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神様の宴  作者: 大山椒魚
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巳波みなみ侍郎じろうはいらっしゃいますか?」


後宮や梨園などがある内宮ないぐうから、各省庁がある外朝がいちょうに繋がる通路は一つしかない

基本的に男子禁制の後宮だが、私は梨園所属なので規制は緩い方だ。後宮には貴族の子女達と試験を受けて一般から入った女性達で構成されている。梨園や厨房所りょうりどころ裳衣房しょういぼうなどに配属されれば、お使いなどで外朝に行くこともある

今は少ないが、王妃や側室の身の周りの世話をする宮女はそう簡単には外に出られない

例外は、内宮の外れにある神洞省の女官だけだ。彼女達が使えるのは王より先に神なので、民に奉仕するために王宮の外に行くこともある。王宮にいるときは割と自由に動けるのだ


だが、そのせいで前世持ちの少し危険なストーカーに自由を与えてしまっている

害はないが大きな問題な気がしてならない…



外朝の奥、内宮の手前には医局がある

そこの知り合いに会いに来たががいつも捕まるわけではないので、医官に声をかけた


「あっ椿殿。巳波侍郎なら今日は研究室に籠っておられますよ。声をかければ大丈夫だと思います」

「ありがとうございます」


会釈して奥の研究室の扉をノックした


巳波みなみ医師せんせい、西安椿です。こんにちは」


「はーい。どうぞどうぞ」


くぐもった声が聞こえて扉を開くと大量の資料や書類が積まれている。いつもの光景だ


「お久ぶりです。巳波医師」

「やあやあ、椿君。薬が切れたのかね?」

「その言い方はやめてください」


何かの液体が入った試験管に、ヘドロを煮詰めたような液体の入った小鍋が煮込まれていたりと怪しいことこの上ない部屋だ

まぁ、仮にも研究室というのはこんなもの何だろう


その研究室の主は眼鏡にボサボサの髪を無造作に纏めただけの風体をした二十九歳の男

身分は尚書の次に偉い持郎で、名前の通り十一家の一つ、巳波家の巳波錦みなみにしき

挨拶を済ませ、資料に埋もれた茶器を取りだしお茶を入れる


「酔止めの薬、今回は多く頂きたいんです」

「ほう、また何か取引でもしてるのかな?」

「えっ!?」

「君は本当に分かりやすい」


クスクスとにしきは口元だけで笑い、手に持った資料を机に放り投げて茶をすする


「何故酒の酔い止めがいるのか知らないが、君がそれを使って何をしようとしているかは興味がある。椿君はとても変わっているからね」

「………巳波医師には言われたくないです」


巳波錦は国でも三指に入る名医であり医学の研究者だ。だが、一方では工部こうぶ【土木、医療を管轄する機関】の変わり者と名高い

何年か前に風邪をひいたときに診察してもらってからずっとお世話になってる

国でも随一の医師に、ただの宮女が見てもらえるなんて本来はあり得ない。多分……暁が手を回したのだろう

正直、巳波医師に会えてとても助かっている。そこには深く感謝だ…


「何も企んでなんかいませんよ。それよりも、今日はありますか?」

「ああ、これを」


取り出された薄い冊子を受け取った。いつも薬を貰っているのにお金はいらないと言われるので、代わりに出来ることをさせてもらっているのだ


「それは急がないから、出来たら医官にでも預けてもらってかまわないよ。それとこれは酔い止めと、いつも(・  ・  ・)のだ」


白い紙袋に包まれたそれを隠すように手早く風呂敷に包んだ

なんとなくソレを見るのがはばかられた


錦はやれやれといった風に苦笑する。それ、どこか人の悪い笑みにも見えるぞ…


「前から思っていたが、何をそんなに恐れているんだい」


恐れ………かぁ


「私の診断を信じていないのかな?」

「そういうことでは、ないです」

「あと数年もすれば、そんな顔をする事もなくなるさ。椿君は好きなことをすればいい」


茶器を片付けて帰りの挨拶をすると、目を細めて錦は言った



「また、いつでも来なさい」









**********************************









三時といえばオヤツの時間!


厨房所りょうりどころの裏口で気配を消して待つ。ただひたすら待つのだ!

数分後、ゆっくりと裏口の扉が開いた


「椿様?いますかー?」


出て来たのはくりくりとした大きな目の少女


みさお!こっちこっち!」


厨房所に務める少女、操は私を見つけて微笑んだ

何を隠そう、この子が私に余ったお菓子を横流ししてくれている御方だ


「今日は何かしら♪」

「胡桃と棗の焼き菓子ですよ」


開かれた箱から甘い香りが漂う

米粉で出来た丸い生地の上に胡桃と棗が添えてある。それに甘辛のタレが塗り込まれ、焼き上げられている

好きなんだよねコレ


「キャー!美味しそう、本当にいつもありがとう。操には頭が上がらないわ」

「あはは、そんな大げさですよ」


操は十四歳だが、よくできた子だ

余ったお菓子をたくさんくれるので、二人で分けようと言ったが「椿様に食べて頂きたいんです」と凄いことを言った

アリエナイ……私なら有難く頂いてしまうし、むしろ目の前にお菓子があって横流しなんて出来る気がしない


箱を包んでいると操は少し表情を曇らせていた


「椿様」

「どうかした?」

「いえ、少し…元気がなさそうに見えたので」


あちゃー…まぁ、確かにへこんではいるかも


「ちょっと、ね。心配事があったんだけど、でも、もう大丈夫。それにお菓子食べたらまた復活するから!」


笑って見せれば、操は苦笑してから目を輝かせて質問してきた


「もしかして……王太子様と何かあったとか?」

「イヤイヤ、何もないから」

「ですが王太子様が椿様を見る目は他のどの御方を見る目より情熱的ですし、お部屋に通っているとの噂もございますよ!」


うっ……やっぱり噂になってるか

部屋に来るときは人目に気をつけろって言ったのに。むしろ来るな


「噂は噂よ」


誤魔化してみたが操はあまり納得してないようだ。ゴシップが気になるお年頃なんだろうがあまり詮索されると困っちゃうな

といっても、操はしつこく聞いては来ないので長く付き合ってこられたところがある



操と別れて自室に戻ると寝台に突っ伏した


「……大丈夫………もう、終わるから」


自分に言い聞かせるように呟いてから、さっそくお菓子を食べた












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