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愉悦少女  作者: よるかみ
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『愉悦の権能』


   ──偽る。


……………


「……救護班!! 直ぐに医療用テントに運んでくれ」


「血と肉……ご遺体だと分かってても、中々にキツイな……」


「でも生存者はいる。動くぞ」


 色んな人の声が聞こえてくる。意識が浮上していく。今はどうなっている。俺は……死んだ筈だ。あの少女を巻き込んで死んだ。なのに鼻をつく血の香りが脳を覚醒させていく。急に叩きつけられた愉悦の権能とやらにクラクラとする頭。しかし『しっかりしろ』と思った瞬間、嫌なまでに思考が整理されていく。

 ゆっくりと目を開くと、ランタンの吊るされた天井が見えた。


 上体を起こす。肺に入る冷たい空気は間違うことのない本物。


「生きてる……? え?」


 自分から発せられたであろう声に驚く。その声は、さっきまで聴いていた愉悦の少女と同じモノだったからだ。

 困惑していると、隣から声をかけられた。


「よかった!! 起きたのね!!」


 白衣を着た女性が安堵する表情でこちらを見ている。


 なんだこれ、俺は死んだよな?


 意味が分からん。マジで何がどうなってんの。未知の現象の答えをくれる者はいない。おい少女、引き継ぎとかわけ分からん事象はこれか? 冴えた脳が疑問を整理しようとアレコレ思考を始める。その時、余程、怯えた表情をしていたのか白衣の女性から抱きつかれた。


「あぅ」


「怖かったね、でも大丈夫。『お嬢さん』の敵はもう居ないから」


「敵……え、お嬢さん?」


「こんな華奢な子供まで……でも安心して!! 『胸の浅い傷』は綺麗に治したいから!!」


 華奢な子供?

 胸の傷?


 首を傾げそうになるが、即座に疑問の解決策が浮かんだ。


「すいません、ちょっと混乱していて。『鏡』とかありませんか?」


「分かったわ、ちょっと待っててね。医療用の小さなやつだけど……」


 女性が探している間に両手に目を向ける。もうこの時点で考えは確定しているようなものだ。俺の手は、こんなに細く綺麗じゃない。


「あった、はいお嬢さん」


 そうして手渡された鏡を覗き込んで唖然とした。

 まず、愉悦少女と同じ宝石よりも美しい紅い瞳がこちらを見ている。顔は愉悦少女よりも少しだけ勝気な、それでいて儚い印象を受ける。肌は土などがついてはいるが、とても滑らかで病的なまでに白い事が分かる。

 髪は絢爛な、けれど夜空の闇を纏わせたかのような艶を放つ濡鴉色の長髪へと変化していた。


 絶句して、思わず鏡を落とす。下に視線を向けると愉悦少女と同じワンピースを着ていて、胸に仄かな膨らみがある。

 そして破れたワンピースから覗く胸の傷。赤い線が走ってはいるが、恐らく綺麗に完治するだろうという程度。とても貫かれたとは思えない。



『ここは引き渡しの間』



 あの謎の空間で愉悦少女が告げた言葉が反復する。引き渡し。つまり『愉悦の少女』という特異性をも引き継いだという事なのだろうか?


 女体化した事が、現実を叩きつけてくる。


「大丈夫?」


 医者の女性が心配そうに見つめてくる。受け入れには多少時間がかかるだろうが、冷静すぎる自信の思考が色々と吹き出そうな感情を抑えてくれた。


「あの。外に出てもいいでしょうか? 父と母を弔わないと……」


 きっと、ここでやるべき『常人の行動』は女体化したことへの驚愕や、今後の憂いなのだろう。けど、俺にはそんな『普通の感情』が湧かなかった。


…………


 まるで今の少女の身体が、元から自分のモノであったかのように。何も違和感を感じない。靴を履き、テントの外に出ると。地面には無数の長く大きい袋が横たえられている。説明されなくても分かる、死体袋だ。


(でも、父さんと母さんは肉塊になった。あの中にはいない。それに……今の俺は本当にあの2人の息子といえるのか?)


