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ひらり、蝶のような  作者: 五十鈴スミレ
ふと気がつけば森の中
7/48

7.選択肢は用意されてなかったようです



 エリオさんの優しげな声が耳の裏に残ってる感じがする。

 私は何も考えずに頷きそうになるのを、ぎりぎりのところで踏みとどまった。


 保護。衣食住と身の安全の保障。


 他に頼れる人のいない、もしあったとしてもわからない私には、願ったりな申し出だ。

 むしろ、私にとって都合がよすぎるんじゃなかろうか。

 旨い話にゃ裏がある。馳走終わらば油断すな。

 そんな言葉が頭をかすめた。


 ただ、困ったことにエリオさんを怪しむ気持ちはこれっぽっちもわいてこない。

 エリオさんはいい人。

 出会って一時間も経ってないのに、私の中で疑いようのない事実になってる。

 そりゃあ、100%善意ってわけじゃないだろうなぁとは思うけど。


 現に、エリオさんは『協力してほしい』って言った。

 私がすぐに頷かなかった理由はそれだ。

 話の流れからして、エリオさんが受けた依頼にってことだろう。

 たしかに、こっちが一方的に助けられるっていうのはすごく心苦しい。

 魔法で言葉が理解できるようにしてくれたり。知らないこといっぱい教えてくれたり。もう十分すぎるくらい色々してもらってるから。

 ギブアンドテイクならいいかなぁ、なんて気も楽になったりする。


 でもね、ちょっと待ってほしい。

 協力って言われても、私は何にも覚えてないわけで。

 どう協力すればいいのか、そもそも協力できることがあるのかもわからない。


 それって、結局タダでお世話になることにならない?


 なんて思っちゃうわけだ。

 交換条件の意味ないじゃん! テイクアンドテイクじゃん!


 私は心配になってきていた。

 エリオさんがありえないくらいいい人すぎて。

 もし私が嘘ついてたりしたら、どうするんだろう。

 簡単にだまされる人には思えなくっても、万が一ってこともあるはず。


 正直、私に選択肢なんてあってないようなものなんだけど。

 というか本当に全然まったくもってないんだけど。

 自分の身なんかよりそっちが気になっちゃって、私は返事ができずにいた。


 何も反応しない私に、エリオさんは苦笑する。

 疑われてるって思ってるのかな。


「実を言うと、オレは君を見つけた時点で、すでに保護する義務があるようなものなんだ」


 へ? 義務? いきなり何?

 たぶん、私はすごくマヌケ顔をしてる。


 義務って、立場上とか身分上、しないといけないことっていう意味の義務だよね。

 道徳的なものだとか社会的なものだとかたくさん種類はあるけど。

 それを放棄した場合は罰せられたり、エリオさんが何かしらの不利益を被るってことだよね。


 どこの誰かもわからない私を保護しないといけない義務って、どんなの?

 そんなへんてこな義務を持つエリオさんって……何者?


「《賢者》って言ってもわからない、かな」


 重要っぽいキーワードが出てきた。

 賢者。賢い人。言葉の意味自体はわかる。

 でも、エリオさんの言う《賢者》には、それ以上の意味があるような気がする。

 やっぱりというか、含まれてるものがなんなのか、私には予想もつかない。


 国や町の名前を聞いたときにも感じた、違和感。

 言葉の意味は、魔法のおかげで理解できる。

 けど、固有名詞についてはその限りじゃないらしい。

 ここでは一般常識とされてるようなことが、何にもわからない。


 違和感は、実はそれだけじゃなかった。


 しゃべれなくても、私の思考回路は正常に動いてる。

 エリオさんの言葉に納得したり、おかしいって感じたりしてる。

 それは私の中に、私にとっての一般常識や、いつ得たのかわからない知識が根づいてるってこと。

 そのせいで、ずっと、思考に感情がついていってない違和感があった。


「詳しい話はタクサスの屋敷で、と思ってたけど。

 《賢者》についてくらいは軽く話しておいたほうがよさそうだね」


 エリオさんは私を安心させるように笑いかけてくれた。

 ……不安がってたの、気づかれたかな。

 とりあえずは、説明してくれるならちゃんと聞こうと、私は視線で先を促す。

 一つ頷いて、エリオさんは私を抱え直す。……うん、抱え直された。


 そういえば私、お姫さま抱っこされたままだった!!


