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さて、せっかく手に入れた登城記録だったが、暁の目を覚ますことは出来なかった
なぜ怒ったか原因が分からないからもう一度、登城記録を使うのは利口ではない
ヒロインである春は私にぶちギレてきた感じからすると、今何を言っても気分を逆撫でするだけだろう
「っていうわけで、どうしたらいいと思う?」
庭園にある小さな四阿で今日のお菓子、羊羮をかじりながら菖に問うた
菖は楊枝に羊羮を刺したまま呆れた表情をしている
「何よその顔は」
「呆れてるんですー。こんなに鈍い人っているのね」
「なにそれ!」
楊枝に刺した羊羮をクルクルと弄びながら菖は目を細めた
「まさかとは思ってたけど、そのまさかだったなんて。こういうことは自分で気付かなきゃダメなので私は何も言わないわ。………所で!」
何処か落胆したような雰囲気に文句でも言ってやろうとしたら話を変えられた。それも先程の落胆が嘘のように楽しげに
「聞いた?面白い噂があるの」
「…何よ」
「これって小説の筋書きがかなり変わってきた証拠だと思うんだけどね。今度、王太子様のお妃候補選抜試験があるらしいの」
「えっ!?」
『お妃候補』選抜試験?
「本来だったら十七歳をこえた時点で婚約者の一人や二人、王族ならいてもおかしくないのよね」
……そういえばこの国では男女共に十七歳が結婚できる年齢だった
「でも、小説だったら椿が裏で手を回して他の婚約の話は潰してたみたいなんだよねー。まぁ、側室は絶対に持たなきゃならないものでもないみたいだから、成人するまでに一人いればお妃候補なんて探さないけど。フフフ、この世界の暁様は婚約者様がまだいないから」
ムカー!
なんか最後の方、小馬鹿にしてた!絶対!
でも、そうか
小説では寵愛だなんだって椿が権勢を振りかざせたのもただ一人の婚約者で、結婚するまでの年齢が一年足りなかっただけなんだ
その一年で本物の初恋の君が現れて逆転される訳ね
「……私には関係ないから」
「ほほう」
おい、いい加減そのムカつく面どうにかしないと裏拳叩き込むぞ!お菓子だってもう分けてやんないぞ!
「まぁ、関係ないにしてもしばらく気を付けたほうがいいかな。春タンもまた怒ってたし」
「えぇ、また?私何もしてないけど」
あのヒステリーヒロインは今度は何にご立腹なの?
そして、菖サン…貴女まだストーカーしてたんだね…
「理由は私にも分からないの。小説の登場人物の一人、戌爪隼様が春タンと絡むシーンがなかったんだよね」
「戌爪様が?」
眉を八の字にして頬杖をついた菖は残念そうに呟く
「そう、隼様って実は酒乱なの」
ん?
「元々はお酒に弱かったのに、軍人だから宴席なんかで無理に飲み続けたせいでお酒を少しでも飲むと手当たり次第に女の人を口説いちゃうの」
オヤオヤ、雲行きが怪しくなって来たぞ
「見た目良し、家柄も申し分なくて、根は真面目なのにお酒で失敗しちゃう所が可愛いの!この間の宴会で春タンに絡んで、その後なんやかんやで春タンに密かに思いを寄せるようになるんだよ」
はい、決定
また春タンの地雷を私は踏んだようです
でも、私はそんなの知らなかったんです。はい
善意のつもりで隼に酔止め横流ししてたんであります
「春タンはお父さんお医者さんだから酔止めの薬作れたんだよね。それのおかげで隼様は一夜の過ちを犯さないですむようになるんだけど。その為の絡みがなかったらしいの。私は神洞省の女官だから宴会には調査に行けないし、真相がわかんない……どうしたの椿?」
机に突っ伏して大きくため息をつく私に菖はあっと声を上げる
「さては椿が何かしたんでしょ!」
コクり
「もう!酒乱な隼様メチャクチャエロカワイイのにぃ!」
「スミマセンデシタ」
もう一度いう
善意だったの
この世界の元になった小説を知らないのは私の立場では致命的だ。この荒れ狂う爆心地をどう進めば良いと?
その後菖からさんざん文句を言われて仕事に戻った
最後に菖は不思議なアドバイスをくれた
「しばらく後宮には近づかないほうがいいからね。気を付けて!」
どういうこと?