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ひらり、蝶のような  作者: 五十鈴スミレ
賢者たちの思惑と困惑
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13話 賢者の力の使い道



 話し終えるまで一言も口を挟まなかったタクサスのまとう空気は、重苦しく張りつめている。

 ガーネットの双眸に宿る咎めるような色に、焼かれそうだ、とのん気に思う。

 焼かれる理由に心当たりのあるエリオは、先手を打って口を開く。


「言い訳はしない。判断が間違っていたとも思ってない」


 エリオが断言すると、タクサスはわずかに眉をひそめた。

 怒っているように見えるが、それは途惑いに近いようにエリオには見えた。


 彼女をここに連れてきたとき、まとっている魔力が今までと違うことに、それがエリオのものであることにタクサスは気づいたはずだ。

 それでも今まで黙っていたのは、そうせざるを得なかった経緯をエリオから話すと思ってのことだろう。

 けれど、エリオの説明では不十分だった。エリオにもその自覚があるんだから、客観的に見ればもっとかもしれない。

 エリオにとって、あの行動は直感に基づいたものだ。衝動的なものと言ってもいい。

 基本的に真面目で理論重視のタクサスが理解しがたいのも無理はない。


 ふう、とタクサスは短く息をはく。

 ため息は彼の癖の一つだ。考えをまとめるときや気持ちを落ち着かせるとき、一拍の間を置くためにため息をつく。

 それだけで複雑な思考を整理できるのだから、うらやましいような気もする。

 彼ならため息で幸せを逃すようなことはしないだろう。


「質問するとき、力は使ったか?」

「使ってない。オレには必要ないよ」


 タクサスの端的な問いに、即座に否と答える。

 少女の魔力をエリオが制御している状態で、彼女に精神的圧力を掛けるのは造作もないことだった。

 本来なら人として同列なはずの食物連鎖の上位と下位の関係にも似ている。うさぎが獅子を恐れるように、少女からすればエリオは捕食者にもなり得る。

 嘘をつかないように、つけないように本能に訴えかけることはできる。


 けれどそれ以前に、エリオを騙せる人間なんてほとんどいない。

 《賢者》であり、特殊な血も引くエリオには、人にはない能力がある。

 勘、と言ってしまえばそれまでだが、金の瞳の持つ視界は普通と違うらしい。そのため意識して力を使う必要はなかった。


 それに、と言葉を続ける。


「もし嘘をついたら、それも判断材料になる。

 嘘をつかなきゃいけない理由があるっていう、ね」


 質問したときも、その前後のやり取りでも、少女の反応はわかりやすいほど正直だった。

 嘘をつくことすら考えつかない様子から、彼女自身に害意はなく、むしろ好意的だと判断した。

 そうでなければ、あの場でこちらの事情を話し、そのままタクサスの屋敷に連れてきたりするはずがない。

 もし何かしら怪しい素振りがあれば、きっと彼女は今この屋敷にはいなかった。


 ようは、嘘をつかれても騙されなければいいだけのこと。

 エリオにとっては造作もないことだ。


「……本当に、お前は敵に回したくない」


 そう言ってタクサスは呆れたような苦笑をこぼす。

 張りつめていた空気が少しだけ和らいだ。


「回す予定があるの?」

「阿呆」


 にっこり笑顔で軽口を叩けば、答えるまでもないと一蹴される。

 《賢者》が《賢者》の敵に回るとき。それはどちらかが己の力におぼれるか、力に飲まれたときだろう。

 自分はそうなるつもりはないし、タクサスにいたってはありえないと本気で思う。

 確証なんてない。けれど彼を見ていると、そう信じたくなる。

 人と接することで感じるそんな矛盾を、エリオはそれなりに気に入っていた。


 すっ、とタクサスが瞳を細め、緊張感が元に戻る。


「お前の行為の良し悪しは、俺が決めることじゃない。

 わかっているとは思うが一応言っておく。必要以上の干渉はするなよ」


 今のところは保留、ということらしい。

 あらかじめ組みこまれていた術がどんなものだったのかわからない以上、判断をくだすのは早計ということだろう。

 たとえば少女の命に関わるような術だったとすれば、発動を阻止したエリオの選択は正しかったことになる。逆に危険性のない術であれば、意味もなく少女に干渉したのだから責められるべき行為だ。


「もちろん。人の意思を無視するようなこと、オレだってしたくない。

 もしものとき以外は、何もしないよ」


 静かに燃える紅い瞳と目を合わせて、エリオは答えた。

 しない、とは断言できない。

 万一、少女がこちらに害をなすようなことがあれば、きっとエリオはためらうことなく力を行使する。被害を最小限に抑えるために。そしてそれをタクサスは苦々しく思いながらも許容するだろう。

 だとしても、そうなってほしくないのは当然で、そうならないよう最善をつくすつもりでいる。

 今ここで示せるのは、そんな覚悟くらいしかなかった。


「彼女じゃない、とお前が言ったんだろう」


 どこか責めるようなタクサスの言葉は、少女を連れてきてすぐの会話を指しているようだ。


「言ったね。けど、被害者が善人とも限らない」


 さらには被害者と決まったわけでもない。

 これまでの落ち物や少女のまとっていた魔力は別の者の色をしていた。つまり実行犯は別にいる。

 彼女じゃない、という否定はその程度の意味だ。

 タクサスもそうと察していながら、文句の一つも言わずにはいられなかったのだろうけど。


 そもそも完璧な善人なんてものも存在しない。

 善意も悪意も、どちらも捨てられるものではない。思いがあるから一方を選べないし、一方を選べないから思い悩む。

 たとえ少女が心優しい一般人だったとしても、こちらに害を及ぼさないという保証にはならない。

 価値観や立場によっても善悪の観念は変わるものだ。

 異世界人、という明確な違いがある以上、疑うなというほうが無理な話だった。



 そう、当然のように考えてしまう自分に。

 わずかばかり自嘲的な思いを覚えてしまったりも、するのだけれど。







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