5
コトセは騎士団員の制服を着た男が急いで運び込んだ少女を見て驚く。騒ぎが起き急いで起きた時にはいなくなっていた少女リアが、左胸と左手にナイフが突き刺さった状態で運ばれてきたのだから、驚くなという方が無理な話だ。
「すまない!! 治療を頼む!!」
「リアちゃん!? 急いでベッドへ!!」
自分の寝ていたベッドが空いている。そこにリアを横にさせる。大型の医療用マシンを引っ張ってきて、彼女から流れる血を採取する。
「A型……2番テントからA型の輸血パックと抗菌薬、それから縫合糸を取ってきてくれませんか!!」
「任された!!」
騎士は埃の一つも立てず、瞬間移動するかのようにテントからかき消える。もしかして偉い地位の人だったのかと思いながらも、急いでリアの治療に当たる。
(輸血パックが無ければ……不味いわね)
血が多く流れたのか血色が悪い。
コトセは多少の医療系魔法が使える。主に傷口の細胞を活性化させて高速で治癒を促す術だ。しかし、治癒には本人の細胞や血を用いる。
それに、瞬時に傷が塞がる訳ではない。だが手をこまねいていれば、細菌が入り化膿……最悪死に至る。もっとも幸運なのは心臓の血管を掠ってもいないところか?
「それでもやらなくちゃ……頑張ってリアちゃん」
ボコボコに腫れた顔が痛ましく。汗を滲ませ辛そうな表情で眠るリアの頭を撫でてから、コトセは治療を始めた。
…………………
騎士さんが薬剤やら輸血液を取ってきて治療が始まるのを、『偽り』を使って横から眺める。
ほーん?
2日間だけだが、メンタルケア限定とは言えど共に医療現場を駆け巡ったおかげか、コトセさんと中々に友好を築けていたらしい。涙を流せば視界が歪むために必死に我慢しながら、治療する姿にキュンときた。良い顔するね。
1日で2粒の愉悦。美味しい……美味しい……。けど薄味だなぁ。うすしおよりも薄いよ。
にしても輸血ギリギリなのか。いざとなれば怪しまれようが権能を使うけど……。でも使わなかった場合はさ、サラティラお前はどう思う?
俺は幸運だから死なないと思うよ。
………………
眠りから引き上げられる。周囲の音を拾い、目が光を感じ始めた。
脳が覚醒する。
と、同時に激痛が左肺と左手を襲う。
「痛ってぇええ!!」
『偽り』で痛みを消す事もできるが、何でもかんでも権能に頼るのは良くない。それに、ここまでの傷を負って痛がらない少女の方が不気味だ。ここは騎士さんとコトセさんの曇った表情に免じて受け入れますよ痛いぃい!! 縫合してなかったら傷口開いてるな。
そんな俺の叫びに、隣で椅子に座り手を握って眠っていたコトセが目を覚ます。
「リアちゃん!? 良かった目が覚めたのね!!」
「コトセさん……? あぐっ、ぐぅ」
「ちょっと待ってて!! 鎮痛剤を打つから」
注射を打たれて1分足らずで痛みが引いていく。現代医学は凄いねと思いながらベッドに身を沈めた。さて、怪我人が医療分野のプロフェッショナルに聞くことなど決まっている。
「あの、コトセさん。怪我の状態とか聞いても良い?」
不便な身体で庇護欲とか誘って何かできねーかなと思い問いかける。彼女は苦々しく告げた。
「左手は縫合したから治癒待ち。でも左肺の傷が酷くて……。峠は越えたけど、もしかしたらキツい運動は今後、出来ないかもしれない。ごめんね、私達の技術じゃまだ傷ついた内臓の治療は難しいの」
「謝らないでください。俺の自業自得ですから。治療、ありがとうございます」
なるほど。肺の損傷で酸素を必要とする身体能力が低減した感じね。まぁ、こっそり『偽れ』ば普通に機能しそうなので安心だ。
そう思っていると、テントの入り口がカサリと音を立てた。戦闘用バトルスーツを着た男。茶髪で癖っ毛の爽やかイケメンだ。全身から良い人オーラで溢れている。そんな彼の胸には連合国所属騎士団の証が付いていた。あの時、助けた騎士だと確信しながら黙って見つめる。
「あぁ、よかった!! 目が覚めたんだな!!」
「えっと……?」
たぶん見舞いに来てくれたんだろう。
でも分かんないと惚けてやると、男は胸に拳を当てて敬礼を取る。
「先に自己紹介させてくれ。俺はアルテイラ連合国の騎士団所属、クロム・アルセリア。貴方の助力で全員が助かった。最大限の礼を」
「敬礼なんてやめてください。俺は……父と母の仇を少しでもとりたかっただけですよ。貴方達を助ける、なんて崇高な理由で戦った訳ではありません」
左手は痛ったいので、右手で辞めてくれとジェスチャーする。クロムは俺の回答を噛み砕いて暫し黙祷した。それから、少し気まずそうに口を開く。
「君にはこれから、俺が事情聴取する事になるんだが。手荒な真似はしないと約束する」
「分かりました」
「……」
「……」
沈黙が続いた。
え? まだ何かあんの?
