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コトセは目の前の少女の前にしゃがみ、目線を合わせると頭を撫でた。
「ありがとう、助かったわ」
「えへへ、どういたしまして」
怖いと思った少女は年相応に顔を綻ばせる。ただ忘れてはいけない。この少女も両親を失っているという事を。他人に気を遣えるほどに心に余裕など無い筈だ。
「貴方の、その両親の弔いはできたの?」
「……見つからなかった。だから事態が収まったら、せめて墓石でも建てようと思う」
「強いのね」
「お姉さんの言いたい事は察せられるよ。正直この歳で『割り切り方が異常』だと思ってるでしょ?」
心の内を当てられて言葉を詰まらせるコトセ。少女は強い意志を持った目をして、口を開いた。
「俺の名前は『リア・リスティリア』。お姉さんの手伝いをさせてもらえないかな?」
「……でも」
「少しでもこの都市の、みんなの役に立ちたいんだ」
……………
嘘です。愉悦少女から引き継いだ権能の実験をするつもりだ。
俺の中で、ドクドクと愉悦が囁くんだ。みんなの役に立った立役者として功労を挙げた後、適当に敵役者を偽装して一撃喰らってみるとかどうよ? って。
ありきたりすぎて、やっすい愉悦だなぁと思いはするものの、初めては軽くでいいんじゃないかと思う。長く、長く、積もらせた感情の先を求めるには土台が整っていない。物語を1から作るのもいいが、何十年ものの絶望を作るほどシナリオに精通してはいない。
そんな俺の提案に、白衣の女性は頷くと。
「私は外科と精神の専門医、コトセ・ハーディス。リアちゃん、少しだけ手伝ってもらってもいい?」
「うん!! コトセさんよろしく!!」
キッショ、可愛いかよ俺の声。いや、可愛かったわ今の俺。
まぁでも、小さな土台は整った。
コトセから着替えと白衣を受け取る。医師団ボランティアのバッヂを付けて準備は万端だ。
それから訪れる精神崩壊者を介抱して、安心させる為に頭を抱きしめたり、手を握って子守唄でも歌ったり。権能の『偽る』は、どの程度まで人の精神に影響を及ぼせるのかを探っていった。
思ったよりも『偽る』を使う機会は多く成果も沢山得られた。大きな筋書きは、親しい人が死ぬ直前に「生きて」と言い残した事の『捏造』。「僕は幸せでした」とか、ソイツの反応を探り、言葉を当てて『偽り』を挿入する。間違えても精神崩壊してる連中だ。再チャレンジしても怪しまれなかった。
しかし子供は流石に苦労した。ストーリーを作っても脳みそが追いついてくれない。でも、両親からの愛情を鎖でがんじがらめにするかのように『捏造』して植え付けた。愛されたという結果だけで、心の支えのひとつにはなる。まぁ、それで納得できないのが子供なんすけどね。
実験はほぼ終わり。顔も名前も分からない、いるかも分からない相手の『人生』という名の『物語』にどこまで手を突っ込めるのか……まぁだいたい分かった。
そうして100人近い精神崩壊者……ちょっと多くね? を介抱すること2日。疲れた様子のコトセと共にベッドに横たわる。お互いに目の下に隈が出来ていた。
まぁ権能を使えば眠気すら『偽り』に出来るのだろうが……今は周囲に『頑張って手伝う子供』を演出する必要がある。
しかも、健気な可愛らしくも美しい少女だ。効果も抜群であろう。
……自分の容姿の変化も、全て片付いてから再確認しないとな。そんな事を思いながら目を瞑る。先に権能を発動させて、自身に害が及んだ場合に死んだという結果を『偽装』できるようにしておくのも忘れない。
人の感情というものの複雑さは、この2日でよく分かった。
それに俺だって感情が死んだ訳ではない。幼馴染や親友の死体を見た時の、胸に湧き上がる悲しみは本物だ。
うーんでも。
同時に目の前でボロボロになりながらも、両親のように守って死んだらどんな顔を見せてくれたのだろう? とか思っちゃったからやっぱひとでなしだわ。
(にしても……)
権能を知れば知るほど、あの愉悦少女が俺に負けた理由が見当たらない。負ける要素ないだろ。だって、事前に死を偽れるのだから。
