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「お帰りなさいませ、クロム様」
「た、ただいま」
今日もメイド服を着たリアの出迎えを受ける。最初は「家政婦みたいな事しなくても……」と遠回しに辞めるよう言ったのだが「衣食住を提供してもらってるので……このくらいはさせてください」と譲らなかった。
ただ、家事だけをしてくれるだけなら有り難かったのだが。
彼女の献身が俺の理性をガリガリと削ってくるのだ。
断言する。リアは美少女である。万人を魅了する美貌、滑らかで白い肌、夜空の闇を纏ったような黒髪に、宝石よりも美しい真紅の瞳。学校に居れば高嶺の花となれるだろう。そんな彼女が可憐なメイド服を着て献身的に奉仕する姿は、若い男には『毒』である。
俺とて20代前半。可愛い娘は可愛いと素直に言える感性はある。端的に言えば、魅了されてしまう時があるのだ。娘として受け入れたのに情けない理性に憤りを覚える。
しかしそんな俺の事情など知らないとばかりに、彼女はお風呂にまでついてきて奉仕してくる。断っても絶対に入ってきては。
「クロム様、お背中をお流ししますね」
俺の身体を洗おうとしてくる。「大丈夫だから」「自分を大切にしてくれ」と何度も攻防を続けても諦めないリア。観念した俺は、せめてタオルを巻いてくれと懇願して。一応身体を隠してくれるようになったが。
「大きな背中ですね……。俺のお父さんよりも大きく感じます」
彼女がピタリと身体を密着させる。女の子特有の柔らかい感触が背中から伝わり……理性を抑えつける。
身元保証人になる覚悟が俺には足りなかったのかもしれない。でも、ひと月を共に過ごして彼女の人となりも分かってきたつもりだ。リアは今、孤独を感じていて怯えているのだろう。手放されるのが怖くて、俺に縋っている。
……とは考えたが「思い上がった小僧」と冷静な自分が言うので、あまり上から目線でリアと接するのも失礼だな。
でも、お風呂だけはどうにかしてほしい。そう思いながら、今日もリアの献身を受け入れた。
……………
(『美少女を保証人として引き取ったはいいが、あまりにも誘惑がキツすぎて性的に襲ってしまった件について』みたいな、後々後悔する系の展開を期待したが、この人の理性スゲーわ)
顔の良さと肉付きの良さを自覚してるので、試しに1ヶ月クロムさんを煽ってみたが、全く手を出す気配はない。
夜になれば「寂しいです……」と適当に理由をでっち上げて布団に潜り込んでもみたが、少し寝不足にしたくらいで胸に触れる事すらしない。どころか絶対に背中を向けて眠るの紳士すぎる、心は男なのに惚れそうになったわ。
紳士で聖人とか人間の鏡か?
でも、だからこそ、もっと曇らせた顔が超絶見たい。
……タイムリープとか出来ないだろうか? 自分が死んだ後の反応を観察できれば愉悦満載、俺大満足なのだが。これは、近いうちに『偽り』の権能実験を進めたほうがいいなと考えた。それにタイムリープできれば、一回の曇らせルートを幾つも選んで満足できる。
おっと、話がずれた。どっちにしろ今クロムさんが曇ってくれるカードが揃っていないので仕方ない。それに寝不足で仕事にも支障をきたしそうなので、クロムさんをおちょくるのはこの辺でやめよう。
でも一緒に寝て安心できるのは本当だ。人徳もすげぇよクロムさんは……。
さて、煩悩をおちょくるお風呂のご奉仕を終えて、食事の席である。
俺とて性格は歪んでいるが、まだまともだ。真面目に人間関係の構築と、お金稼ぎを考えている。愉悦を得るにしても交友関係を築き、舞台を作らなければ得るものも得られない。待ってても愉悦は来ないのだ。
なので催促する。
「あの、前に私も騎士団の訓練に参加してみないか? って話をしてくれましたよね?」
「あぁ。君の格闘技術や魔法の腕は中々に凄いからな。参加したいのか?」
「はい、お金も稼ぎたいですし。中央にも慣れてきた所なので、近いうちに参加させてもらえないでしょうか?」
「構わないが……肺は大丈夫なのか?」
「人より少し疲れやすくて、呼吸での回復が遅いだけですよ。大丈夫です」
「そうか……なら、明日にでも本部長に日程を相談してみるよ」
「……よかった、ようやくお役に立てそうですね」
割とその辺は本音だ。鍛える事は好きだし、騎士団に仮とは言え所属できる、しかも魔法師団とも繋がりが持てるというのは、人生経験には充分。そんな軽い気持ちで言ったのだが、何故かクロムさんは暗い表情で俯く。なんでやねん。
「ごめんな」
「あ、謝らないでください!! もう、言ってるじゃないですか!! クロムさんを助けられて俺は良かったんです!! それにこうして衣食住まで提供してもらって……充分にお礼は貰ってます!!」
良い人だけど、引き摺りすぎるところは面倒クセェな!! 曇ってる所で更に曇らせても、上質な愉悦は得られないんですわ。仮に曇らせを継続するにしても、一瞬だけこう、曇りを晴らしてから叩き落としたい。
良い人すぎて面倒なクロムさんの、俺に対する罪悪感を消すのを目下の目標にしつつ。クロムさんから仕事のアレコレや俺のここ最近の日常とかを話して会話を弾ませた。
………………
お風呂を済まし、歯を磨いて就寝の時間だ。
今日から頑張って1人で寝ます!! と、クロムさんに宣言する。彼はあからさまにホッとした顔をした。で、たぶん今日は性欲の発散でもするんだろうな。隠しても分かるぞ、俺の観察眼……というか愉悦の権能で得た人間観察の目をナメない方がいいぜ。
そんな訳で時刻は21時。物思いに耽る。
愉悦の権能『偽り』。とても便利なこの能力を得た時から考えていた事がひとつ。
絶対、他に『〜の権能』とか特殊な能力持ってるやついるよな? という確信。あとサラティラの交友関係が分からないのも怖い。だから常に『偽り』を使うのは不味いとも思っている。
けれど、もしかしたら協力関係を結べる可能性もあると考えていると。たぶん継承と同時に厄介な『性』を植え付けられた筈だ。なら俺の『偽り』を使って相手の欲望を手伝う事もできる。
ぶっちゃけ言うと、愉悦抜きにしても毎日が楽しい。この世界には未だ未知が多い事を知れて口元が緩む。あぁ、世界は広くて美しいな。出来ればやっぱり旅もしたい。
サラティラには命を助けてもらった事を感謝……しようと思ったが、そもそもアイツが居なければ俺も両親も死ななかったので辞めた。でも、もう少しだけ話をしたかったな。サラティラの人生は普通に気になる。
(お前が何のつもりで俺に『愉悦の権能』を継承させたのかは分からないが。サラティラも羨ましがる景色を見てやるよ)
……月明かりに照らされ、窓に写るリアの顔は、とても妖艶な笑みを浮かべていた。




