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ひらり、蝶のような  作者: 五十鈴スミレ
ふと気がつけば森の中
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8.荷物なら恥ずかしくないのです



 こうなったら、なるようになれ、だよね!


 私は色々とあきらめたり吹っ切ったりして、エリオさんに協力することにした。

 少しでも自分のことがわかる可能性があるなら、それにかけたい。

 過去なんてどうだっていい。と迷いなく言える人はほとんどいないと思う。


 そんな台詞は、運命のイタズラによって惹かれ合いながらも、血塗られた過去を持つ穢れた私はあなたにはふさわしくない……って身を引こうとする乙女に王子さまが真摯なまなざしで告げるものだって相場が決まってる。

 血塗られてるのに乙女? なぜに相手役が王子さま? なんてツッコミはご遠慮願います。

 きっと心は清らかなんですよ! もしお相手が騎士さまだったりしたらそっちこそリアルに血塗られてるじゃないですか!

 というか今いっぱいっぱいで妄想力が働かなくなってるんだよ許してっ!


 と、まあ、私は乙女に恋する王子さまじゃないので。

 過去がわからないのはやっぱり怖かったりする。

 協力しますよ、させていただきますよ。どう協力すればいいのか一切説明ないけどね。

 藁にもすがる思いってこういうことを言うのかな。


 藁は藁でもエリオさんはとっても丈夫な藁な気がするよ!


 これだけ言うってことは、ちゃんと協力できることがあるんだろうし。

 エリオさんにも得があるんなら、必要以上に気に病むこともない。

 助けてもらった分、お返しすればいいんだから。


「えりおさん」


 私は教えてもらった名を呼んで、目をあわせてしっかりと頷く。

 それだけで意志は伝わったみたいで、エリオさんは表情をゆるめた。


「ありがとう。少しでも嫌だと感じたらいつでも言ってほしい。

 君に負担がかからないよう尽力するよ」


 やわらかな声にはエリオさんの気遣いがたっぷりにじみ出てる。

 それに関してはあんまり心配してなかったりしつつも、私は笑って応えた。


 さすが、イケメンはマメだなぁ。

 同じ美形でもエリオさんは王子さまより騎士さまタイプな気がする!

 人の身に収まらないほどの力を生まれ持ってしまったゆえに病弱なお姫さまを案じて、常に傍にひかえてる騎士さま。

 姫の憂いを少しでも取り除けたらと、面白おかしく噂話を語ったり、陽気にふるまったり。

 いつしかそんな騎士さまに姫さまは惹かれていって……うん、おいしい。

 その場合、私は侍女Cにでもなって二人を観察していたいです。


 なんて妄想で遊べるくらいには、私の神経は図太いらしい。

 非常事態にもかかわらずエリオさんを鑑賞してたりね。妙にシリアスにもひたりきれてないしね。

 もちろん、落ち着いてられるのはエリオさんのおかげでもあるけども。

 私はそんなにヤワじゃない。過去の自分を知らなくっても、なんとなくわかる。

 だから、負担だとかそういう心配はいらないのです。


 エリオさんなら悪いようにはしないだろうし、大丈夫。


 そう、無条件に信じちゃったりしてる部分もある。

 刷り込み? その可能性も否定できません。


 だいたいね、記憶もここの知識もなんにもない私なんて、エリオさんにとっちゃ赤子同然だと思うのです。

 エリオさんの声や話し方は、優しいのに確かな芯がある。

 話術がすごいのかは私にはよくわからないけど、なるほどって納得させられちゃう。

 私の意思関係なく協力させることもたぶんできたんじゃないかな。


 質問するときだって、なんだって。

 エリオさんは毎回ちゃんと、私に聞いてくれた。

 話せない私の表情や動作から、思いを読みとってくれた。

 気配り上手で、名前を教えてくれて、笑顔がちょっとかわいくて、天然キザ……は置いといて、とにかくいい人。

 そんな人を疑えっていうほうが私には無理な話だよ。


「協力内容に関しては、タクサスも交えて話し合わないとね」


 何をすればいいか説明してくれななかったのは、まだ決まってなかったかららしい。

 そうつけ足した声のトーンは少し明るかった。

 私が承諾したことでほっとしたのかな。選択肢なんてなかったようなものだと思うんだけど。

 まあ、エリオさんがうれしいなら、別にいいかぁ。


「もうすぐ屋敷が見えてくるはずだよ」


 エリオさんの言葉に進行方向に目を向けてみる。

 ……相変わらず木しか見えません。

 この森――ルーの森、だっけ? かなり深いみたいだ。

 木々のすき間からわずかにこぼれ落ちてくる日の光。

 行けども行けども周囲に広がるのは草木ばかり。

 さっきからほとんど同じ景色なのに、何を目印に進んでるんだろう。


 あ、《賢者》だとかっていうすごい人みたいだから、いわゆるチート能力?

 そう考えれば色々納得、かも。

 知識を移す魔法とやらも、簡単に使えるものじゃなさそうだったし。

 普通なら私みたいな一般人が気安く接していい人じゃない気がしてきましたよ。

 緊急事態だから情状酌量の余地はあるはず!


 パサ、と目の前で音がした。

 私の顔めがけて落ちてきた大きな葉っぱをエリオさんが払った音だ。

 ビックリして目を瞬かせてると、「大丈夫?」と心配そうな声が降ってくる。

 うまく回らない頭で、それでも何度も頷く。

 エリオさんが払う音で、葉っぱが落ちてきてたのに気づいた。

 私って鈍いのかな。ううん、きっとエリオさんが鋭いだけだよね。

 垂れ下がった枝や長く伸びた草も、人一人抱えてるとは思えないくらい器用によけてる。


 私、重くないのかな? 自分で歩いたほうがいいんじゃないかな?

 これ以上迷惑もかけたくないし、降ろしてもらおう。

 ちょいちょい、エリオさんの襟巻きを引いてこっちを向いてもらう。

 足を軽くぱたぱたと動かして、それから地面を指さす。


――自分で歩けるので、降ろしてください。


 これくらいのジェスチャーはエリオさんになら伝わるはず。

 タクサスさんだかの屋敷はもう近いらしいから、歩けない距離じゃないと思う。

 そもそも足がしびれてただけで、具合なんて悪くなかったし。

 正直お姫さま抱っこも恥ずかしいしね!


 エリオさんは考えるように視線をさまよわせてから、口を開く。


「あと少しだから、我慢してもらえるかな。

 森を裸足で歩くのは危ないよ」


 ……へ?


 私は自分の視界に入るように、抱えられてる膝を伸ばしてみる。

 ……なんにも履いてない肌色が見えた。

 全っ然、気づかなかった!


 記憶がないこと。話せないこと。エリオさんのこと。これからのこと。

 たくさん驚くことがあって、たくさん考えなきゃいけないことがあったから。

 自分の格好とか、全然見てなかった!

 うっかりすぎるよ私!


 イケメンにお姫さま抱っこは標準装備なのか、なんて思っちゃってごめんなさい。

 草とか石ころで足を傷つけないように、だったんだなぁ。

 色々とつっこみたかったけど、いさぎよくあきらめて荷物に徹しよう。





 私は荷物です。荷物ったら荷物なのです。


 荷物なら恥ずかしくない!







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