 変わってしまった事を悔しく思いはするも……涙が流れない。大切に育てられ、魔法を教えてもらい、毎日が楽しかったのに。


 涙が出ない。


 うーん薄情。全てを愉悦とやらのせいにしたい。というか愉悦とやらを引き継いだせいで感情も感受性も狂ってる気がする。


 どちらにせよ……肉塊に変えられたのなら、今更回収は無理だろう。


 どうすっかな。権能とやらで、恐らくやろうと思えば『偽る』で『両親は死んでいない』に世界を書き換える事が出来るのだろう。


 本音を言えば生きていて欲しい気持ちはある。けど、今の俺は父と母の『息子』ではなくなった。ただ蘇生させるのは愉悦ではなくエゴだ。


 ……それに親が死んだ子供という設定の方が何かと便利……あ、だめだわコレ。思考がおかしくなってやがる。自分に付与された『可哀想な少女』というテクストを逃すのは惜しいだなんて。


 そんな事を考えながら歩いていると、白衣の女性が次に運ばれてきた怪我人の治療にあたっているのが見えた。どうにもメンタルケアを行なっているようで、喚く大人の女性を慰め安心させようとしている。



 どうしようか。



 心の中で『愉悦』が囁く。

 自分の今は、儚げ黒髪ロング美少女。使えるわこれ。


(ごめんな、父さん母さん。俺は2人の仇を討った代わりに……おかしくなったらしい)


 どうしようもなく引かれる後ろ髪を振り払うように心に謝罪を入れると、さっき自分をあやしてくれた白衣の女性の元に駆け寄った。


………………


「私の目の前で、娘の頭が飛んでッ!!」


 ガタガタと震え癇癪を起こすように暴れる女性に、白衣の医者……コトセは口に出せる慰めの言葉が出なかった。もう、何人ものメンタルが崩れた人を診察してきて。やはり、親類を殺されて自分だけ生き残った人のメンタルが1番ひどい。子供は現実を受け入れられず、泣き喚き、大人は理性があるが故に無力さを嘆く。


 長年この仕事に従事してたが、この襲撃された都市は人生で最も酷い場所と言えた。


(弱音を吐いてる暇はない。私には出来る事を、この人の心を少しでも癒せることを……!!)


 意気込むのはいい。でも、なら何をすれば解決するのだろうか?

 手を握ればいい? 優しい言葉を掛ければいい?

 どれも試した。どれも無駄だった。

 心が壊れかけている人の、本当の治療法なんて……。


 そう思っていると、隣から少女が歩いてくる。長い黒髪を揺らし、真紅の瞳が妖しくて目を惹く。あんなにも妖艶な雰囲気を纏っていただろうか? さっきまで見ていた少女とは別人では思うほどの空気の変化に言葉を詰まらせていると。彼女は患者の手を取り、耳元で囁いた。


「お母さんは頑張ったよ。ありがとう、だから今は眠って」


 すると、暴れていた患者は嘘のように動きを止めてベッドに身を沈めた。すぐに穏やか寝息を立てて眠っている。あれほど恐怖と憎悪に歪んでいた表情が嘘のように和らいでいる。


「お姉さん、意外と私にもカウンセラーの才能とかあるのかな?」


 健気に笑う彼女に、コトセは。


 怖いと思った。


……………………


 愉悦の権能。これ便利そうに見えて思ったより使い辛いな。俺は素直に思った。あの暴れる患者の子供の声を『偽装』して、眠りに落とす為に夢を『捏造』した。今頃、夢の中で偽物の子供と感動の別れでもしてるんじゃないかな。


 効果を考えて使わなくてはいけない。たぶん、あの愉悦少女が残した言葉を信じるなら、自身の『死』を『偽装』して『無かった事』にできる可能性もあるが、流石に試すのは……。今は課題として残しておこう。ただ、あの愉悦少女の言動から察するに出来ない事はないと確信している。


 まぁ、色々と考えている時点で察してはいたが。


 今、俺は生きたいと心の底から思っている。

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