表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しを死なせてなるものか!地味な支援魔法で限界魔導師様を完全介護する  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 王宮の崩壊予兆


その日の朝、第三寮の空気は凍りついていた。


「――勅命である!」


玄関ホールに、甲高い声が響き渡る。

立っているのは、王家の紋章が入った豪奢な服を着た文官だった。

後ろには護衛の騎士が二人。

ただし、騎士たちの顔色は土気色で、立っているのがやっとという風情だ。


私はルシアン様の斜め後ろ、影になる位置でその光景を見ていた。

ついに来た。

王宮からの接触だ。


「宮廷筆頭魔導師ルシアン・クロード、および第三寮所属の魔導師全員に告ぐ。直ちに北の森へ出撃し、出現した魔獣の群れを殲滅せよ!」


文官が羊皮紙を突きつける。


ルシアン様は眉一つ動かさず、静かに問い返した。


「北の森……あそこは王都防衛の要衝ですが、出現した魔獣の規模は?」

「報告では、オークロードを含む数百の群れ。さらに『深淵の黒狼』も確認されている」

「……なんですって?」


私は思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。

数百?

それに黒狼?

それは通常、騎士団と魔導師団の第一・第二寮が合同であたる規模の案件だ。

間違っても、掃き溜めの第三寮(人員五名)だけで相手にする数じゃない。


「第一寮と第二寮はどうしたのです。彼らの管轄でしょう」

「彼らは……その、体調不良により全滅した」


文官がバツが悪そうに視線を逸らす。


「聖女ニーナ様の懸命な治療も虚しく、原因不明の『魔力熱』で倒れる者が続出している。近衛騎士団も同様だ」


(原因不明じゃない、ただの治療ミスだ!)


私は心の中で叫んだ。

ニーナの光魔法は、傷を塞ぐだけで体内の魔素を除去できていない。

汚れた魔素が体内で暴走し、熱を出して倒れているのだ。

完全に医療崩壊している。


「ゆえに、動けるのは貴様ら第三寮のみ! これはカイル殿下の命令でもある!」


文官は唾を飛ばして喚いた。


「殿下は仰っていたぞ。『魔導師どもが日頃たるんでいるから、魔獣の侵入を許したのだ』とな。これは汚名返上の機会である! 失敗は許されん!」


なんという責任転嫁。

魔獣が増えたのは、聖女の結界が弱まっているからだ。

それを棚に上げて、激務の魔導師たちに死んでこいと言うのか。


ルシアン様の背中から、冷たい殺気が立ち昇るのが見えた。

部屋の温度が数度下がる。

文官が「ひっ」と悲鳴を上げて後ずさる。


でも、ルシアン様は怒りを爆発させたりはしなかった。

彼は一度だけ深く息を吸い、静かに言った。


「……承知した」

「ルシアン様!」


私が止めようとすると、彼は手で私を制した。


「民に被害が出る前に食い止める。……それが、魔導師の義務だ」


「ふ、ふん。わかればいいのだ。直ちに出発せよ!」


文官たちは逃げるように去っていった。

残されたのは、静まり返ったホールと、絶望的な命令書だけ。


   ◇


出撃準備が進む中、私はルシアン様の部屋に押しかけた。

彼は黙々と装備を整えている。

愛用の杖を磨き、魔石をポーチに詰めている。


「行ってはダメです」


私は声を震わせた。


「あの数は無理です。自殺行為です。第一寮たちが回復するまで、結界を張って籠城するべきです!」


「それでは間に合わない」


ルシアン様は手を止めず、淡々と答える。


「北の森を抜ければ、その先には農村がある。僕たちが籠城すれば、村は全滅する」


「でも、貴方が死んだら意味がない!」


叫んでしまった。

彼の手が止まる。

振り返った彼のアイスブルーの瞳は、凪いだ海のように穏やかだった。


「サラ。……僕はね、自分がいつか魔力の使いすぎで死ぬとわかっていたんだ」


彼は寂しげに微笑んだ。


「呪われた魔力だ。せめて多くの人を守って散るなら、それも悪くないと思っていた」


「……っ」


「でも、今は少し違う」


彼は私に歩み寄り、そっと私の頬に触れた。

その手は温かい。


「君が美味しい飯を食わせてくれたから。体が軽いんだ。今の僕なら、あるいは生き残れるかもしれない」


「『あるいは』じゃ嫌です! 絶対じゃなきゃ!」


「わがままだな、僕の寮母は」


彼は困ったように眉を下げ、それから私の頭をくしゃりと撫でた。


「大丈夫だ。君の特製スープを水筒に入れた。これがあれば百人力だ」


嘘だ。

バフの効果は強力だけど、無敵じゃない。

数百の魔獣を相手に、たった五人で戦えば、いずれ魔力は尽きる。

そして尽きた時が、最期だ。


原作小説のシーンが脳裏をよぎる。

森の中で、無数の魔獣に囲まれ、魔力が枯渇して膝をつくルシアン。

『……ああ、静かだ』

そう言い残して、彼は彼方へ逝ってしまう。


あれが、今日の夕方に起きる現実?


「行ってくる。……留守を頼む」


彼は私を抱きしめることはしなかった。

抱きしめたら、決意が鈍るとでも言うように。

背を向け、マントを翻して部屋を出て行く。


「ルシアン様……!」


追いかけようとして、足が止まる。

私がついて行っても、足手まといになるだけ?

私は戦えない。

攻撃魔法なんて使えない。

ただの、生活魔法しか使えない女だ。


窓の外を見る。

第三寮の庭に、住人たちが整列していた。

皆、悲壮な顔をしているが、ルシアン様への信頼だけで立っている。

彼らが転移魔法を発動させ、光の中に消えていく。


残されたのは、静寂。

そして、私一人。


「……頼む、じゃないわよ」


私はガタガタと震える膝を叩いた。

涙が溢れてくる。

怖い。

失うのが怖い。

やっと見つけた推しとの幸せな日常が、理不尽な悪意と無能さによって奪われるなんて。


(留守番なんて、できるわけない)


私はキッチンへ走った。

鍋に残っていたスープを、ありったけの保存瓶に詰める。

冷蔵庫の食材をすべて収納魔法に放り込む。

掃除用のモップ(柄が長いから武器になるかも)を背負う。


変装用の眼鏡を外した。

邪魔だ。

もう、正体がバレるとか、王宮に見つかるとか、そんなことはどうでもいい。


「待ってて、ルシアン」


鏡に映る私は、もう「地味な寮母」の顔をしていなかった。

かつて社交界で「氷の令嬢」と呼ばれた、覚悟を決めた女の顔だ。


私の魔法は【状態付与エンチャント】。

対象の能力を底上げする力。

戦場に届かなければ意味がない。

なら、届く場所まで行くしかない。


「私が貴方を死なせない。……絶対に!」


私は寮を飛び出した。

北の森へ。

馬なんていない。

自分の足に【身体強化・脚力スピードアップ】をかける。


風になれ。

誰よりも速く。


私は地面を蹴った。

爆発的な加速が、景色を後方へと置き去りにしていく。

心臓が破裂しそうでも、足が千切れそうでも止まらない。


死の運命シナリオなんて、私がこの手で書き換えてやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