肆
「つかれた~。」
家について、ベッドにねっころがる。
さすがに制服はきついから、ちゃんと着替えて、それからねっころがった。
何かと疲れる1日だった。
しかし、何だったのだろう。
――――――――――気づいてないわけじゃないんだからね。
その言葉が、妙に引っかかった。
まるで、釣竿の針にでも引っ掛けられて
刺さっているようだった。
いや、引っかかっているわけではない。
思い返してみると、そう思った。
きっと、僕の存在が気づかれたことに対しての緊張感が、
引っかかっているように思えたのだろう。
僕は悪魔、みたいな者だ。
真っ白な悪魔。
純白で濁白の。
気味の悪い悪魔だ。
翼もない、尻尾もない。
きっと、誰も想像がつかない形をしている。
握りこぶし一個分の小さな悪魔。
悪魔がいるなら当然、それを消そうとする者もいるだろう。
きっと、そうなんだ。
あの人は、あの人こそが
―――――――――祈祷師なんだ。
そう決め付けるのも、どうかと思うけれど。
可能性、としては大だ。
大体、あの状況下でいきなり声を潜めるなんて、そうとしか思えない。
嫌な感じもしていた。
僕の体内の備え付け悪魔センサーが反応したのだろう。
まあ、あまり深く考えても仕方ない。
入学式と言えど、いろいろと疲れた。
とりあえず眠いので、丸い蛍光灯の電源をオフにして眠りについた。
――――――――起きたのは、それから約三時間経った頃の事で、現在8時過ぎ。
ふぁあ、とあくびをしたあとに
「喉乾いたぁ。」
独り言でしかないことを、わざわざ言って、
玄関を出た。
1人暮らしをしていると、口数が少なくなる。
一人夜道を歩くのは初めてだ。
緊張なんてしないけれど、ちょっとした好奇心はある。
ただ、ここは昼と夜とで車や人の通る数がまったくと言っていいほど異なるから、今はとても不気味だ。
ましてや、路地を照らす電灯でさえまともに点いていない。
ビリビリっと音を立てながら点いたり消えたりを繰り返している。
「~♪~♪」
(不気味さを妨げるために)ルンルンしながら、自動販売機の前に立つ。
数年で田畑が無くなり、今となってはそこも新築住宅の列が並ぶ、とある一軒家の裏にある空き地の前。
学校帰りはここの前にある道路を通過する。
空き地と言っても半ば公園みたいなもので、よく小学生が鬼ごっこやサッカー、野球何かをしているのを見かける。
ではさっそく、120円を入れて、ファンタのオレンジに指を近づけた。
僕の目的はそこで途絶えた。
なんとなんと、
指を近づけただけで、正確には自動販売機に触れてすらいないのに、
飲み物が落ちた。
最新の自動販売機は手をかざすだけで飲み物が出てくるのか!?とも思ったが、結局。
紅茶花伝ロイヤルミルクティ(ホット)。
「どうも。」
聞き覚えのある声、今日聞き覚えた声だ。
「ぬぁ!?」
きっと僕はワンピースでいう、ゴッド・エネルが驚愕したあの顔をしているのだろう。
あの顔は面白かった。まるまる1ページを使って、本当に笑わせてくれた。
僕を隠し撮りするような輩がいるのなら、きっとそいつらも腹を抱えていることだろう。
「何?その反応。まるで、ワンピースでいうゴッド・エネルが驚愕したあの顔じゃない。」
そっくり、そのまま言いやがった。
そう、紅茶花伝ロイヤルミルクティを落としたのは、言うまでもない。
志野崎 流華さんだ。
「ワンピースは良いわよね、私のお気に入りはやっぱりエースの奪還ね。正確には奪還できないどころかやられちゃったわけだれど、感動物だったわ。」
語り始めた!?チャンカワイ並みにノリが良いぞ?
