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ひらり、蝶のような  作者: 五十鈴スミレ
賢者たちの思惑と困惑
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14話 世界の御子の意思



「みどりは、彼女を受け入れた」


 唐突に、タクサスはそう言い出した。

 彼らしくない話の転換に、エリオは瞳を瞬かせる。


「彼女が無事にこの森に落ちてこれたのは、みどりのおかげだ」

「……みどりちゃんの?」


 予想外の言葉に、あの、息が止まるほどの衝撃を思い出す。

 前触れもなく発生した不自然な魔力は、大気を乱し空間の理を歪めるほど。

 その歪みの中心の少女にどこも異常がなかったのは、薄金の魔力に守られていたからだと思い込んでいた。

 タクサスが宙をつかむように手を動かすと、その手に紙の束が現れる。


「過去、落ち人出現時に生じた歪みの規模の記録だ。比べてみると明らかに今回の歪みは足りない。

 落ち人自体が珍しいから、記録数もあまり多くはないが」


 言いながら渡された資料には、たしかに彼の話すとおりの内容が記されている。

 こんな記録が残っていることすらエリオは知らなかった。

 あれで足りないとなると、落ちてきたときの衝撃で町一つ消えてなくなってもおかしくはないような気がしてしまう。何より落ち人が生きていたことが不思議だ。

 いや、逆にそれほどの魔力だからこそ、周囲への悪影響を抑えられたということなんだろうか。


 歪みは、大気に交じった魔力の濃度の差によって発生する。気圧差で風が吹くように、魔力差によって魔力は循環する。

 その差が大きすぎればうまく循環できずに、歪みを生む。濃厚な魔力が凝り固まれば、一種の起爆剤になる。

 今回と違い過去の自然発生した大規模な歪みは、その起爆剤すらも無効化するほどの力を有していたのかもしれない。

 エリオは落ち人などの超常現象に詳しくないため、想像の域を出なかったが。


「その分を、みどりちゃんが補ったってこと?」

「おそらくは」


 少ない言葉で彼は肯定する。

 少女を抱えて屋敷に戻る際、エリオは気づかれない程度に回り道をして、余波にも似た歪みを正していた。過剰な歪みを正常化するのも《賢者》の役目の一つ。

 本来ならこの森を守るタクサスの役目だけれど、少しでも彼の負担を減らすためにと。

 歪みの中心の少女とその余波を足したとしても、今思えばたしかに、足りないと言われれば納得できる規模の歪みだった。

 大半をみどりが受け入れたから、あの程度で済んだということか。


「界を越えた衝撃を、みどりが受け入れることで緩和したようだ。倒れたのはその反動だろう。

 本人の意思なら、俺でも防ぎようはない」


 複雑そうな表情をしながら、タクサスは諦めたようにため息をつく。

 どうりで、とエリオは納得した。

 みどりが倒れたとき、彼が動揺していた理由。

 彼女はタクサスの保護対象だ。屋敷にも彼女にも、常に強固な守りを敷いている。

 特に今回のような不可思議な出来事が続いていた状況なら、いつも以上に充分に備えていたはずだ。

 にも関わらずあっさり被害を受けるなんて、おかしいとは思っていたのだ。


 鉄壁の守りを破ったのは、どうやら内側――保護対象自身、ということらしい。

 たとえるなら強盗を家に招き入れるようなものだろうか。みどりが犯人の持つ凶器に気づかないとは思えない。

 どうしてそんなことをしたのか、当人に聞けない今、知ることはできないけれど。保護者としてはため息の一つもつきたくなるだろう。

 いや、ため息で済むタクサスの自制心を褒めるべきか。

 数日は目を覚まさない、と診断したのは他でもない彼だ。どれほどの衝撃をみどりが受けたのか彼は理解している。

 もしもエリオが同じ立場なら、やりようのない怒りを覚えて物にあたっていそうだ。


「拒むことはできなかったの?」


 なんとなく答えがわかりつつも、一応エリオは訊いてみる。

 みどりが招き入れてしまう前に扉を閉ざすことはできなかったのかと。


「世界の御子の意思を、俺が曲げられると思うか」


 それは苦々しい声音だった。

 やっぱり愚問だったか。とエリオは苦笑して、ごめんとつぶやく。

 常人に天候を操れないように、風向きを変えられないように。

