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主に連合国の首脳人が集う、国の中枢。そこには人は居らず、偉い人はみんな避難を完了している事が分かった。まぁ、こればっかりは仕方ないが、民間人を置いて自分達だけ全員生き残ったとなれば、後々国民感情的にはよろしくないだろうなと思う。
そしてテロリストの統領はそこにいた。女は黒髪のロングで、清楚な雰囲気を放つ少女のような見た目をしている。シスター服を着ているが、神様なんてちっとも信じていなさそうだ。
「あぁ、恐ろしい。『愉悦』、私を殺しにきたのですね」
「なんだ、自己紹介はしなくても良さそうだな。こんちわー『恐怖』さん」
「……貴方だけは生かしておきたくないのです。サラティラはずっと私を殺そうとしてきました。きっと、貴方も私を殺しに来るのでしょう?」
サラティラが殺そうとしてきた? アイツが固執して殺しをするとは思えないが。それに愉悦の権能を俺より使い熟しているサラティラが殺せなかった? なにそれ『怖い』な。
「お前がテロを起こさなければ存在すら知らなかったよ」
「言葉を間違えましたね。私は愉悦が怖いのです。だから、愉悦の権能自体を消し去りたい。殺される前に殺すのです」
「なるほど、それなら納得だわ」
俺だってもしこんな能力と思考回路になる権能があると知ったら怖いと思う。
ま、引き継いじゃったんだし今更な話だ。じゃあ、とっとと片付けますかね。そんな風に楽観的に思っていた。しかし、コイツは事前に準備をしてきているのだ。俺の痛い所など丸わかりだった。
『恐怖』の影が伸び、中からぬらりと1人の騎士が姿を現した。
「クロムさん……?」
もう見慣れた親しい人物。俺の痛い所でもあるクロムさんが、操られているのだろう。表情は強張り、しかし剣はしっかりと握られている。
「彼を攻撃はできないでしょう?」
くっそ人質は考えていなかった。なるほどな、アルケイデスが言ってた土台が崩れるって話はこれか。
記憶だけは《偽る》事はできない。なので、先の会話を聞かれていたら不味いな。
どうする俺。『恐怖』の権能が分からない以上は、下手にクロムさんを助けることもできない。さっきからクロムさんの意識を《偽》ろうとしているのに、少しも効いていない。それは一重に目の前の恐怖の権能のせいだろう。権能同士で戦う場合は、強い方が一枚上手になるらしい。権能の押し付け合いに負けたという事だ。
と、考え事をさせないようにしたいのか、クロムさんが腰にある拳銃を取り出した。俺に照準を合わせて撃ってくる。
鉄パイプ拾ってきていて良かった。弾道を《偽り》、全てを鉄パイプに収集するように誘導して弾いた。クロムさんは全てを撃ちつくしたリボルバーを捨てて、剣で切り掛かってくる。確実に殺しにきたな。
鉄パイプで応戦するが、銃火器がある時代に剣を振るうという事は、めちゃくちゃ強いという事でもある。一撃一撃が重く弾くのが辛い。
……その時、ふと思った。
恐怖はどうなのか知らないが。
これ、かなり愉悦な展開じゃないか?
苦しい顔で、しかし身体の自由を奪われているクロムさん。
そして遂に、強力な一撃で鉄パイプが折れ曲がり、肩にザクリと刀身が身体を走る。焼けつくような痛みに唇を噛み締める。俺は痛みを堪えながらクロムさんを抱きしめた。
「大丈夫ですよ」
「り、あ……」
耳元で囁き、直接《偽り》を差し込む。真実を上書きして、クロムさんは眠るように倒れ込んだ。これで覚えている状態にはできた筈だ。後の展開が楽しみですね。
「痛い……」
傷口を撫でて、『無かった事』にする。それを見ていた『恐怖』は身震いをした。
俺としては、ぶっちゃけ恨みとか無いから引いて欲しいんだけどな。
「名前聞いていい?」
「クテルフ……」
「クテルフね。俺はお前を害する気持ちは毛ほどしか無いんだけど、引く気は無い?」
「貴方の大切な人間を操ったのに、ですか?」
「だから、毛ほどは叩きのめしたいよ? けど権能の押し付け合いに負けた以上、あんまり戦いたくないしな」
「……それでも。貴方には分からないでしょう。この足元から冷気が這い上がるような恐怖は」
そう言うと、『恐怖』改めてクテルフの元へ急速に霞が集まって行く。霞は全てクテルフの中に吸収されていく。
「消えてください。
──権能解放『霊骨霊行』」
どろり……とクテルフの足元から泥のような闇が広がっていく。闇は直ぐに足元を……いや部屋全てに展開されていった。
そして、闇から無数の手が現れる。手は這い出るように闇を掻き、形を成していった。
怖い物の代表例としたら『幽霊』だろうか。現れた者は半透明の骸骨となり、俺の足を掴み這い上がってくる。
俺は思った。あの霞は……人の魂だったのかと。彼等は無念を呟いて怨嗟の声が木霊する。まだ生きたい、身体をよこせと。
もしかすると、恐怖の権能は『魂の使役』とかか? そんなに外れた考えではない筈。となると……。
自分の権能でどう対処する?
