15
新たな乱入者に、俺は声をかける。
「あんたクテルフの仲間か?」
彼女はグレートソードを引き抜きながら答える。
「仲間とは違うけど、友達だよ。よろしくね愉悦」
「俺の名前はリアだ。できれば名前で呼んでくれ」
「オーケー、よろしくねリア。私は『憤怒』のニルラト」
「よろしく、ニルラト」
クテルフより話が通じて安心する。だが今は敵対しているのだ。俺はいつでも動けるように魔力による身体強化を維持しておくのを忘れない。
それにしても……ニルラトは『憤怒』と名乗った。憤怒……やはり名前だけじゃどんな権能か分からないな。一瞬でグレートソードを俺とクテルフの間に突き刺したのだ。つまり、瞬間移動的な権能か?
考えながらも警戒心マックスな俺に勘づいたのか、ニルラトは苦笑いを浮かべる。
「ごめんなさい、止めるのが遅れた。沢山の人が死んだよね?」
シュンとする様は、見た目相応である。少し儚さもあり、普通の悪戯程度なら許してしまいそうな顔だ。まぁ、だからと言って今回のテロが許される訳がないが。
「死んだだろうな」
冷たく言い放つ。俺だって人でなしだが人の心とかはある。遺族の気持ちだって、1ヶ月前に両親を亡くしたのだ。分かるつもりだ。そして今回のテロは白昼堂々、しかも休日に起きている。子供だって多くが死んだ筈だ。クテルフへの憎しみは計りきれないだろう。
「ごめんなさい。でも、この罪を精算する事は出来そうにない」
ニルラトは本心から悔しそうな表情をしている。これが演技だとしたら相当な役者になれそうだなと俺は思った。一方でクテルフは腕が折れたのか、蹲って動かない。ずっと呻き声を漏らすだけだ。出来るのなら今ここで殺しておきたいが……『憤怒』の権能が分からない以上はなぁ。
「私達は撤退するよ。ほら、クテルフちゃん権能全部解いて」
「うぅ、痛い……」
クテルフはニルラトを心底信頼しているのだろう。言われた通りにドラゴンは形が崩れ、半透明の骨達含めて靄となる。彼女からも無数の靄が出て行く。魂は解放され、本来の持ち主の元へ、持ち主が死んだ魂はどこかへと飛んでいく。あの世とかあるのだろうか? ふと自分が死んだ後に見た『引き継ぎの間』を思い出した。仮にあるとしたら、サラティラともう一度話をしたいな。
少し考え事をしている間に、クテルフは全ての魂を解放したらしい。
「解いたよニルラトちゃん」
「よしよし」
ニルラトはクテルフを撫でると、安心させる為に頭を胸に抱いた。
「リアちゃん、近いうちに私達のアジトに呼ばれると思う」
「アジト?」
「権能を持つ者が集う、まぁ簡単に言えば、お茶会みたいなモノだよ。じゃあね」
瞬間、ぶわりと大きな風が吹いて目を細める。次の瞬間にはクテルフもニルラトも姿を消していた。
「傍迷惑な奴らだったな」
思わず呟く。いやね、テロを傍迷惑で済まして良いわけがないのは確かだけど。俺からすれば謂れのない敵意を向けられたのであって。俺が『愉悦』を持っていたせいでもある。多くの人が亡くなった責任は俺にもあるのだ。そりゃ、気分も落ちるというもの。愉悦するのは好きだが、価値観は狂っていない。
と、考え事はあとだ。
急いでクロムさんの元へと向かう。彼は気絶していて、別段怪我もない。呼吸もあるので死んでもいない。少し安心して、俺も権能を解いた。
血が吹き出す。再びクロムに切られた傷口が開き、ジクジクとした熱さと痛みに苦しみながら、気絶するようにその場に倒れ込んだ。一旦、寝てしまっても良いだろう。いくら愉悦の権能があるとは言え、全てを救っていてはキリがない。
それにしても、まさか権能持ちがテロを起こすとはなぁ。他の権能持ちがマトモな奴等なら良いんだが。あと意味深なお茶会へのお誘い。是非とも行きたいところである。
…………………
知らない天井だ。気がつけばベッドの上で寝かされていた。腕には点滴のホースが伸びていて、ここは病院だと分かった。なんとか、権能を出来るだけ使わずに傷跡を残せたらしい。鎮痛剤を打たれているのか、胸の傷からあまり痛みを感じないが、身体を縛るように巻かれた包帯の感触が治療済みな事を伝えてくれる。
ナースコールを押して誰か呼んで、退院するか。そう思っていると、病室の扉が開いた。目を向けると、クロムさんが驚いた顔で立っている。
「リア!!」
急いで駆け寄り、俺の手を握……ろうとして。迷って空を切る。
「す、すまない。俺は君に合わせる顔など無かったな」
「操られていたんですから、気にしないでください」
充分に儚さを演出した笑顔を向けると、クロムさんの苦虫を噛み潰したかのような表情は揺るがない。
「それでも、リア……君を斬ったのは俺だ。おれが……」
すーはー。
いやーいい表情するねぇ!!