 世界の愛し子の思いを、行動を、制限することなど誰にもできない。

 御子と想いを交わす彼ならばと思ったのだけれど、むしろだからこそ無下にはできなかったのだろう。


 と、なれば、つまりはそういうことか。

 唐突な話の転換の理由にエリオは遅ればせながら思い至る。


「じゃあ、タクサスも受け入れるしかないんだね」


 みどりが、あの少女を受け入れたのなら、タクサスに否やは言えない。

 たとえみどりを害する存在だったとしても、それを理解した上でのことだろうから。


「だったら余計に、オレは中立でいるべきだ」

「彼女の保護者になるんだろう」

「保護者としては、もちろん守るつもりでいるよ。

 この世界の《賢者》としては、冷静な目であの子を見てから判断するしかない」


 《賢者》が一つの国には属さない融通の利く立場だからこそ、落ち人の保護者になれるのだけれど、そこは今は目をつぶる。

 保護者というのは少女を観察するのに一番いい距離感だ。それを理由に干渉できる範囲が広がる。

 相対的に見れば《世界の御子》の意思に背くことだったとしても、違う目線も必要だろうと思うのだ。


「だが……」

「何も頭から疑ってかかるわけじゃないよ。

 いろんな可能性を想定しておく、っていうだけ」


 なおも何か言おうとするタクサスに、エリオは先回りして答える。

 タクサスが渋る理由はわかる。彼は打算なしにみどりの保護者をしているのだから。

 エリオ個人としては、少女に悪い印象を持っていない。警戒心のなさを心配したりはしたけれど。

 くるくるとよく変わる表情は、言葉がなくても素直な思いを語っていた。

 屈託のない笑顔は、少女のまとう魔力と同じ鮮やかな色彩をしていた。

 もし疑うとすれば、彼女自身ではなく、彼女の生い立ちや周囲の環境が先になるだろう。


「たとえばどんな?」


 タクサスの問いに対する答えは、少女を目にしたときからずっと考えていたものだった。


「あちらの術者を敵と仮定したとして、あの子がどの立ち位置になるのかはまだわからない。

 同じ目的を持つ共犯者。何らかの事情で力を貸す協力者。ただ単に巻き込まれただけの被害者。まず大まかにこの三つの可能性がある。

 状況からすると、一つ目の可能性は低い。記憶がなければどうすることもできないし、もし記憶喪失が事故だったとしても、彼女にそれほどの実行力があるようには思えない。

 二つ目の可能性は、一まとめに事情って言ってもはばが広すぎて想像の域を出ない。

 三つ目の可能性は……彼女を見るかぎりだと一番高いように思えるけど、どうだろうね」


 言葉にしながら、エリオは『わからない』のだということを再認識する。

 答えを出せるほど、あちらについての情報を持っていない。


 敵と仮定して考えたのは、ある一つの行為を以って善とするか悪とするかは、立ち位置によって異なるからだ。

 エリオたちがあちらの事情を知らないように、あちらの術者もこちらについてほとんど知らない可能性も充分にある。害意はない可能性も。だからこその仮定だ。

 人為的な落ち人は、こちらにとっては悪に近い。

 いまだ目的はわからないものの、すでに《世界の御子》が倒れるという実害はあったのだから。

 悪気がなかったとしても、何度もくり返されたら困るどころでは済まない。確実にみどりの命が削られ、彼女を愛おしむ世界への影響も計り知れない。


 共犯者の可能性が低く被害者の可能性が高い、というのは、記憶のことだけでなく、少女と接する中で感じたことだ。

 話せないせいもあっただろうけれど、自分から動こうとはしないで、人をよく見てから、話をよく聞いてから判断しようとしていた。

 あまり積極的に行動する性格ではないようにエリオには見えた。

 それと、人の話をしっかり聞く分、言外の含みには気づかず他人の思惑通りに動いてしまいそうだとも。


「……どれもただの可能性でしかない。

 一番の手がかりの彼女も、記憶がないんだからね」


 少女の落ちてきた状況。少女自身の人柄。少女より先に落ちてきた落ち物。エリオやタクサスの感じたこと。

 こういった、確証にはならない間接的なものから推測していくしかない。



 難しいな、とエリオは思う。

 けれど、難しい、はできないと同義ではないのだ。







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