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ローブの1人が地面に玉を投げつける。瞬時に、煙幕が広がっていく。
極めた《透明》魔法の唯一の欠点。空気の揺らぎや影すらも隠せる隠密性の究極系だが『本体が消える』訳ではないのだ。つまり、煙幕を撒かれると姿は察知できる。
まぁ、権能で偽れば無駄なんですけどね。やらないけど。
サラティラの信者は残り15人。1人を蹴り飛ばした。骨が砕け内臓が潰れる威力だ。身体能力も引き継げているようで安心。
そのままの動きで1人の足を引っ掛けて顔面を踏み潰す。嫌な感触が足裏から伝わる。
信者達は完全にこちらを察知できているが、煙幕の中を動くのはそれなりに難しいらしい。お膳立てしてやってんだから頑張れ頑張れ。
地面を強く蹴り、3人まとめて首を斬り飛ばした。
あと10人。
3人くらい残したい俺としては、面倒くさい数だなぁとゲンナリした。
真面目に減らそうと考えていたけど、権能を使う事にする。
移動時間を『偽り』、ほぼ同時に7人の首を斬り飛ばした。瞬間、血飛沫が舞い赤い雨が降って血の匂いが肺にダイレクトアタックする。
さぁ、残り3人で俺に恨みをぶつけてこいよ。ぐへへ。弁明しておくがドMではないからね?
……………
さっきのが最後の技だったのだろう。目にも止まらぬ一瞬の攻撃で殆どの仲間が死んだ。けれど、全員を殺す事はできなかったようだ。
肩で息をする少女。額に脂汗を滲ませてこちらを睨んでいる。なるほど、魔力の酷使によって一時的な体調不良を発生させているのだと判断した。
地面を蹴り、渾身の勢いで腹を蹴り飛ばす。
「ぐぁっ!?」
さっきまで凛としていた声は濁り、苦悶を混ぜて転がる。真紅の瞳には涙が浮かび、口から血が流れている。さっきまでの威勢はどこへやら、弱々しく立ち上がり、健気にも剣を構える。だが、すぐ側にいた仲間のひとりロデアが少女に踵落としをする。何の抵抗もなく地面に沈む少女。その上からロデアは頭を踏む。何度も何度も何度も。
「貴様が!! 貴様が!! 貴様がァ!!」
我々は孤児だった。引き取り手などなく、また信仰の違いなどにより迫害されてきた。そんな我らを救ってくれたのがサラティラ様だ。聖母のように慈しみ、我々に生き方を教えてくれた。殆どの孤児は大人になると外の世界へ旅立ち自身の人生を歩んでいる。だが、一部の者は旅立つ者を許せなかった。
サラティラ様は『人間の生き方としては正解だよ。君たちが異常なんだ』と言うが、突き放す事はせずに我々の信仰を受け入れてくれた。そして生まれた戦闘部隊が我々だ。サラティラ様の意を汲み、サラティラ様の手や足となって物事を成す。
彼女のやることは正しく、この街は我々を追い出した街だった。潰すと聞いた時、もう2度と悲劇を起こしたくないのだと分かった。その時に流れる血は後世に語り継がれ、今後世の中における差別を無くしていくだろうと信じてやまない。今も、これは正義の行いだと信じている。
煙幕が風に乗って流される。月の光に照らされて現状を把握した騎士団員の殆どが驚愕で固まる中、リーダー格らしき男は少女の危機にいち早く動く。綺麗に円を描く剣戟がローブをかするが、その程度でやられるような鍛錬は積んでいない。ロデアは少女の首を鷲掴みにすると、盾にするように割り込んだ。流石の騎士も攻撃の手が緩む。その間に私ともう1人の信徒であるアデルデアが追撃する。
流石は騎士団長なだけあり、我々3人を相手に凌いでいた。しかし盾にされてダラリと力なく揺れる少女を見て唇を噛むのが見えた。
もうひと押し。ロデアとアデルデアが剣を弾き隙を晒したところで首に向かってナイフを突き立てる。ゴウっと風が吹くほどの急接近に騎士団長は対応しきれず、そのまま首筋へ……。
「けほっ《透明》!!」
気が緩んだロデアの手から少女が逃れた。クソっとロデアが呟くのが聞こえ、一瞬の隙を見逃さなかった騎士団長が分厚い防刃性の手袋でナイフを掴むと、私の首を刎ねた。
