12
あれから1週間が過ぎた。今日もレイアに睨まれながら特訓する。だが、時々レイアから諦めのような色褪せた雰囲気が漂う事が多くなってきた。
「レイアちゃん」
「ちゃん付けで呼ぶな」
「なにかあった?」
すると彼女は木刀をチラリと見てから。目を瞑り、どうするのか迷ったのだろう。そして口を開いた。
「私は……聖剣に相応しくない」
「そんな事は……」
「事実、この1週間。お前から一本も取れていない。聖剣の家系において弱さとは罪だ」
あ、あのレイアが愚痴を吐いただと!?
驚きフリーズしそうな頭をフル回転させながら言葉を探す。こんな時に良い言葉が思いつかない自分の語彙力が恨めしい。
「今から、そう!! 今から頑張れば!!」
「もう遅い。次の社交パーティーの場で、私は正式に降ろされるだろう。だからもう、こうして剣を振るう気力がなくなってしまったんだ」
「パーティー?」
もしかして、権力者パーティーの事か? そんな小説のような断罪が今時行われるというのか。
それはダメだ。彼女の尊厳を破壊するのは面白くない。
「俺は君が聖剣に相応しくないとは思えない。言っちゃなんだが、聖剣なんて所詮は兵器だ」
「ほぅ? 私の前で聖剣を侮辱するのか?」
「違うよ。俺はさ、聖剣の担い手に必要なのは『心』だと思うんだ。君は優しいよ。とても優しい。優しいからこそ、力の使い方を間違えない」
「ふん、たった1週間、訓練を共にしただけの貴様に言われてもな」
「それでも1週間、剣を打ち合ったんだよ。だから、君が真摯に真剣に剣と向かっている事は分かった。これは絶対に否定させない」
「……」
「だからって君の尊厳や意志を守ってあげる事はできない。そんな事は分かっている。でも、けど!! 俺は君の味方だよ!!」
「……私の味方か」
レイアの心に俺の言葉は届いただろうか。それは分からないが、彼女は暫し沈黙して。木刀を強く握り直した。
「訓練、付き合ってくれるか?」
「もちろん!!」
ほんの少しの笑みを浮かべて、今までにない優しい声色で彼女は問う。レイア、君の悩みに寄り添って、少しでも心を支えられたなら嬉しいよ。
………………
午後からの魔法師団の授業は暫く休みになった。習うべき魔法を1週間でほぼ習得してしまったからだ。ならば高難易度をとなるのだが、選べる魔法は人間兵器への道しかない。俺は兵器になるつもりはないので、この辺でお暇させていただいた。
とはいえ、得た力は多い。魔法で清潔な水を出せるようになったし、炎も灯せるようになった。灯りのオーブだって作れる。灯りのオーブがまぁ便利だ。手元や周囲を好きな明るさで照らせる事の便利さを説けば15分は話をできそうだ。
話を戻し。元々は戦闘術の指南で給金を稼いでいる。だから魔法の勉学は一旦辞めた。
そんな理由で午後からの時間ができたので、受験の為の勉強を始める。
両親の英才教育のおかげで人体には詳しいので、特筆すべきは薬学と治癒魔法だ。時にこの世界の治癒魔法は万能ではない。せいぜい、傷の癒やしを早くする程度なのだ。ファンタジーのように、一瞬で回復なんてできない。故に魔法だけに頼らず医学は進み、数々の薬や治療法が考案されてきた。だからこそ科学だけでなく化学の方も発展しているのだ。
しかし治癒魔法は使えない魔法ではない。緊急の止血や毒物の排出、除菌など、使える場面は多い。また、有力な治癒魔法使いだと内臓の損傷や腫瘍なども当てる事ができるらしい。
「難しいな」
なので治癒魔法に関しては教師がいないと難しい。ここで『偽り』を使えば良いと思うのは雑魚の思考だ。必ずボロの出る事は極力しない。愉悦とは土台が大事なのだ。
