夢と鬼ヶ島なんだが
風が吹いている。
病魔の風だ。僕の体は持たないのだろう。肉に蛆が集ってきている。
思えば、散々な人生だった。
母は誰ともわからぬ父から産まれた僕を忌避していた。
名前さえ与えないのだ。
病魔にかかり、薬の対価を得るためにさも当たり前のように僕を売り払った。
売り払われた先では、碌な食べ物も与えられず、川に近づく事を禁じられ、ただ、ただ、働かされた。
そんな僕が病魔にかかるのは当たり前のように思えた。
働いていた屋敷は僕が病魔にかかったのを知ると、当然のように僕を追い出した。
それからは水を求め川に行き、食べ物を求めて山へ行き、温もりを求めて街へ戻る。そんな日々だった。
しかし、病魔を理由に川では追い返され、山では矢を放たれ、街では罵声を浴びせられた。
何処にも行く所は無いのだ。
既に身体の一部は腐っている。
意識もすぐに無くなるだろう。
ああ、母が憎い。金が憎い。人が憎い。己が憎い。暖かさが憎い。冷たさが憎い。川が憎い。山が憎い。何より、今も僕を蝕む病魔が憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。
いつの間にか僕の肉は腐り落ちた。
あるのはただ、骨と憎しみだけだ。僕の骨がカラカラと病魔の風で地面を舞う。
母は病魔で死んだ。街も病魔が蔓延り滅んだ。見たことの無い父も、恐らく既に病魔に侵され死んだだろう。
川の水を飲む動物が病魔に沈んだ。山の恵みを得た狩人が病魔で土に還った。
ただ、僕の骨だけが、病魔の風の中をカラカラと舞う。
「これは面妖な。街が滅んだと聞いて来てみれば、病と風に合わせて骨が踊っておる。面白い」
それは大きな男だった。
燃えさかる炎のようにうねる黒髪。鋭く刺すような目。眉は上がり、眉間に深い皺がよっている。その表情はなにか怒っているようで、それでいてなにか悲しそうだった。
紅い布を身体に巻き付けて、腕には黒い縄を持っている。
少し後ろには、四つ目の二匹の犬が付き従い、こちらを見ている。
「なるほど、人が憎いか。病魔が憎いか。ならば余はそなたを迎えよう」
その大男は風に舞う僕の骨に話しかける。
「余はヤマ。死者の国を治める王である。何度生まれ変わろうと、何度死のうと馬鹿を仕出かす人の子を、余の国では叩いて砕いてすり潰して何をしたか解らせてから、再び人の世に送り出しておる。 故にどんなに鬼がいようと人手、いや、鬼手が足りない」
そう言うと、僕の骨の顎に手を当て、目線を合わせた。
「お前の名は今日から、この滅んだ街と同じ、トゥルダクだ。
この剣を持って死者を迎えよ。病魔を振りまき自然の恐怖を刻め。
市井を歩き善なる者の前では、舞い踊れ、さすればお前の身に病魔が集まる。
その事を知れば、皆心根を正すだろう」
いつの間にか僕の骨は集まり、かつての形を取り戻した。
僕は膝をつく。
「賜りました。我が王よ。頂いた剣で死者を送り出し、我が憎しみを以て、悪辣なる者に病魔の風を吹かせましょう。善なる者には我が舞で病魔を取り去りましょう。」
変な夢だな。
そう考えて目を開ける。
「知らない天井だ」
起き上がろうとするとズキリと額が痛む。
手で押さえると、身に覚えのない硬い物が額にある。
「おや、クク坊。起きたのかい?」
声に視線を向けるとリリーおばあちゃんが、なにか湯気の立つ皿をお盆に乗せて向かってくる。
「リリーおばあちゃん? ここはどこ?」
「クク坊、先にこれをお食べ。話はそれからでも遅くはないさね。」
そう言ってお盆を布団の上に置く。
なにか懐かしい匂いがする。皿を覗くと、白いドロドロの液体が盛られている。
傍に置いてあった木の匙を手に取る。
すくい上げて、息を吹きかけ、口に運ぶ。
驚きと懐かしさが胸を締めあげる。目から涙が溢れて止まらない。
米の味がする。
そのままバクバクと一気に平らげた。前世ではお粥までしか作らなかったが存在は知っている。「重湯」だ。
「リリーおばあちゃん、これ……」
「転生者はだいたいそれの元を食べたり見たりすると、泣いたり叫んだりするんだよ。 それは龍たちの孤島群と鬼ヶ島でだけ育つ米さ」
「やった。米があったんだ」
「まったく、ククルスは本当にあの人に似てるね。美味しい物を食べるとすぐに何か忘れてしまうんだから」
「あ、リリーおばあちゃん、ここは?」
「ここは、鬼ヶ島さ。あらゆる種族が集まるが、一人として鬼族以外はいない特殊な島さね」
「鬼ヶ島? あれ? 俺、確か実習中で……そうだ! バーニーは!? 攫われた他の子は!?」
「おお!! 起きたかククルス!! 心配したぞ!!」
「ギルじい! 他の子達は!? なんで俺だけここにいるの!?」
「なに、皆無事だ。 奴隷狩りした奴らも、頼んだ人族の貴族もアサヒと一緒に懲らしめておいた。安心しろ」