Wエンジンは個人的に結構お気に入りだったりする。
「Wエンジンと一緒にしないで。」
彼女はお気に召さないようだった。
「一緒にした覚えはありませんが・・・。」
「ありがとう、それでこそ神並谷君ね。」
「そんな単純な存在なんですね、僕。」
「そうでこそ神並谷君ね。」
「ああ、ガラスの心が今にも砕けそう。」
「何を言っているの神並谷君、心はガラスで出来ていないわよ。」
「物の例えですよ。」
「ガラスは心で出来ていないわよ。」
「あなた話聞いてますか!?」
「聞いているか聞いてないかで言うと、聞いているわね。」
聞いてるんだぁ・・・!?
「私の聴覚を甘く見ないで頂戴。」
「聴覚より、意識的な問題かと・・・。」
「まったく、分からない人ね、両方の意味で。」
「両方教えてください。」
「まず一つは、私の意識がどこかにぶっ飛んでいたとしてもあなたの話はちゃんと聞いていると言う事。」
「・・・それでもう片方は?」
「私があなたを分からないという事。」
「(以下略。)」
僕もあなたが分からない!!
「志野崎 流佳よ。」
「名前は分かります。名前は分かりますけど、あなたが分からない!!」
「分からない事があるならなんでも聞きなさい。」
「家庭教師みたいな事言わないでください!」
「あら、あなたは女教師が好みではなくて?」
そこでなんでメガネを掛ける!?更には、中指で格好つけた風にメガネの位置を直す!?
「先生にちゃ~んと教えてもらいなさい(heart)。」
「怖い・・・。」
目が怖い・・・。
台詞が強調されてて、ホラー映画とは別の意味で怖かった。
「気を付けなはれや。」
「一緒にされたくない芸人のネタを使うな!!」
方向性の見えない小説だな・・・まったく。
「それにしても、なんでここに?」
「あら、私は気づいたのにあなたは気づかないのね。」
・・・そう言われるとやっぱそうなんだな、と思う。
お祓いされちゃう。
きっと今日で僕の人生終わりだ。
「・・・先輩ってやっぱ、」
―――――――――祈祷師なんですね。
「へぇ、意外と勘がいいのね。」
僕を不思議そうに見る。
上から目線で。
蔑んだ目で。
「そ、それで何用で?」
「勿論、悪魔祓いよ。」
それが当たり前のようにさらっと言う志野崎さん。
自動販売機の前でシリアスな空気が漂う。
夏じゃないから虫はあまり寄り付かないけれど、自動販売機が照らす僕らの顔は少し強張っているだろう。
祈祷師は、むしろ僕からだと悪魔のように見えた。
「そう・・・ですか・・・。」
きっと僕の事だろう、と思っていた矢先にだ。
また別の第三者が現れた。
現れて欲しくはない、三者が。
「あ、かなちゃん!」
そいつは数メートル先の街灯の下に立っていた。
僕をそう呼ぶのは、幼馴染のあいつぐらいで
無論、今来たのもあいつでこいつだ。
津々島 夜宵。
「あれ、そちらの方は・・・?」
と言いながら、こちらへ歩いて来る夜宵。
「志野崎 流佳よ、あなたの一つ上。先輩って呼んでもよくってよ。」
初対面のくせにいきなり態度がデカすぎる先輩だな。
もう少し華やかに出来なのかな?
「どうも、かなちゃんとは幼馴染の津々島です。よろしくお願いします。」
こいつもこいつで違和感の一つや二つ、感じとらんのかね。
「かなちゃん?」
「はい、私は神並谷君の事をそう呼んでいます。」
「98888888(くははははははは)。」
何がそんなにおかしい!?
笑ってはいたもののそれは台詞だけで、表情は一切変わらない。
きっと、この人を本気で笑わせられる人はいないのだろう。
「こちらこそよろしく。津々島さん。」
「ところで、今、お取り込み中でした?」
「いえいえ、むしろあなたが来て好都合だったわ。」
嫌な予感。
多分、祓魔をするのは僕だけではない。
そんな気がして、そして本当にそうだったのが、
腸が煮え返りそうだった。