冴えない俺の顛末
やりたい様に書きます。
見てくれる人がいたら嬉しいです。
……壮大かつ壮快な最後にしてやろう。
そう決心してから、今日で2ヶ月が過ぎた。
今日だ。
今日しかない。
俺は最後の一本になったスパゲティをパキリと噛み砕く。
これが最後の食料だった。
これが胃袋に収まれば、いよいよ言い訳一つ残されていない。
……パキン
……パキン
30cm程度の固いスパゲティを丁寧に噛んでは飲み込む。
短くなっていくそれを見ながら、ぼんやりと思い出すのは厳しくも優しかった親の事。
もう何年も連絡は取っていない。
次は出来のよかった妹の事
若くして年上の男と結婚して子供も生まれたらしい。
もう何年も連絡は取っていない。
次に思い出す事は……もうないか。
ない、というよりも思い出す事すらしたくなかった。
対して裕福でもないのに大学まで行かせてくれた親の期待を裏切って、役者などという修羅の道に進んだ事が
終わりへの始まりだった。
最後の最後でようやく気づいたさ。
俺に演技の才能なんてなかったって事を。
顔も大してよくないって事も。
なんで誰も教えてくれなかったのだ。
教えてくれたら俺だって素直に就職だってしたさ。
そこそこ幸せな家庭を築いて、それを大切に守る男になった筈だ。
美人でなくても笑えばソコソコ味のある嫁。
仕事に疲れても、帰ればそんな嫁が暖かいご飯を作って俺を待っている筈だった。
こんな、すでに茹でる事すら許されないパスタなんて、食べていなかった筈だったのに。
……いや、そんなこともないか。
国立の、その最上級へ入学なさった優秀な妹様と違って、ギリギリ3流に足が届くか届かないかの底辺大学出身の俺だ。
行く着く着地点は今とそう変わらないんだろう。
それが無性に可笑しくなって、苦笑する。
久しぶりに笑ったのが自虐とは。
まぁいいさ。
これで最後だ。
俺は決心し、最後のパスタの残り半分を飲み込むと立ち上がった。
最後の舞台は決めている。
向かいの高級マンション。18階建て。その屋上。
俺は今日、そこから飛ぶ。
震えはない。
死ぬ事など今更恐ろしくない。
苦渋は飲んだ。
俺は何者でもなかった。
それに気がついた今、俺は既に生きていない。
だから、せめて派手に散るのだ。
俺はマンションのセキュリティが甘い駐輪所から身を滑り込ませてマンション内へ。
何食わぬ顔でエレベーターに乗り一気に最上階へ向かう。
屋上への扉には安物の鍵がついていたのだが、無理矢理扉を引いたら呆気なく壊れて落ちた。
俺は舞台に躍り出た。
「……おぉ……すげぇ……」
満点の星空だった。こんな都会でこんな星空、見れる事もあるものなのか?
はは、は。
皮肉なもんだ。
今まで都会で俺に光が当たる事など、一度たりともなかったのに。
最後の最後で……死ぬ時ばかり、こんなお膳立てとは。
神様も本当に意地が悪い。
まぁ据え膳食わぬは男の恥って事だろう。
俺は最後にもう一度だけ小さく笑うと、2m近い柵を乗り越えるべく柵に手をかけた。
自分でも驚くほど自分の体は軽かった。暫くまともな食事などしておらず、体重は激減している事だろう。
それ以上に、これから死ぬのだと言う、その不思議な高揚感が、自分に驚くほどの力を与えていた。
グイグイと体を揺らしながら俺はあっという間に柵を飛び越えると、俺はマンションの端に足をかけた。
よし。行くか。
あぁ、これで最後。最後だ。
よし……うん
高い……な。
想像以上に高くねぇか?
……いや、いやいや、当然だ。何のためにここにいる?
