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ひらり、蝶のような  作者: 五十鈴スミレ
目が覚めて、それから
33/48

33話 伝えられた言葉



 申し訳程度のノックをして、返事を待たずにエリオはドアを開けた。


「遅かったな」


 正面の執務机で何やら書き物をしていたタクサスは手を止め、顔を上げる。

 それに対してエリオは、ちょっとね、と答えるだけにとどめた。

 思ったよりフィーラとの話が長くなってしまったのだと、理由を言ったとしても、それ以上追求されることはないだろうけれど。

 あまり、このことについて他の人に話したいとは思えなかったのだ。

 それがどういう理由によるものか、深く考えてしまわぬようエリオはすぐに本題を切り出す。


「で、三階に来ちゃダメって、どういうことか聞きたいんだけど」


 執務机に手をついて、エリオはにこりと笑む。

 ごまかされないよ、という意味を込めて。


「言ったとおりの理由だとは思わないのか?」

「思うわけないでしょ。それだけなら、オレに伝えればいい話だもんね」


 わざわざ降りてこなくとも、言伝てる方法はいくらでもある。

 あんな中途半端な時間に、たった一言伝えるためだけに姿を見せるなんて、あまり考えられない。

 フィーラの人となりを見たかった、ということかとも思ったが、タクサスの様子を見るにそれだけではないようだ。


「俺も詳しいことは何も知らない。

 ただ、みどりにそうしろと言われただけだ」


 出てきた予想外の名前に、え、とエリオは目を見張る。


「みどりちゃん、起きたの?」

「ああ、わずかな時間だけだったが。気づかなかったのか」

「そんな気配はなかったよ。タクサスが起きたのには気づいたけど」


 人の持つ魔力は、持ち主の状態によって変化する。元気なとき、怪我をしているとき、たとえば寝ているときと起きているときにも。

 魔力に敏感なエリオは、フィーラと話している最中、タクサスが目を覚ましたのだとすぐに気づいた。

 逆に言えば気づいたのはタクサスのことだけ。みどりはいまだ眠りについたままだと思っていた。


「……そうか、ほとんど寝ている状態だと言っていたからな」

「それも世界の御子様のお力、ってこと?」

「そうらしい」


 ほとんど寝ている状態、というものがどういうものか、タクサスもよくはわからないようだ。

 今に始まった話ではないが、本当にみどりは謎が多い。


「で、みどりちゃんにフィーラに会うように言われたってわけ?」


 そうしろと言われた、だけでは説明が足りない。

 端的すぎて言葉が足りないのはいつものことだが、今回はどこまで事が大きくなるか読めない分、お互いの認識のずれは少しでもなくしておくべきだ。

 なぜフィーラのことを知っているのかはわからないが、落ちてきた彼女を受け入れたのがみどりである以上、その程度は不思議なことでもなんでもないのかもしれない。


「正確には、名前を呼んであげて、と言われた」

「名前、って……」


 それは彼女の本当の名前のほうなのではないだろうか。

 フィーラというのはエリオがつけた仮の名前だ。それを呼ぶことになんの意味があるのか。

 そう言おうとして、けれどみどりの真意を推し量ることが自分にできるのかと、エリオは口を閉ざした。


「願掛けか?

 案外、かわいらしいことをするんだな」

「……別にいいでしょ」


 フィーラと名づけた理由を、タクサスは正確に汲み取ったらしい。

 名前の意味を知りたがっていたフィーラには、つい表面的なものしか教えられなかった。

 蝶のような、という名に込めたエリオの願い。

 教える日が来るなら、その願いが叶う日、彼女が帰る日であればいい。

 別段、知られたところで特に困るものでもないのだけれど。


 それよりも、今気になるのは。


「みどりちゃんは、何を知っているんだろうね」


 ため息混じりにエリオはそうこぼす。

 気を失っていたはずのみどりは、タクサスに助言をできる程度には状況が見えているらしい。

 どうして、などというのは世界の御子には愚問なのだろうか。

 さあな、と答えながらも、同類を見るような目をエリオに向けてくるタクサスも、似たようなことを思っていたのかもしれない。

 あるいは実直なタクサスなら、みどりにそのまま尋ねた可能性もある。


「みどりにとって、フィーラはどうやら大切な存在なようだ。自ら受け入れたのだとしっかり認めた。

 だが、今はまだ会うわけにはいかないらしい。

 わかるのはその程度だ」


 大切な存在、とはどういう意味なのだろう。

 昨日落ちてきたばかりのフィーラを、まるで友人のように語る不可思議さ。

 エリオへの牽制かもしれない。下手に扱うな、という。

 愛らしい容姿をしたみどりが、外見そのままの性格をしているわけではないとエリオは知っている。


「ご丁寧に三階に結界まで張ってあるもんね。

 理由があれじゃ、フィーラが好奇心に負けちゃうかもしれないから?」

「念には念を入れるべきだろう」


 この部屋に来るときに気づいた、睡眠の術のように対象を限定した結界のことを告げれば、生真面目なタクサスらしい言葉が返ってくる。

 実際、あの言い方ではあまり緊張感もなく、本気で禁じられているようには聞こえなかった。

 なんとなく、フィーラなら言いつけを破りはしないだろうと思うが、それはエリオの主観でしかない。


「それと、これは言っておくべきだろうな」

「何?」

「白竜が来るそうだ」


 タクサスの言葉に、エリオは時間が止まったような気がした。

 は、と短く息を吐くことができて、ようやく息を止めていたことを知る。

 白竜、とは。

 それが誰であるか。いや、何であるか。

 賢者として、そしてその前に同じ血を引く者として、嫌でも知っている。


「……なんで?」


 もれ出た声はおかしなくらいかすれていた。

 できることなら、関わりたくない。

 嫌っているわけでも、何か恨みがあるわけでもないが、今すぐここから逃げ出したいくらいには、会いたくないと思ってしまう存在。

 フィーラの保護者になった以上、そんなことは許されないとわかっているけれど。


 それでも、誰だって目を背けたいことの一つや二つ、あるものだろう。

 エリオの場合はそれが、竜という、自分にとって近くて遠い存在なのだった。







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