 ぬくぬくとした体温だとか、意外とがっしりしてる腕だとか。

 色々と気づいちゃうとね、こう、いたたまれなくなってくるわけです。

 王道展開に反応するの、今さらすぎますがすっかりきっぱり忘れ去ってました。

 美形な男性にお姫さま抱っこされたら、きゃー降ろしてー! って大騒ぎするのがお約束なのに。

 きゃーって悲鳴をあげるためには特訓が必要そうですが。


 なんて、思考が脇道にそれまくったかいもあって。

 記憶がないことへの不安も恐怖もいつのまにかどこかにすっ飛んでっちゃってた。


 私って、シリアスに向いてないみたい。

 こういう状況でも深刻になりすぎずにすむから、得な性分なのかなぁ。

 もう、いいや。開き直ります。

 まずはエリオさんのお話をちゃんと聞きます。

 説明受ける前に気持ちを切りかえられてよかったよかった。


「神々に最も愛されし者。

 《賢者》は一般的にそう称されてる」


 エリオさんは淡々と他人事みたいに話す。

 なんだか……すごく……うさんくさいです。

 神々って、宗教ですか。私、勧誘されてるんですか。

 思わず胡乱な目を向けた私に、エリオさんは曖昧な笑みを返してくる。


「簡単に言うと、人民を善き方へ教え導くようにって神々から力を授かった人たちのこと。

 オレは《賢者》の一人。

 君を放っておいたりしたら、神様にどやされるよ」


 どやされる……ずいぶん神さまに対してフレンドリーですね。

 エリオさん、すごい人だとは思ってたけど、本当に選ばれた存在だったみたいだ。

 神さまに愛されてるなんて言うわりに、エリオさんがその神さまを崇めてるようには見えない。

 バチが当たる、とかそんな軽い意味合いなのかな。

 助けられっぱなしでも気にするなって?

 勧誘されてるわけじゃないなら実害はなさそうだし、神さまうんぬんはひとまず気にしないでおこう。


「保護って言っても、生活に不自由しないよう取り計らうってだけ。

 君が望むなら、身寄りのない人のための施設を紹介することも、住み込みで働ける場所を探すこともできる」


 とことん至れり尽くせりだなぁ。

 《賢者》って何でも屋みたいなものなんだろうか。

 エリオさんが優しすぎるんじゃなくて、《賢者》だから優しくしないといけないの?


 優しくするのが義務なんて考え方は、ちょっと寂しい。

 やっぱりそういうの関係なく、エリオさんは優しい人だと思う。


「ただし……」


 エリオさんは私の注意を引くためにか、そこで一旦口を閉ざした。

 重要なことを言おうとしてるんだって私でもわかる。

 あんまり緊張してないのは、エリオさんの持つ穏やかな空気のおかげ。

 真剣な顔をしたエリオさんから目をそらすことなく、私は続く言葉を待つ。



「君が協力してくれるなら、自分のことを思い出せる可能性は確実に高くなるよ」



 ――さて、ちょっと情報を整理しようか。


 私は何にも覚えてなくて、森にいた理由もわからない。

 エリオさんいわく、森で見つけられた出所不明の品々と関係してるだろうとのこと。

 協力するなら、思い出すための手助けをしてもらえるらしく。

 協力しない場合は……自然に思い出すのを待つしかない、ってことだよね。





 ……うん、そっか。そういうことか。


 私に選択肢が用意されてないのはすごーくよくわかりました。







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