第9話 正体発覚と断罪返し
気がつくと、私は自室のベッドに寝かされていた。
見慣れた天井。
でも、状況はいつもと違う。
「……目が覚めたか」
ベッドの縁に、ルシアン様が腰掛けていた。
彼は私の顔を覗き込み、安堵の溜息をつく。
その手には、湯気の立つマグカップが握られていた。
「ルシアン様……私、どのくらい寝て……」
「数時間だ。魔力を使い果たしたんだ、無理もない」
彼は私の背中に手を回し、ゆっくりと上体を起こしてくれた。
そして、マグカップを私の口元へ運ぶ。
「飲めるか? 蜂蜜入りのホットミルクだ」
「あ……ありがとうございます」
一口飲む。
甘くて、温かい。
いつもの私の役割が逆転していることに、少しだけくすぐったさを感じる。
「サラ」
飲み終わると、彼は私の手からカップを取り、サイドテーブルに置いた。
そして、私の両手を包み込むように握った。
真剣な瞳。
アイスブルーの瞳が、隠し事など許さないと言っている。
「約束通り、説明してもらおうか。……『悪役令嬢』サラ・フォン・アルディ」
心臓が跳ねた。
やっぱり、全部お見通しだ。
私は観念して、小さく頷いた。
「……はい。その通りです」
「なぜ隠していた」
「だって……私は追放された身です。公爵家の恥で、王子の婚約者をいじめた悪女で……」
言葉が詰まる。
俯く私の視界が滲む。
「そんな私が傍にいたら、ルシアン様の迷惑になると思って……」
「馬鹿なことを」
彼は呆れたように、でも優しく私の言葉を遮った。
「迷惑? 君が?」
「だって、国を敵に回すことに……」
「国なんて、君のスープ一杯の価値もない」
即答だった。
彼は私の顎を指ですくい、無理やり顔を上げさせる。
「君が悪女? 笑わせるな。僕が見てきた君は、誰よりも働き者で、料理が上手くて、そして……命懸けで僕を守ってくれた最高の女性だ」
彼の顔が近づく。
唇が触れそうな距離で、囁かれる。
「世間が君をどう呼ぼうと関係ない。僕にとって君は、唯一無二の『光』だ」
「ルシアン様……」
涙が溢れて止まらなかった。
ずっと不安だった。
役立たずと言われ、捨てられた過去。
でも、この人は全部肯定してくれる。
私の地味な魔法も、嘘も、過去も、全部。
「愛している、サラ。……もう二度と、離さない」
重なる唇。
甘い、ミルクの味がした。
それは誓いの口づけだった。
物語のヒーローと、悪役令嬢。
配役なんてどうでもいい。
今、ここにいるのは、ただ互いを想い合う一組の男女だけだ。
◇
翌朝。
寮の外が騒がしかった。
「なんだ? また王子の使いか?」
「いや、あれは……近衛騎士団の旗だ」
住人たちが窓から外を覗いている。
私もルシアン様と共に玄関へ向かった。
寮を取り囲んでいたのは、数百の近衛騎士たちだった。
昨日のカイル王子の私兵とは違う。
国王直属の精鋭部隊だ。
その先頭に立つのは、厳めしい顔つきの騎士団長。
(捕まるの?)
私の背筋が凍る。
ルシアン様がすっと私を背に庇う。
その手には既に魔力が集束していた。
やる気だ。
この人、本気で国を消し炭にする気だ。
「宮廷筆頭魔導師、ルシアン・クロード殿! および、サラ・フォン・アルディ殿!」
騎士団長が大声で呼びかけた。
そして。
ザッ!