そんな俺に考える時間など与えないとでも言わんばかりに、クテルフの背後にある壁からぬらりと巨体が姿を現した。
「はぁ!?」
形容するなら霊体のドラゴンだった。ファンタジー小説とかで見る、まんまのドラゴンだ。大きな顎に、2本の頭角。細い目にはギラギラとした殺意が宿っていた。
もしかして、手に入れた魂を捏ねくり回して粘土細工みたいに出来るのか?
くそ……まとわりつく人骨どもを振り払おうにも、こちらの行動全てがすり抜けて効果が無い。
考えろ。愉悦の権能は『偽る』事だ。何を偽れば幽霊相手に戦える?
「あ?」
そうだ。ひとつ思いついた。
「『生の偽り』」
簡単な話、相手の土台に立つんだ。自分も霊体になればいい。そして自分が霊魂になるために必要なのは死と生の境界線を偽れば良い。つまり、ある種のシュレディンガーの猫だ。生と死の両方の状態、それに『観測者』がいない事で成り立つ特殊な形態。
試しに片腕の『生』を『死』に偽り薙ぎ払うと、骨どもを振り払う事ができた。
ただ……この状態が長期間続くのはよくない。理由は分からないが本能的にそう感じた。死への畏怖なのかもしれない。なので短期決戦。テロリストのボスなのだ、殺してもいいだろう。
骨を振り払い天井まで跳躍し、今度は天井を蹴って一気に距離を詰め……る直前でドラゴンの顎が口を開けていた。強烈な炎のブレスが放たれる。
「……」
眩い光が消えた先。ドラゴンのブレスが放たれた場所は熱で融解しており、その威力を物語っている。
魂を扱うという事は、死者の数だけエネルギーが得られる事でもある。つまり、自身が扱える最大を放てばこの都市を横断する程のブレスも放てるという事だ。
クテルフは赤熱する地面や天井を見て胸を撫で下ろす。
「……死んでくれましたか。あぁ、やっと愉悦の恐怖から解放されてウグァ!?」
俺は安心しきっているクテルフに蹴りを入れた。『触れた』事で権能の押し付け合いに勝ち、死者の骸骨やドラゴンから俺達を『偽る』事で反応できないようにした。
「あの程度じゃ死なねぇよ」
ほんと、大技を予想してクロムさんから距離をとっておいてよかったぜ。巻き込まずに済んだ。あとは相手に切り札を切らせる事で、俺も切り札を切る。五分五分の形勢に持ち込む為に《空間転移》で避けたのだ。
次に《透明化》を発動する。卓越した人間ならば空間の揺らぎや埃の舞い方で見つかるが……クテルフは俺が消えてからずっとオロオロしている。どうにも、力は膨大だけど、戦闘に長けた少女ではないようだ。
まぁ、そんな事もうどうだっていいけどな。
踵を振り上げる。特注の靴の底には鉄が仕込んであり、一撃で頭をかち割るくらい簡単だ。
心の中で祈りを捧げてから踵を振り下ろし……。
ガキンと鉄と鉄がぶつかる音が響く。火花が散り、俺は強力な反動でよろめきながらも後ろに飛び退く。
「もぅ!! クテルフちゃん!! サラティラは死んだんだから大丈夫だって言ったじゃん!!」
さっきまで立っていた場所には、刃渡り2メートルはあるグレートソードが突き刺さっていた。あれを蹴ったのか。というか……気がつかなかった。めちゃくちゃ警戒しつつ、割り込んできた人物を観察する。
15歳くらいに見える美少女だ。白い長髪に、青い瞳。肌は病的なまでに白く、まるで人形のよう。そんな怜悧な美貌をもつ少女は、クテルフと仲良さそうに言い合いをしている。
さて、どうしたもんかな。