治癒魔法はコトセさんに直接習いに行くしかないか。
……………
今日は土曜日。お休みの日だ。珍しくクロムさんもお休みであり、朝食を終えると勉強の為に部屋に篭らせてもらっている。
シャーペンをノートに走らせ、過去問から要点を割り出し、覚えなくてはいけない情報を詰め込み……。脳が糖分を求め始めた頃合いに。自室の扉がノックされた。
「リア、入っていいかな?」
「クロム様? どうぞ」
彼が戸を開くと紅茶の香りが吹き抜ける。
「疲れただろうと思ってね。甘めの紅茶と茶菓子を持ってきた」
「ありがとうございます……」
素直に受け取り、紅茶を啜る。あ、これ茶葉で淹れてある。クロムさんは何気に多芸だと思いつつ茶菓子のクッキーを口に運ぶ。これは流石に市販だが、美味しい。
そんな俺を見て、クロムさんは少し言いにくそうにしつつも口を開いた。
「リア、学校に行くなら寮生活をしてみないか?」
「クロム様は俺に出ていって欲しいのですか?」
反射的に聞いてくるリアに焦って首を横に振る。
「……リアは思春期で多感な年頃だ。その、やっぱり俺みたいな成人男性と暮らすのは、あんまり良くないと思ってな」
「問題ありません。私はクロム様を信じているので」
「でも……」
本当に優しい人だな。こういう人の後ろには多くの人々がついていく。芯が強く、思いやりの心が綺麗だ。だからこそ、手放したくはない。恋愛的な意味じゃないよ? 愉悦的な意味でね?
「クロム様は……俺が居ると迷惑でしょうか?」
「それは違う!!」
大きな声で言われて思わずビクッとする。すると彼は「ごめん、驚かせたね」と謝った。
「リアにはとても助けられているし、ご飯も美味しいし……一緒に暮らしていて楽しいよ。だけど、これはリアの為にならないと思うんだ。君の未来のために、君は俺なんかに時間を割くのは惜しい」
「ならば率直に言わせていただきます。俺の家族は全員殺されました。だから俺は今、人との縁に飢えています。そしてクロム様との暮らしで心が安らぎ、傷が癒えていっているのです。これはクロム様の為せる技。貴方の優しさが今は必要なんです」
「家族……」
御涙頂戴演出が炸裂した。実際は愉悦の権能を引き継いだ時に、悲しい涙は夏のアスファルトに落ちた水滴のように枯れてしまった。
だから『可哀想な女の子』を演出した。いけ俺の儚さよ。クロムさんの胸を貫くのだ!!
クロムさんは言葉を詰まらせて、優しく俺の頭を抱きしめた。
「ごめん、そうだよな。寂しいのか。分かったよ、君が離れたいと思うまで俺の家に居てくれていい。家事も別にやらなくていいんだぞ?」
「なら、今日は一緒に夕飯を作りましょうか」
………………
翌日、午前は真面目にレイアと剣を打ち合い。午後からコトセさんの個人病院を訪れる予定になっていた。事前にコトセとは連絡を取り合っており、許可をもらっている。そして街の中にあるこぢんまりとした病院を訪れた。今日は休みなのか表は閉まっていたので、裏からノックをするとコトセが姿を現した。
「リアちゃん!! 久しぶり。あれから大丈夫だった?」
「はい、クロムさんのおかげで心はどうにか」
「よかった」
本当に良い人だな。たぶんだけど、観た患者ひとりひとりを覚えているのだろう。その全てに優しさを向けられるのは、人間的に強い証だ。俺は無理。一部の患者しか覚えてない。
「それで、来月の受験の為に勉強を教えてほしいって話だけど、治癒魔法の実技の特訓だったよね?」
「はい、よろしくお願いします」
「うん、厳しいようだけど医療に関わる以上は甘くないよ。ついてこれないと思ったら諦めてもらうからね?」
「覚悟の上です」
それから、1ヶ月、午後の授業が開始した。