確実に死ぬ事が出来ないなんて、それこそ悲劇だ。
この高さだ、落ちたら即死は必死だ。
完熟トマトよろしく、きれいに弾け飛ぶ事請け合いである。
改めて覗き込むとその暗闇はまるで18階建てとは思えないほど深く続いている。
まるで悪魔が俺を飲み込まんと口を開いてい待ち構えている様だった。
……こわぁ……
俺は唾を飲んだ。
いや、うそうそ!嘘です!
あぁ、いいじゃあないか!
望むところだ!死んでやるさ!俺は本当はやれば出来る子だって子供の頃、ばあちゃんが言ってくれたし!
死ぬぜ!俺は!
死んじゃうぜ!
死んじゃうな!
死んじゃうよ……な。
……え?
危なくね?落ちたら死んじゃうじゃん!
柵を握る俺の手に力が籠る。
落ちたら死ぬ。地に落ちれば弾け飛ぶ。すべてを撒き散らして。
だ…だめだ。
そ、そ、そうだ。誰が掃除をする?死んでまで人に迷惑かけるってどうなの?
人としてどうなのさ!?
あっ……ぶな!
そうだ!もう少しきれいでスマートな方法を探そう。練炭とか?奇麗に手首に刃物でも当てるか?
そう、そうしよう!
とりあえず帰ろう。
明日!
明日がんばる!
俺は鋭く頷くと回れ右で柵に足をかけた。
ギシギシと音をたてながら、俺は先程と同じようにまた柵をよじ上る。
行きは気がつかなかったが冷静になって見ると野ざらしの柵は所々錆びており何とも心もとない。
急に背筋が冷たくなる。
俺は出来るだけ丁寧に体を持ち上げる。
体が重い。行きとは違う。自分の体では無いかのように体が重い。
重いというよりも、まるで何かに体を引かれているかの様な……
体に生温い空気が絡み付く。
俺は身震いして、その『何か』を振りほどくように手に力を込めて身を揺らした。
上り終えるまでが、まるで千里の山にも錯覚するほどの疲労を覚えながらもようやく柵の上端に手をかけ、ホッと息を吐いた時だった。
“バキンッ!”
逃がさないとばかりに背中の悪魔が笑い声を上げた様な錯覚。
いやそんな馬鹿な訳がない。
何かが……いや恐らく、いや間違いなく柵が……折れた音だよな?
俺の体は柵ごと緩やかに傾いていく。
しかもご丁寧に即死コースへ。
「え、ちょ……っと?うっ……そだろ!」
慌てて身を伸し上げようするが、一度傾いた柵は俺の体重をまるで支える事なく奈落に向かって折れ曲がる。
「え!や、やめろ!が、がんばれ!がんばって!頑張って下さい!!」
“バ•キ•ン”
まるで俺が生きる事を「駄目だ」と言わんばかりに最後の音が鳴った。
俺の体は支えをまるで失い、暗闇に一直線に落ちていく。
「う……わぁ……ぁぁああああああああああああああああ!」
死にたくない!死にたくない!死にたくない!
ごめんなさいごめん!ごめんなさい!
死にたくないんだ!
死にたくなんかなかった!
何でもする!死ぬくらいなら死ぬ気で何でもする!
だから!
誰か助けてくれ!
既に声にならない叫びを上げた時だった。
『……何でもですね?言いましたね?返事はいらない!答えなんて聞きたくない!それでは契約成立ですぅ〜♡馬車馬のようにこき使ってやりますからね♡ではでは、お待ちしてまーす♡』
まるで頭を殴られた様な衝撃と共に様に声は俺の頭で激しく反響した。
瞬間だった。
今度は緩やかに頭から地面にのめり込んでいく。
ゆっくりと、ゆっくりと俺の頭部が原型を失っていくのが解る。
四散していく俺の中身ダッタ物。
手を伸ばして探りたいが、それもどこに有るのやら。
生きていた最後の実感。
愛おしさすら感じる、最高の激痛と共に俺はブラックアウトした。
黒い。
……何もわからない。
……いや、ただ一つだけ、薄れる意識のなか驚くほどにはっきりと解る事が一つだけ。
俺は今、確かに
しんだ。