「へ? そうか。良かった。 ところで、貴族も懲らしめたってそんなに俺寝てたの?」
「クク坊、その実習からもう一年経ってるんだ」
「一年!? 学校は!? 母ちゃんはちゃんと産めたの!? もう何がなんだか解らないよ!!!」
「落ち着きなクク坊。婆は逃げたりしないよ。ちゃんと説明するから」
そのあと、ギルじいとリリーおばあちゃんの話を聞いた。
俺は実習の時、奴隷狩りの船を凍らせた辺りから記憶がない。
この話をするには、まず鬼族という特殊な種族の話をしなくてはならない。
鬼族。
遠い昔、この島には獣人と人族の間のような見た目の「亜人」という種族が住んでいた。
亜人たちは、ただ穏やかに島での暮らしを謳歌していたが、ある時それは唐突に終わる。
亜人たちの島の空に、二つの穴があいたのだ。
一つの穴からは鋼で出来た巨大な鎧が大挙として押し寄せた。
一つの穴からは消えぬ炎と冷たい風が吹き荒び、人の悲鳴が聞こえてくる。
亜人達は恐怖した。彼等は争わない。彼等はただ穏やかに島で暮らせればそれでいいのだ。
だというのに、鋼の巨人たちは光を放つ杖を持って押しかけ、亜人たちを殺して回る。
亜人たちの数は減る一方だ。彼等は悲しみ、神を呪った。
我らが何をしたというのだと。
すると、もう一方の穴から、おぞましい見た目の者たちが数多現れた。
あるものは牛の頭を持った大男だった。
あるものは赤い髪と酒瓶を持つ偉丈夫だった。
あるものは剣を持ち佇む人の骨だった。
彼等は言った。死者の国に穴を開けたばかりか、間にある土地の罪なき人を殺すとは許せないと。
彼等は鋼の巨人たちに襲いかかった。
圧倒的だった。三倍はあるであろう鋼の巨人を棍棒のひと振りでなぎ倒し、刀のひと振りで切り刻み、炎を放つ黒縄で縛り上げ溶かした。
亜人達はなんとか生き残ったが、種族を保つために必要な数を大きく下回っていた。
すると、死者の国の王が現れてこう言った。
我らが同胞を置いていく。その代わり、悪事をなした者を見かけたらこちらに送れと。
こうして亜人は「鬼」と呼ばれる死者の国の者と交わり、その姿を変えていった。
鬼たちは死ぬことがなく、亜人たちの数が増えたのを見ると穴を塞いで帰っていった。
亜人は尊敬と畏怖の念を鬼に抱き、そうなる事を目指して自らを鬼族として改めた。
島を愛し、離れる事をせず、手に入れた力も悪人にしか振るわないよう努めた。
これが鬼族の始まりらしいよ?
要はあれだろ?
次元の穴が二つも空いて、ロボットが居るような世界と地獄に繋がったと。
んで、侵攻してきたロボット軍があんまり虐殺するもんだから、閻魔さま激おこプンプン丸でムカ着火ファイヤーしたと。
減り過ぎた亜人を哀れに思って獄卒を貸出して戦災復興。
んで獄卒と亜人の血が混ざって鬼族になったと。
ふーん?
それで、俺の中にも微量ながら鬼の血が流れている訳だが、父ちゃんは鬼の血が目覚めず、俺も大丈夫だろうと思っていたらあら大変。
実習で糞野郎共をみて激昴した俺の感情と魔力に呼応して、鬼さんが目覚めて、俺は意識を乗っ取られたという流れらしい。
そんで救出に来たギルじいが俺の゛鬼の角゛を折って意識を失わせたと。
バーニーとその他の子達は全員無事だそうだ。母ちゃんも元気な妹を出産なさったそうだ。
元凶の人族の貴族も、ギルじいが文字通り「地獄送り」にしたらしい。怖い。
学び舎にはもう通わなくて良いらしい。
なぜなら、俺はこれから鬼の力の制御が完璧にならないと鬼ヶ島から出られないからだ。
まじか……
妹とか見れないのか……
ドヴァンどうしてっかな?
「そんじゃ、ククルス。俺は草原にいってドヴァンの修行とエイミーを見てくるな」
「エイミー? だれ?」
「おお、言ってなかったな。エイミーはククルスの妹の名前だ」
「エイミーかぁ……」
エイミーね、エイミーエイミー。
結構我が家はG系の名前が多いからなぁ。エイミーなんていたっけ?
エイミー……はっ!
「ギルじい!! エイミーをちゃんと守ってくれよ!」
「おう!任せろ!」
ふぅ。まぁギルじいが居るならなんとかなるだろう。
テロで死んだりはしないはずだ。
「クク坊、鬼の制御は難しいよ。けど、鬼の力に目覚めると寿命が長くなるから、焦らずやっていこうね」
「何を言ってるんだリリーおばあちゃん。僕はエイミーの勉強も見なくちゃ行けないんだ。十歳までには終わらせるさ!」
「ふふふ。その前に鈍った身体を元に戻さないとね」
そう。一年間も寝ていたからか俺の身体はガリガリだ。
まずは身体を鍛え直して、鬼ヶ島の飯をかっ食らってやる。
なんとなく急展開的な
重湯
米を十倍の水で煮た後、濾し取ったもの。
昔から重病人に与えられたり、乳幼児に乳の代わりにあげたりされていた。
塩を少し入れているのがポイント。
味はあなた次第。