今まで親しく過ごしてきた女の子。自分の命を救ってくれた恩人でもあり、保護者的立場から見たら娘のような存在。それをぶった斬ってしまった罪悪感!!
許してほしい、けど自分が許せない。俺の事を思うが故の葛藤!! 手に残る肉を斬る感触を思い出してしまって、俺の手を掴めない。
恍惚になりそうな表情筋を押さえ込み。さて、確認しなくちゃいけない事がある。
「クロムさん、俺は全く恨んでなんていませんから。そんな表情しないでください」
「許せないんだ、弱い自分が。君を斬った俺が」
「……分かりました。クロムさんに何を言っても、貴方の為に出来る事は限られてる。俺が何かを言っても、乗り越えなくちゃいけないのはクロムさんですしね」
俯き唇を噛むクロムさんにうぉぉおもっと見せてくれと思いつつ。
「ところで、あの後どうなったんですか?」
事の顛末がどうなったのか問いかける。クロムさんは俺に聞かれて、また違う難しい表情を浮かべた。
「テロリストの主犯は捕まえられなかった……。俺を操った奴も。いや、言い方を変えれば、俺は君を斬ってしまった後の記憶がないんだ。起きたら全て終わってて、連合国騎士団は後始末に追われていた」
「そう、ですか」
「それでも、この規模のテロにしては、死者が少なかった。驚く事に、一度心臓が止まった人が蘇ったなんて話もあって。奇跡が起きたなんて言われているよ」
ふむ? クテルフの権能で奪われた魂が戻った時に、一時的な蘇生術も起きたってことか? もしかすると『恐怖』の権能には『治癒』に似た力もあるのだろうか?
こればっかりは、今度招待されるらしいアジトに招かれた時にでも聞こう。クテルフとサラティラの関係も気になるしな。
ともかく。楽しみたかった愉悦は味わい尽くした。これ以上はクロムさんを曇らせる理由もなし。
「クロムさん、手を」
「……?」
クロムさんは俺が差し出した手を掴もうとして、一瞬躊躇い、それでも掴んだ。
「ほら、温かい。生きてテロを乗り切れたんですから、暗い顔してたらダメですよ?」
今度は強気に笑うと、クロムさんの表情の強張りが少しだけ和らいだ気がした。
こうしてクロムさんの心に傷跡は残しつつ丸く収まったとはいえど。クロムさんには俺を斬った事で多少の疑いもあり、俺は丁寧に連合国騎士団から派遣された調査員にクロムさんの無実を訴えて。それから3日後に退院した。
………………
クロムは自身が起き上がり、何が起きたか理解して。その上でリアに対し謝罪の気持ちでいっぱいになりながらも、疑問だった。
なんで俺なんだ?
なんで、リアだったんだ?
これは無差別テロじゃなかったのか?
………………
気高い崖の上。誰も来ないであろう場所でニルラトはクテルフの腕を治療していた。完璧に折れてるが、逆に綺麗すぎて繋げられそうだ。もう少し、そう思ったその時。自身の権能が襲来者を告げた。
ひゅーっと音を鳴らし、流星が如く人が落ちてくる。その人は衝撃を押し殺す事なく着地する。地面に亀裂が走り、クレーターができ、土埃が舞う。
「誰?」
剣呑な声色でニルラトは問いかける。
「よぉ、憤怒と恐怖。すまんが捕縛させてもらうぜ」
ピンクブロンドの髪が風で靡く。目は細く睨んでいるが、口元には笑みを浮かべている。
ダルクが、2人の前に立ちはだかった。




