人間限界を越えると意識を失うもんだが
夕食を済ませた後、ドヴァンを送るついでにグラスボードの性能試験を敢行する。
引率はぎるじいである。
見た目は四十手前でもぎるじいである。
本人何にも言ってこないしいいよね?
ドヴァンは箱型グラスボードに座り、俺とぎるじいは波に乗るようにドボル家を目指す。
通常航行は大丈夫だな。
ドボル家に着き、ドヴァンと明日から修行する旨をドズルさんに伝えたところ、笑いながら許可が出された。
修行云々より箱型グラスボードに目が行ってたような気がする。
軽すぎる気もするけど、まぁいいか。
さて、ここからが本番だ。
全力全開で飛ばす。
ぎるじいは性能的に俺のグラスボードより遅いので二分ほど先にスタートしてもらった。基本性能自体鉄のグラスボードより上がってたのでぎるじいの巨体でも時速100km以上は出てたと思う。
さて、スタート。
後方のサブ魔法陣でまずは軽く巡航する。そうしながら圧縮した酸素を噴き出すイメージを囲いで覆ったメインの魔法陣に魔力と共に送り出す。
自然と体が沈み加速に備える。フッと速度が上がる瞬間に火の転換型魔石に魔力を注ぐ。
少し間が空いて体に圧力がかかる!!視界は引き伸ばされ、体は前傾姿勢になり、遂には耐えられず板に手を突いた。
風よけの魔法陣を付けてなければ今頃地面へ真っ逆さまだっただろう。
前方を見ると速度差の影響で、ぎるじいがゆっくりとこちらへ近づいてくるように見える。
火とメインの風魔法陣への魔力供給を止める。
圧力が弱まり手を離せるようになったが気が抜けてしまった。板に股がってお尻から風のメイン魔法陣に普段の三分の二くらいで魔力を送る。
ぎるじいに並んだ。凄く長く感じたが恐らく一分も経っていないはずだ。
「おおう!もう追いついたのか!!速いな!!」
「速すぎたよ……体がついてかないや……」
「いいなぁ!乗りたいなぁ!」
「多分俺以外使えないよ……座って乗る形にしようかな……」
「えぇーかっこ悪いぞ!男なら立って乗れ!!立って乗れないなら修行だ!!」
「それより先に体の成長かなぁ……」
クタクタで家に入るとアサヒさんが笑顔で出迎えてくれた。
汗をかいていたので裸にひん剥かれて、お湯で濡らした布でくまなく拭かれたあと、寝間着に着替えさせられ俺の部屋にいつの間にか運び込まれたアサヒさんの寝袋に強制連行された。もうお婿に行けない……
アサヒさんの大人なぼでーを感じるまでも無く瞼はとじた。
新しい朝が来た。苦行の朝だ。
アサヒさんのガッチリロックからなんとか抜け出し、井戸まで出て水を飲み、顔を洗う。
居間に戻るとアサヒさん以外は集合してたので朝食だ。
今日は白パンを軽く炙ったやつと母ちゃん謹製、砂糖なしで作ったモロっていう柑橘のジャム。ピール(柑橘の外側の皮)がほろ苦くてポイント高い。それと冬の在庫の塩漬け肉を塩抜きして刻んで根菜なんかと一緒に煮たポトフ風のスープだ。一回レシピを渡してからというもの母ちゃんは覚醒したかのように料理が美味くなった。多分本人の食いしん坊もあると思う。次は甘いもののレシピでも渡そう。
腹が落ち着くまでじいちゃんと特産になりそうな物を考える。主に食べ物的な事で。
目下の目標はチーズの作成である。じいちゃんには植物性のレンネットを探して貰っている。レンネットとは乳に加える事で豆乳ににがりを入れたような状態にする酵素だ。子牛のギアラ(第四胃)からとれるんだけどチーズ作るために毎回殺してたんじゃ採算があわんので却下。となるとイチジクとかパパイヤみたいなのがあれば可能性はまだある。つーわけでじいちゃんは最近牛乳に果物の汁を入れて観察しては飲み、入れて観察しては飲みのトライ&エラーをしてもらっている。
高校の修学旅行の牧場見学の知識である。
そんなこんなしてるとドヴァンが来たようだ。
朝日を背に受けて腕を組み仁王立ちをしているぎるじい。
その高い身長もあいまってさながらガ〇〇スターのようだ。
「これより修行をはじめる。たとえ孫であっても指導を受けている間、俺の事は師匠と呼ぶように!!」
「「はい!!師匠!!」」
「では!!まず座れ」
「「え?」」
「まーまー。いいから座れ」
「「はい」」
「まずはお前達がどうなりたいか聞く。草原の民は力が無い。重さがない。タッパがない。その弱点を理解した上でどういう風に戦いたいか考えろ。取り敢えず!」
ドスっと木の棒を地面に突き刺す。
「この棒の影がこの辺に来るまでに考えろ」
ぐりぐりと指で印を付ける。
「あ、相談はしてもいいぞ」
「ククルスは思い付いた?」
「うーん。取り敢えずあれだな。食材が傷つかないように一撃で仕留めたいな」
「ククルスはいっつも食べ物だね」
「旅に出るのも食べたいからだしな。ドヴァンは思い付いたか?」
「僕は怖がりだから、戦いの中で死なないようになりたいな」
「畑作るまで死ねないもんな」
「それじゃ僕まで食いしん坊みたいじゃないか〜」
「決まったか?じゃあククルスからな」
