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物語の始まりというのは、親愛なる者の別れや孤高を表したり、物語における最強が登場したり。それか1人語りか。無数にあるが。
俺の場合は親愛なる者の別れになるのだろう。俺の物語は、ここから始まった。
時に人は、目の前でどうしようもない『死』に直面した場合どうなると思う? しかし争う『手札』を持っていた場合、誰もが足掻くのだろうか?
俺を守っていた両親が肉塊へと姿を変わる。一瞬の出来事だ。血の匂いすら感じず、それでも「逃げて」という優しさと無力な言葉だけが耳に届いた。
なぁ神様。どうしろって言うんだ。
目の前には様々な動物を悍ましく加工したような、人々が魔物と呼ぶ化け物。その隣に立つ美しい少女。
顔は人形のように整っているが不気味さを感じさせず、月に照らされた絢爛な銀髪が風に揺れる様は絵画のよう。透明感のある素肌はシミひとつなさそうで、華奢な体躯と合わさり病弱な印象を受ける。
瞳はどこまでも深い真紅。どんなに価値の高い宝石だろうと敵わないと思わせ、星々を寄せ集めても足りない程に美しい。
白く飾りっ気のないワンピースは、彼女が着るだけでどんなドレスよりも華やかに見える。
そんな……一瞬で両親を肉塊に変えた怪物が作り物めいた笑顔を張り付けている。家族を殺されていなければ告白でもしてしまいそうな容貌だ。
そして村を襲った連中、少女の仲間なのだろう。化け物や、ローブを目深に被った人影が沢山いる。
村を襲われて、魔法使いの両親に護られながらここまで逃げてきたが……まさかボスみたいな奴の前に出るなんて不幸を誰が想像できようか。
手札を確認するように思考を回転させる。死ぬにしても、両親の為に一矢報いたい。だから俺は駆け出した。連中の何体かが、俺が少女に近づくのを阻止する為に向かってくる。
俺の手札は2つしかない。だが、最高の手札だ。
死に晒せゴミどもが。両親だけではない。親友も幼馴染も、仲良くなった全ての人々を思い。今になって湧き上がった怒りを冷静さで抑えながらも。
純粋な身体力に身を任せて襲い来る魔物を蹴りでぶっ飛ばし、一瞬屈んで砂を掴むと、魔法を放つフードの連中に投げつける。豪速球で放たれる無数の砂粒はその全てを必殺の威力として、フードの連中に突き刺さり命を刈り取った。
少女は動かない。
魔物の首根っこを掴み少女にぶん投げると、当たる前に別の魔物が邪魔をする。だが、それでいい。当たる訳もない魔物に向かって砂を投げつける。魔物は血飛沫を上げながら絶命し、向かってくるフードの連中は俺の前に立ち塞がると巨大な業火を放った。広範囲攻撃で焼き払うつもりのようだが……ありがとう。
作る手間が省けた。
あいつの視界から完全に逸れる瞬間って奴を。
俺の必殺、魔力を半分持ってかれる代わりに好きな場所にワープする事の出来る魔法。両親はこの魔法が使えると知った時は、やっぱ私の息子は凄いと褒めてくれたっけな。もう声を聞く事も、おそらく亡骸を弔うことすらできない思い出を噛み締めて。
発動前に手札の2枚目を使う。完全なる透明化。身体だけではない。気配や匂いすら覆い隠す透明化は、絶対の奇襲魔法だ。
2つの魔法は0.5秒以内に展開され。
視界が切り替わる。無防備な背中が見えた。
殺す。
鋭く鋭く、鋭利な魔力を突き刺……。
『正面にいる』
「ごふっ!?」
いつ振り向いたのか分からない。ただ、瞬きよりも早く彼女は察知して身体の向きを変えたのだろう。
本当に? という疑問が脳裏を過ぎる
それでも圧倒的に力の差がある事くらい、ある程度の修行をしていれば分かる事だ。
胸を貫く白い腕を掴む。少女は尚もニコニコと笑顔を振り撒く。
悔しいってレベルじゃあねぇですよほんと。産まれてからずっと、修行してこの世界を巡ってみたいと思って頑張ってきた。仕事はしなくてはいけないが、この長距離を移動する魔法を使えば往復くらいは出来る。
両親にも孝行して、結婚とかは考えてなかったなぁ。
全て、たった1日で踏み潰された。
「お前、なんなんだよ……」
せめて、村を襲った理由くらい教えてくれよ。
「なんで……なんで……」
少女は口元に弧を描くと、なんでもないように言った。
『私の故郷だったんだよ?」
「意味分からねぇよ……でも」
……その時、少女は心底分からないといった顔をした。
何故なら、俺は恐らくとてもいい笑顔をしていたからだろう。ニタァ……もしくはニチャア……。覚悟は決めていた。だから『もし相手が直接手を下した場合』の賭けは成功した。
一緒に死んでくれ。
少女どころか周囲一体を巻き込む。
命の炎すら魔力に変えて。
魔法は発動した。行き先はもちろん、地獄へと。この世界で生物が生きれない地面の深く熱に満たされた場所へ。道連れだ。
……………
肉体など灼熱の前には一瞬で蒸発して消える。痛む暇もなく、なので自分の意識があるこの現状が不思議だった。目を開くと、清々しい青空がどこまでも広がっている。
身体を起こす。手に草の感触がして、ここが草原だという事が分かった。