………………
遠くの騒音で目が覚めた。時計を見ると深夜の2時。コトセが起きない程度の騒音だからか、騒ぎにはなっていない。
自然と身についていた魔法使いとしての感覚が身体を動かし、跳ねるようにベッドから飛び降りると駆け出した。魔力で底上げした身体力で即座に駆けつけると、背後の市民を守るように立ち塞がる騎士団員が見える。魔法の《夜目》を使い暗闇の中でも視界が確保できるようにする。周りを確認すると騎士団員は10名ほど。一方で敵は……愉悦少女が従えていたローブの人影と魔物が湧いて出てくる。
(愉悦少女の手を離れたから暴走してる? いや、人影の方は知性がありそうだ)
騎士団員が鍛え上げられた腕力で獣型の魔物を一閃する。血が飛び散り魔物は絶命した。その隙間を縫って遅いくる獣型の魔物も逃さず首に剣を突き刺し絶命させる。しかし、ローブの人影は単純ではない。ナイフらしき武器と俊敏さ、連携を生かして騎士を孤立させ確実に1人の首を掻き切った。
当然、仲間を殺された騎士は内心で激昂する。いくら訓練されているとはいえ、人間なのだ。親しい人間が殺されて怒れない者はひとでなし。けれど、それでも、国を護る騎士としての吟醸か冷静さは保つも。
誰が見てもジリ貧だった。そしてせめて市民だけでも逃がすことができればと考えてるのは素人目でも分かる。凄いね、俺なら親しい人間以外を命懸けで守ろうなんて思えないよ。
俺はそんな彼らを見て、ニタリと笑みを浮かべる。
今後の自分に良い方向で作用しそうだと、打算が俺を動かした。分かりやすく、目に留まるように飛び出すと、死んだ騎士から剣を拝借して……重さを『偽り』、ローブの人影を斬る。血が飛び散り、小さな悲鳴と共に崩れ落ちる。
あーあ、殺しちゃった。これで俺も人殺しかぁ。
ま、いいんですけどね。それで『愉悦』が得られるなら幾らでも殺してやるわ。
愉悦少女に使った切り札のひとつ、完全なる《透明》を使う。魔力で身体を強化して人影を蹴り飛ばし、魔物を切り殺しながら押し返していく。泥臭く石や砂を高速でぶん投げ、範囲攻撃も忘れない。
ローブの人影の雰囲気から動揺が見て取れた。
(というか。こいつらそもそも愉悦少女が居なくなったのに。なんで、今更襲撃してきてるん?)
目に見える範囲の魔物を片付けると、騎士達の前に姿を現す。返り血で血塗れの俺を見た騎士がギョッとするが、手に持つ騎士団の剣を見て味方だと即座に判断したようだ。良い目をしている。
「さて、テメェらの目的を教えてもらおうか」
剣の鋒を向けて言うと、ローブの人影がひとり動こうとしたので石ころを頭部にぶん投げて絶命させた。
「目的を、教えてもらおうか?」
案にそれ以外の行動は許さないと示す。すると、ローブの人影のひとりが口を開いた。
「我らが聖母、サラティラ様の願い。この街を滅ぼす」
なんだよ感情あんじゃんと思いながらも。聖母、サラティラという新しい単語の答え……どう考えても愉悦少女だよなと思った。あいつそんなに可愛い名前してたのな。消える前に教えてくれてもよかったのに。
「サラティラは死んだじゃん? ならお前らの負けだ。見苦しいよ?」
分かりやすく挑発してやる。すると……言葉を選び間違えたかもしれない。
「どうしてお前が、サラティラ様が死んだ事を知っている!?」
「やっべ」
そうだよ、人知れずラスボスにぶつかって、自爆で殺したの俺じゃん。
でもヘイトは完全にこっちへ向いたな。
《透明》を使い闇夜に隠れる。聞きたい事はある。
けど……今は全員始末し……。
あれ?
なんで俺は『正義感』で戦ってるんだ?
ははっ、精神が狂ってやがるが、思考回路も自我も確かに俺だ。俺なんだ。
気持ち悪さと快感が脳内麻薬を分泌している気がした。
乗ってやるよ、お前らが考えているであろう《透明》魔法の攻略法に。乗ってやるよ『愉悦の権能』を使わずに。
愉悦少女……いや、サラティラ。
お前の舞台装置で……少し遊ぶよ。俺をこんな風にした対価くらい貰ってもいいだろう?