「俺は魔獣の首を一発で落としたい」
「人と戦う事になったら?」
「逃げる。逃げられないならヨトゥンと一緒に倒す」
「わかった。ククルス。お前には剣を教える。
お前には速さと技術が必要だ。悟られず、迅速に獲物に近づく速さ。その速さを殺さないで滑らかに首を断つ技術。五歳になって学校へ行ったら聖剣教会の派遣司祭の前で職業を二つ選ぶ。
ククルス、お前はそのどちらかに暗殺者を選べ。姿を見せず一撃で首を断つ。お前にはぴったりだ」
「ドヴァン。決まったか?」
「ぼ、僕はなるべくなら戦いたくない」
「どうしても戦わなきゃいけない状況なら?」
「どうしても戦わなきゃいけないなら。僕は生きていたい。活路が開けるまで、誰かを守れるまで生きていたい。絶対に死にたくない」
「わかった。ドヴァン。お前には盾と槍を教える。
お前は臆病者だ。身を守る盾と敵の攻撃の届かない範囲から攻撃出来る槍はぴったりだろう。だけど草原の民には力も重さもない。盾で受ければ弾き飛ばされるだろ。槍で攻撃しても貫けないだろう。
お前には技量と冷静さと判断力が必要だ。盾で受け流す技量、槍で貫く技量。敵を見極め、全体を見て機会を逃さない冷静さと判断力。お前も五歳になってから職業を二つ選ぶ。
ドヴァン、お前はそのどちらかに騎士を選べ。仲間が犠牲になれど、大義のためなら犠牲と解っても託し引く冷静さと判断力。お前の目指す戦闘に役に立つ」
そう言い切るとぎるじいはおもむろに立ち上がりテントの中へ入って行った。
一度戻ってくると剣と槍と盾を先ほど座っていた辺りに乱雑に投げるとまたテントの中へ入ってしまった。
またしばらくすると大きなぎるじいの身の丈ほどある槌を持ってきた。
それも地面に放ると、今度はじいちゃんの別邸につかう俺の胴体くらいの太さの丸太を担いでドスりと立てた。更に槌を拾って叩きつける。
「いいか、ククルスよく見ていろ」
そう言うと剣を拾って丸太に刃を立てた。
刃を根元からゆっくりとスライドしていくとまるで熱したバターナイフでバターをなぞったようにするりと剣が丸太を水平に通過した。柄尻で軽く叩くとグラグラと丸太の上部が動きやがてバランスを崩してドスンッと落ちた。
「いいか、ククルス。刃渡り全てを使え。走ってもいい、魔法で加速してもいい。ああ、あのグラスボードを使ってもいい。この剣で同じ事が出来るようになれ。ただし、一回で切れ。一回で切れなきゃ別のとこを切れ。やれ」
「は、はい」
剣を手渡された。
この立てられた丸太を切らなくてはいけない。
途方に暮れる暇はない。美味いメシが待っている。
一撃で首を断つ。
そのイメージで俺は剣を持ち、丸太に刃を立てた。
どれほどだろうか。
丸太に剣をスライドし続けた。
縦に、斜めに、横に、切り下げて、切り上げて。
走って、腕に風を当てて、体ごと加速して。
何度か三分の一ほど食い込む時がある。しかしそれは試した考えが失敗して破れかぶれで力なく振るった時だったように思える。
腕の力を抜く、刃の根元を当てる。体ごと剣を薙ぐようにスライドさせる。これだ。
また、三分の一ほど切れた。この感覚でっ!?
「ぎゃっ!!」「がぁっ!?」
なんだ?何がぶつかった?
剣はどこ行った?
あれは……ドヴァン!? ドヴァンが倒れている!!行かないと!!
「ドヴァン!! 大丈夫!?」
「触るなククルス!! ドヴァン!! ククルスの手は魔獣の口だと思え!! 受け流せないからそうなる!! いいか!! 地面を使え!! 迫って来るものに合わせて盾を引け!! それ以上盾を引けないなら体を捻れ!! 捻れないなら盾ごと飛ばされて態勢を立て直せ!!」
「ぐっ。ううぅ。はいっ」
ドヴァンは駆け出す。盾を拾い構える。両手持ちから片手に持ち替え打ち込まれた槍の最後まで流しきる。
ああ、あんなに泥だらけになって……
駄目だ、このままだと負ける……
やらないと、斬らないと……
昼食を待たずドヴァンは倒れ、俺もその少し後倒れた。
メヲサマスと夕方ダッた。
ウデガアツイ。
トナリニドヴァンもねてイル。
頭がボヤケる。
マたねむッテシマイソうだ。
声がキコエル……
「明日は修行休みだ……ウレシクテヤリスギチマッタ……ドヴァンも今日は泊まっていけ。家には俺が連絡しに行く」
ああ、ネムくなって……
ギルバルトさんは加減がよくわからない人
イチジク
長く人間に親しまれる果実。
不老長寿の果実なんても言われる。
どっかのばあちゃんは南蛮柿と言っていた。
用途は多岐に渡る。生でも美味しい。乾燥させたり加工品も多い。
お尻の病でお世話になるのとは形以外接点は多分ない。
パパイヤ
踊るアフロ。
ウリ科の多年草の果実。
木っぽいけど草らしい。
黄色く、甘くなった果実を食べるイメージが強いと思うが、アジア圏では青いパパイヤを炒め物なんかでよく食べる。青マンゴーと青パパイヤのサラダとか、割と用途は広い。
筆者は空芯菜の炒め物の次くらいに青パパイヤの炒め物が好き。