………………
リーダーが斬り殺されたのを見て、ロデアは熱く沸る怒りで我を忘れそうになる。だが、最も憎い少女を思い出し、奴を誘い出すために騎士団長をアデルデアと挟み撃ちにする。リーダーが首を刎ねられる後で自身の防刃手袋を使い剣を掴んでいた。硬く握り締められた剣を抜けず、騎士団長は完全な無防備を晒す。
我らには魔法が使えない。代わりに極限まで鍛えた身体能力と音を殺し背後に忍ぶ隠密能力を鍛えてきた。
ロデアは死んだリーダーと入れ替わるように首筋へナイフを向かわせる。すると、下から蹴り上げられる衝撃がナイフを持つ手を襲う。やはり守りに来た。
殺す殺す殺す。横凪に蹴りを入れるも当たる感触はしない。ならば、逃げる場所は簡単に検討がつく。
もう片手で予備のナイフを取り出すと、未だ場面についていけていない騎士団長の首筋へ再びナイフを突き立て……寸前で肉の感触に阻まれる。
《透明》の魔法が解けて、左胸に深くナイフの刺さった少女が顕になる。
「ぐぅっ」
少女は苦悶の声を絞りもらす。しかし致命傷……ではなさそうだと舌打ちしたのと同時に、騎士団長の鋭い蹴りが放たれ、内臓と骨をぐちゃぐちゃにして吹っ飛ぶ。
吹っ飛ぶ最中、アデルデアのナイフが少女の左手に阻まれるのが見えた。手のひらの肉を貫通し、けれども騎士団長には届かない。奴は自身を完全に犠牲にして守り切った。
お前よりも崇高で、気高い覚悟を持ってここに居る。なのに、お前みたいな奴に……負けた。サラティラ様、俺は、役立たずだ。
……………
騎士団長、クロムの頭は己の不甲斐なさでいっぱいだった。突然現れた少女、最初は敵かと警戒したが大胆不敵に立ち回り、相手を翻弄して次々倒していく。魔物の大半はこの少女が倒してしまった。
ただ、この緊迫した状況では自己紹介する暇はない。敵と少女が言葉でのやり取りした後に再び戦いとなったが《透明》の魔法を使える少女が圧倒的に有利。かに思えた。
残り3人を残して姿を現す。いや、あれは単純な魔力減少による身体の弱体化現象だと経験が告げる。
次に起こる一連のやり取りは5秒とも経たない戦いだった。少女を盾にされ動きを封じられた私をフォローするかのように、彼女は魔力を振り絞ったのだろう。
左胸をナイフで貫かれながらも隙を作り、最後に攻撃してきたローブの影が持つナイフは左手で無理矢理に掴みガードする。
私に届く攻撃を全て阻む。
私は身体を捻り無理な体勢ながらも、ローブの影を蹴り飛ばす。確かな肉と骨の砕ける感覚は、命を蹴り砕いた事を証明している。
そして、全てが終わり。私を守ってくれた少女が崩れ落ちる。着ている白衣は血で赤黒く染まり、必死に呼吸をする様は虫の息だと証明していた。
はっきり言って、怪しいところが無いと言えば嘘になる。けれど私を守ってくれたのは事実なのだ。
「どうすれば……」
下手にナイフを引き抜けば肺を傷つけ死んでしまうかもしれない。仮にテントに運んだとして、輸血液が残っているかどうか……。
全てが自分の至らなさだと思い知り、強く歯を食いしばる。
立ち止まったらダメだ。自分にできる事をしよう。ぐったりと動かない少女の脈を確認してから、お姫様抱っこで持ち上げる。
「すまない、民間人を頼む」
「団長!! 任されました!! だから少女を早く医療テントへ!!」
優秀な部下に感謝しつつ、全速力で駆け抜けた。
…………………
『偽り』を使い、まるで幽霊のようになりながら観察する。
うーん、あれだけの蹴り。慢心する事なく鍛錬してきたんだろうなこの人。でなければ、魔力無しで殺人的威力の蹴りなんて放てねぇよ。そんな騎士を完璧に援護して見せた俺を誰か褒めて!! 褒め称えて!!
まぁ、それ以上の報酬は受け取ったけどね。自分の不甲斐なさと子供に守られた事実に顔を歪ませる大人って、こんなにも美しいんだな。同時に俺という存在が来なければ市民を守れなかった自覚もありそうだ。
いいね、これは確かに『愉悦』を感じるよ。