騎士たち全員が、一斉に膝をついた。
抜剣し、地面に突き立てる。
最上級の敬意を示す「臣従の礼」だ。
「……は?」
私が呆気にとられていると、騎士団長が頭を下げたまま叫んだ。
「昨夜の北の森でのご活躍、誠に感謝の言葉もございません! 貴殿らの尽力がなければ、我が国は魔獣の爪牙にかかり滅んでいたことでしょう!」
「……それが、逮捕しに来たわけではないと?」
ルシアン様が警戒を解かずに問う。
「滅相もございません! 我々は、カイル殿下の愚行を謝罪し、改めて貴殿らに忠誠を誓いに参ったのです!」
騎士団長が顔を上げた。
その目には、ルシアン様への畏怖と、そして私への……熱烈な崇拝の色があった。
「特にサラ殿! 貴女様の放った黄金の輝き……あれこそが真の聖女の力! 我々はしかと目撃いたしました!」
「えっ、いや、あれは聖女の力じゃなくてバフで……」
「謙遜なさらず! あの奇跡の御業、もはや女神の再来!」
周りの騎士たちもブンブンと頷いている。
どうやら、昨日の超絶強化の光が、聖女の光魔法よりも神々しく見えてしまったらしい。
誤解だ。
でも、悪い気はしない。
「カイル殿下およびニーナ嬢については、国王陛下より『謹慎』および『聖女詐称の疑いによる査問』が命じられました」
騎士団長が淡々と報告する。
「彼らは昨夜、王城へ逃げ帰りましたが……陛下は激怒され、即座に身柄を拘束されました。近衛騎士団も、もはやあの愚かな王子に従う者はおりません」
「……そうか」
ルシアン様は短く答え、私を振り返った。
「聞いたか?」という顔だ。
ざまぁ展開、完了。
早かった。
私の知らないところで、王宮の勢力図が塗り替わっていたらしい。
カイル王子とニーナは、権力も名声も失った。
自業自得だ。
「では、サラ殿の身柄についてですが……」
騎士団長が言い淀む。
「陛下より、王宮へ戻り、その力を国の為に役立ててほしいとの仰せが……」
「断る」
ルシアン様が食い気味に答えた。
「彼女は王宮には戻らない。第三寮所属の、私の専属寮母だ」
「し、しかし! あれほどの力を一寮母として埋もれさせるのは……!」
「埋もれさせる? 勘違いするな」
ルシアン様が騎士団長を見下ろす。
その背後から、第三寮の住人たちがゾロゾロと出てきた。
皆、腕組みをして私を守るように立ちはだかる。
「彼女は俺たちの女神だ! 王宮の不味い飯なんか食わせられるか!」
「そうだそうだ! サラさんの唐揚げは渡さないぞ!」
「連れて行くなら、俺たちが開発した『自動追尾型爆裂魔法』の実験台になってもらう!」
……住人たちの主張が、食い気ばかりなのは気のせいだろうか。
でも、彼らの目は真剣だ。
ルシアン様が、私の肩を抱き寄せた。
堂々とした、所有権の主張。
「聞いた通りだ。彼女はここにいる。……もし無理に連れて行こうとすれば、今度こそ王城が更地になるぞ。陛下にそう伝えろ」
脅迫だ。
完全に脅迫だ。
でも、騎士団長は青ざめながらも、どこか安堵したように息を吐いた。
「……承知いたしました。貴殿がそう仰るなら、陛下も無理強いはなさいません」
彼は立ち上がり、再び深々と頭を下げた。
「この国は、最強の魔導師と、最強の女神に守られている。……それだけで十分でございます」
騎士たちは整列し、去っていった。
王宮への帰還命令ではなく、事実上の「不可侵条約」が結ばれた瞬間だった。
「……終わった、のか?」
住人の一人がポツリと言う。
「終わったな」
「よっしゃあ! 今日の昼飯なにー!?」
歓声が上がる。
彼らにとっては、国の政治よりも今日の昼食のほうが重要らしい。
平和だ。
涙が出るほど、平和な日常が戻ってきた。
「サラ」
ルシアン様が私を見る。
その目は、もう冷徹な魔導師の目ではない。
ただの一人の、恋する青年の目だ。
「君の居場所は、ここだ」
「……はい」
私は笑顔で答えた。
「ただいま、ルシアン様」
「ああ……お帰り」
彼が私の額にキスを落とす。
周りで住人たちが「ヒューヒュー!」と囃し立てるが、もう恥ずかしくない。
私は元悪役令嬢。
でも今は、世界最強の魔導師様の、最愛の寮母。
これ以上のハッピーエンドなんて、きっとどこにもない。
(……あ、でも待って)
ふと思う。
国が公認したってことは、これから結婚式とか、王宮での披露宴とか、そういう面倒なイベントが待っているのでは?
ルシアン様の性格からして、盛大にやりそうだ。
「僕の妻を見ろ」とばかりに。
(……まあ、いいか)
彼が幸せなら、それも悪くない。
私はエプロンの紐を締め直した。
「さあ、お昼にしましょう! 今日はお祝いですから、特製ハンバーグですよ!」
「やったーー!!」
推しと、愉快な仲間たちに囲まれて。
私の第二の人生は、これからも賑やかに続いていく。
(次話、最終回。二人の甘い未来へ)




