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私の勤める梨園では雅な楽曲が流れ、華やかな衣装を着た女の子達が舞の稽古と、日々研鑽を積んでいる
新しい曲を覚えるために楽譜を書き取るものもいる。中には新たな曲を作る者と、様々に活動していた
私も楽譜を書き写していると、上司にあたる尚功様が声をかけてきた【尚功は宮女の位のこと。その敬称】
「椿、ちょっと頼まれてくれるかしら」
「はい、何でしょうか?」
「琵琶を持って河瀬婕妤の所へ行ってちょうだい。何曲か貴女に弾いて欲しいそうよ」
婕妤とは女官の位のことだ
といっても、私達のように雑用や演奏、刺繍や調理などをする宮女とは違っている
簡単に言えば、王の側室だ。暁の父である辰濃王は少ないが側室がいる
一度でもお手付きになれば位が与えられ、寵愛が続いたり、子供を産めば位が上がっていくのだ
かなり細く位が分かれていて、元々の家柄なども加味されて決まる
王様は何年か前から病床に伏しているため、側室様がたの所には行っていない。王の来ない後宮は退屈なのだ
そのため、何度か演奏に呼ばれたことごある
けど……私はあの人苦手なんだよね
しかし、そうも言ってられないので準備をして河瀬婕妤の所へ向かった
後宮の深部へ進みながら脳裏には菖の言葉が甦る。それを仕事だからと、意識から追いやる
……後宮で何にどう気を付ければ良いのか細かく聞いておくべきだったと私はこの後、深く後悔する
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視線でハリネズミになりそう
そりゃあ、どこぞの王太子様のせいで噂になった時もそれなりに好奇の視線に曝されたが、この居心地の悪さは段違いだ
更に面倒なことに、目の前の河瀬婕妤は今までとは違う嘲笑を含んだ笑顔で私を見ていた。曲を弾き終われば、手を叩いて賛辞をよこす
「本当に見事だわ。さすがは梨園きっての楽師だこと」
河瀬婕妤は三十代後半ほどの年齢だが、若き日の美貌は保たれたまま煌びやかに飾り立てている。白い肌に赤い唇が印象的だ
「その音色が王太子殿下を虜にしていたのかしら。それとも赤い瞳が珍しいから?」
いきなり直球で来たな
「私には恐れ多い事でございます。殿下のお考えを謀ることなどできません」
最近、更に分からなくなったばかりだ
そお、と河瀬婕妤は嫌な微笑みを崩さない
「貴女はもう聞いたかしら、暁殿下のお妃候補を集めること」
「噂程度なら」
「もう噂とは言えないわ。私の家に知らせが来たんですもの」
ほうほう、ネットリと嫌味を効かせてきますな
私は今まで暁の寵愛とやらを得て来たという認識で通っている。暁は他の女に興味を示したことがないからだ。だが、そこへ来てのお妃候補選抜
この婕妤と仕える宮女の嘲笑
「河瀬から姪をを候補に出すの。だから、貴方に聞きたくて」
赤い唇が歪む
「どうしたら殿下の御心を掴めるかしら?私の姪は見目麗しいわ……でも、それだけでは寵愛は長続きしないでしょう?」
クスクスと忍び笑いが聞こえる
おうおう、表に出ろや!……と言えないのがツライ
後宮は完全なる縦社会。それに逆らえば命はない
閉鎖された空間では鬱屈が溜まる。発散方法は他人を落としめることだけ
可哀想な人達だ……
「まあ、私の姪はとても聡明なの。殿下も気に入って末永く傍に置いてくださるでしょうね」
つまり、せっかく寵愛を得て婚約者、ひいては皇后の座につけたかもしれないのにねお馬鹿さん。ウチの姪に取って代わられる気分はどう?貴女より美しく賢い姪なら殿下もずっと寵愛してくださるでしょうね
貴女と違って、オホホホホホホホ
チクショーーーーーー!!!
ウザい、メチャクチャウザい。嫌味言うためだけに呼び出したな!
誰もいない回廊をドスドスと突き進む
暁は何年か前まで空気も読まず人前でちょっかいをかけて来てたけど、何度も怒っていたら忍ぶように会いに来るようになった。この一年は人前で会うことはあまりなかった気がする
私は願ったり叶ったりだが、こんな弊害があるとわ…
琵琶であいつらの頭かち割ってやりたかったヨ
完全に飽きられた女扱い。どうしよう、こんなんじゃ私のお菓子…違う、安全な宮女ライフが昼ドラ使用になってしまう
周りに誰もいないことを確認してから思いっきり柱を蹴る。ガスガス蹴りを入れ続ける
菖が忠告してきたのはこの事だったのだ。あまり気にしていなかったが、菖がこの世界のことで知っていることは早いうちに聞き出しておいた方が良い気がする
この身の破滅だけは防がねば!!