「あの世……?」
死んだのは確実なのだから、あの世だと思いたいが。それにしては綺麗だが殺風景だ。こんな場所で長々と過ごせと言われたら発狂できる自信がある。なので、少し捻った考えをする。
「あー、みんながよく読んでた異世界転生的なアレか?」
友人達が自分に勧めてきた小説の類いを思い出す。死んだら神様から能力を与えられて、別の世界へ転生か転移というテンプレーションを元にしているが、面白い作品が多いジャンルだ。
「神様いるなら出てこいよ1発殴らせろ!!」
元気よく叫んでみるが、虚しく言葉は空気に溶ける。
居たとしても、俺なんかの為に出てくる訳ねぇか。神に見放されたと思っているからこそ、今更頼るなという話だ。しかし、ならここはなんと呼べばいいのだろう? 判断に困って座り込んだ。
同時に、隣に誰かが座り込む。
思わずビクッとして隣を見ると。さっき俺が自爆に巻き込んで殺した少女が憂いた顔で座っていた。
「お前っ!!」
立ち上がりそうになった俺の隣で、少女は……穏やかに笑って見せた。さっき殺し合った時のような、気味の悪い笑みじゃない。年相応な微笑み。思わず毒気を抜かれる。
「こんにちは、お兄さん」
鈴を転がしたような声。懐かしさを感じる声色や抑揚。
「少し、話しませんか?」
激昂しそうな精神を優しく撫でる声に、振り上げた腕が下がる。声がどこか子供をあやしているように聞こえて、急に自分が大人気なく思ってしまう。まぁまだ17歳なので大人ではないが。
「……分かったよ」
「ありがとう」
「ただし、質問させてくれ」
「いいよ、時間はまだある」
彼女はこの空間について分かっているらしい。だから、率先して聞きたい事が2つできた。
「ここは、どこだ?」
「うーん……先代が言うには『引渡しの間』らしいよ」
「引渡しの間……?」
「貴方が次の『愉悦』になるの」
「……意味分からん。でも、お前を殺せたのか?」
「お兄さん、最後に命を振り絞って……私をマントル下へと転移させたでしょ? 目も耳も口も、思考はできず五感全てが熱と圧力で封じられた上、0.1秒以内に死んだらもう何もできないの。私の『権能』が発動する前に死んじゃったわ。よく1発で攻略できたね」
「そうか、ざまぁみろ」
権能とやらの意味は分からない。けれど殺せたのは事実。でも……勝ち誇ったように見下してやると、少女は憂いた顔をする。まるで、やりたくなかったとでも言いたげな表情に苛立ちを覚えた。
「なんでみんなを殺した」
「ごめんなさい」
「謝罪するくらいなら……くらいならッ!!」
胸倉を掴み上げて睨みつける。少女は憂いた表情のまま、瞳を見つめ返してきた。さっきは月夜の光で不気味な真紅だと思った瞳に心をかき回される感覚を抱く。
「なんでだよ……」
まるで、本心ではなかったみたいじゃないか。そう思うと、少女は疲れた声で言った。
「お兄さん『愉悦』ってどう言う意味か分かる?」
「愉しむこと、の邪悪系?」
「うーん、別に良い意味も含んであるけど。でも私的には正解。私が愉悦を抱くのは、楽しみ、営み、苦しみ、足掻く。時には絶望の中に少しの希望を見出して進む。そんな人間を見る事だった」
「悪魔かよ」
「悪魔かもね。悪魔だから……私の築き上げた故郷を踏み潰そうと思った」
「は? 故郷?」
「うん、あの小さな都市を作ったのは私なんだよ?」
「言ってる意味が……何歳なんだよお前」
「うーん、16歳くらいの時に先代を殺したから……180歳くらい?」
人間はせいぜい生きれても100歳だ。でも、目の前の少女は嘘を言っているようには見えなかった。それはこの異様な空間のせいか。嫌な言い方をすれば、心の距離が近く感じる。気持ちがダイレクトに伝わってくる。
だから、嘘のような事も信じられた。
同時に、疑問は増える。
「故郷を潰してなんになるんだよ」
「『愉悦』だよ。私が先代に植え付けられた、どうしようもない『罪』。そして永遠に引き継がれていく輪廻に乗らない人間の『性』」
「愉しむ為、築き上げたモノをぶっ壊したってのか」
気持ち悪い、人間のする事じゃない。
でも、それはどのくらいの『快感』を生むのだろう?
「あ……れ……?」
ふざけるな、そんな事を思うような人間になった覚えは……。
少女が笑う。
「引き継ぎは成される。どうしようもない事なの」
「俺は……俺の自我はそんな……」
「貴方も求めるようになる。人の苦悩、絶望、希望。希望から叩き落とされ、逆に掬い上げられた時の顔を」
「……あぐっ」
身体の中に何かが入り込んでくるように感じる。
「でも安心して『自我』は保てるよ。貴方は貴方、ただ『愉悦』が増えるだけ」
強烈な痛みが胸を裂く。心臓が潰れては再生していく肉の音。ぐちゃぐちゃぐちゃと、身体が作り変わっていく。
「そろそろお別れ。引き継ぎは完了した。『権能』の知識はおまけで付いてくるから。
良き、愉悦を。良き人生を」
世界が崩壊していく。少女は何も言わない俺の頭を胸に抱くと優しく撫でた。
意識が、自分が消える感覚と共に。全ての五感が消えた。




