇者である。
「クハハッ! この俺を前にしてまだそんな気概があるとはな! 愚物か褒めるべきかな!」
人形の異形。即ち魔王。
勇者である僕の使命は彼の者の討伐。
この世に魔素を放つ明らかな有害の存在。
緋色の魔素。
人間の女の姿をした緋色の異形。
緋色の髪に、白い肌。赤いドレス。
美しい少女は魔王だった。
「お前の魔素は魔物を活性化させる。お前の存在は明らかな害悪だ。だからお前は殺す」
「勇者よ、それは人の都合だろう? 横暴に過ぎる。俺を悪と人は言うが、この世界にとっての悪は貴様たちだと何故気付かない」
「お前こそ何故気付かない。自分が行った今までの事を。支配による世界は過ちだと!」
僕は激昂しながら右手に天の剣を空間から展開する。僕の旅の相棒。数々の魔物と魔族をこの剣で葬ってきた。僕の切り札だ。黄色の閃光を孕む輝く白い剣が輝く。
鞘はクロルの元に置いてきた。
「神の手による武器か! 賢しいな! その程度の彫刻、俺も所有しておるわ!」
そして僕が見るのは魔王の手にある僕の神の剣と対をなすような、そんな神々しい剣。
魔王がそれを展開した。
青い閃光を放つ輝く白い剣。
その名は地の剣だったはずだ。
恨むぞ、オストラヴァ。
「それは、馬鹿、な」
思わず言葉を詰まらせる僕。
そして魔王の正体に思い至る。
だが、関係ない。魔王はここで殺すのだ。
「クハハッ! 気付いたか? 俺は魔王でもあり勇者でもあった者だ。過去にはクロラック帝国に勇者として召喚されたこともある。魔王を殺しさえもした。そして挙句の果てには俺自身が魔王になった。魔王は繰り返す。お前が俺を殺めたとしても次はお前の番だ!」
「関係ない! 僕は魔王にはならない!」
「残念だな。そういうシステム故に!」
黒髪の勇者と緋髪の魔王の剣がぶつかる。
天の剣と地の剣のぶつかり合い。
「どうした? 押されているぞ勇者?」
「僕は......ぐっ!!」
間違いない。天の剣のスペックが地の剣のスペックに及んでいない。これでは勝てない。
だが、まだやれることはある。
「ならば! 僕の全ての力を天の剣に《アイギス》!」
「なっ、それではお前の力は!」
魔王の驚く顔を最後に僕はこの一瞬に全てをかける。自分の魔力と気力を剣に込める。
自分の全力を天の剣に捧げる。
即ち、究極の自損技。
力に執着する魔王には選べない必殺だ。
「終わりだ! 魔王!」
「ハッ! 俺は死なん!」
一度離れて再びぶつかり合う僕と魔王。
白い光が世界を包む。
白い光の中に二人の姿は無かった。
クロラック歴107年。世界は勇者と魔王を失う。世界はこの日二つの伝説を排除した。
栗生 学良、行方不明。
*****
クロラック歴132年、魔王が再臨した。
未だに勇者は現れない。
この132年から以降の時代を暗黒の時代と人々は呼んでいた。だがクロラック歴157年。
再び勇者は世界に誕生する。
彼の名は栗生 学良。
彼は50年前に消えた勇者である。
世界は再び彼を迎え入れた。