動かないクロムに困惑していると、コトセが小さく耳打ちをする。
「リアちゃん。たぶんクロムさんはリアちゃんからも自己紹介してほしいんだと思う」
「あー、なるほど?」
優しいけど不器用な男だな。しゃーなし、名乗ってやるか。
「俺は……」
名乗りかけて。
いやまてと思い留まった。俺……もとい愉悦を引き継ぎ姿どころか性別すら変わった『俺』はこの国に登録されていない。リスティリアを名乗れば後から「リスティリア家に娘はいない」とバレる。騎士団は警察組織だ。バレればこの国にはいられない。
……頼りっきりだな権能に。
だが、今回は仕方ない。リスティリアの家計に長男ではなく長女がいたと『偽る』。どこまで世界に影響できるのか分からないが、どっちにしろ……。ここで名乗りはしておかなくては不自然だな。
「俺はリア・リスティリア。仕事をしながら旅をする予定だった、一応は国に登録された魔法使いです」
俺の自己紹介を聞いたクロムは礼をひとつすると。
「リアちゃんだね、そうか。あれだけの戦闘力は旅のために……」
左胸に目を向けて、痛ましそうな顔をするクロム。まぁ、左肺がやられたらとてもじゃないけど旅は無理だろうな。高山とか呼吸が持たん。
それにしても本当に善人だなこの人。人を疑い、人を見る目はあると自負している俺だが、間違いなくこの人は騎士団の中でも上位の人材だ。そんな人が、助けられたとは言え忙しい合間を縫って自己紹介までしに来た。まぁ、たぶん俺がいなきゃ死んでただろうし、誠意としては正解か。
にしても、かなりの恩が売れた?
使わないとな。恩とは、利用する為にある。
今決めろ俺。流石に人生に関する事は、愉悦とか言ってる場合じゃない。
「あの……」
「なんだい?」
「俺を……クロムさんの家政婦として雇ってもらえないでしょうか?」
衣食住が必要だ。
「リアちゃん……?」
「お願いします、両親も死んで……1人で生きていくためのお金もありません。孤児院に入れる年齢も超えています。行く当てがないんです。仕事は探します、それまでの間でいいんです。なんならクロムさんの夜伽の相手もします」
「それは……」
難しい話だろうな。というか、この人が結婚してたらかなり面倒な提案だろう。それでも考えてくれているという点がもう好感度爆上げですわ。
暫しクロムは考えた後、リアの頭を優しく撫でた。
「後で騎士団本部に掛け合ってみる。君の身元保証人になれるかどうか。だから今は未来の事を心配せずに安心して休んでくれ。でも……君の魔法の腕を見る限り、仕事は簡単に見つけられると思う」
「……分かり、ました」
「あと、簡単に身体を売らない事。もっと、自分を大切にしなさい」
人差し指で額を突かれて「あぅ」と声を漏らす。そんな俺の様子を、コトセとクロムは微笑ましく見つめた。




