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推しを死なせてなるものか!地味な支援魔法で限界魔導師様を完全介護する  作者: 秋月 もみじ


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5/10

第5話 疑惑の眼差しと急接近


平穏な日々は、いつだって崩壊の足音と共に終わる。

それを知っていたはずなのに、私は少し油断していたのかもしれない。


「……おい、聞いたか?」

「ああ。近衛騎士団の連中、また倒れたらしいぞ」


第三寮の食堂。

朝食の席で、住人の魔導師たちがひそひそと話していた。


「聖女様の治癒を受けた直後はいいんだが、数日で熱が出て動けなくなるって話だ」

「『魔力酔い』じゃないのか? 聖女様の出力調整が雑なんだろう」

「おー怖っ。俺たちはここ(サラさんの飯付き)で良かったなぁ」


彼らは他人事のように言いながら、私の焼いたフレンチトーストを頬張っている。

顔色はツヤツヤで、目の下のクマなどどこへやら。

完全に健康体だ。


私はコーヒーを淹れながら、内心で溜息をついた。


(やっぱり始まった)


原作通りだ。

ニーナの光魔法は「強力」だが「雑」なのだ。

表面の傷や疲れを消し飛ばすだけで、体内に溜まった「魔素の澱み」を浄化しきれていない。

むしろ、無理やり蓋をすることで、内部で腐敗が進んでしまう。


対して、私のバフは「自己治癒力の底上げ」。

時間はかかるが、本人の力で毒を排出させるため、副作用がない。


「……サラ」


不意に名前を呼ばれ、ビクリとする。

振り返ると、ルシアン様が立っていた。

いつもの黒いローブ姿だが、今日はどこか雰囲気が硬い。


「おはようございます、ルシアン様。コーヒー、入りましたよ」

「……ありがとう」


彼はカップを受け取ったが、口をつけない。

アイスブルーの瞳が、じっと私を見据えている。

観察するような、探るような視線。


「今夜、少し話せるか?」

「え?」

「皆が寝静まった後、リビングで」


ドキリと心臓が鳴る。

これは、アレだ。

呼び出しだ。


市場での一件以来、彼は明らかに私を疑っている。

魔力が減らない現象。

異常に美味い(バフ入り)飯。

そして、私の曖昧な経歴。


「……はい、わかりました」


私が笑顔で答えると、彼は少しだけ痛ましそうな顔をして、それから無言で食堂を出て行った。


(バレたかな)


手の中のコーヒーポットが重く感じる。

正体がバレたら、どうなる?

「元悪役令嬢」だと知られたら、王家に通報される?

それとも、「国のために働け」と幽閉される?


どちらにせよ、この穏やかな「寮母ライフ」は終わる。

それだけは嫌だ。

せっかく彼が元気になってきたのに。


   ◇


その日の深夜。

住人たちがそれぞれの部屋に戻り、静寂が訪れた第三寮。

私は約束通り、リビングのソファに座っていた。


暖炉の火がパチパチと爆ぜる音だけが響く。

間接照明の薄暗い部屋に、ルシアン様が入ってきた。

彼はまだ仕事着のままだ。

激務だったはずなのに、疲れの色は見えない。

私のスープのおかげだ。


「待たせたな」

「いえ。お疲れ様でした」


彼は私の対面に座る……かと思いきや。

私のすぐ隣、ソファの沈み込みを感じる距離に腰を下ろした。

近い。

彼の纏う石鹸の香りと、かすかな魔力の匂いが鼻をくすぐる。


「サラ」


彼は単刀直入だった。

懐から一枚の紙を取り出し、テーブルに置く。

私が提出した履歴書だ。


「調べさせてもらった。……怒らないで聞いてほしい」


彼の声は低く、そして真剣だった。


「この『北の寒村出身』という記述。該当する村は十年前に廃村になっている。君が書いた以前の勤務先も、存在しない商店だった」


逃げ場なし。

さすが筆頭魔導師。

仕事が早い。


「君は、誰だ?」


彼の視線が私を射抜く。

怒っているのではない。

怯えているようにすら見えた。


「ただの料理人が、魔導師の魔力回路を最適化できるわけがない。君の料理に含まれているのは、最高級のポーションをも凌駕する『何か』だ」


彼はジリジリと距離を詰めてくる。

私は背もたれに体を押し付けるが、逃げ場はない。


「王宮のスパイか? それとも他国の工作員か? ……いや、それなら僕を回復させる理由がない」


彼の手が、私の肩に触れた。

そのまま、背もたれに手を突く。

いわゆる「壁ドン」の体勢。

逃がさないという意思表示。


でも、彼の手は震えていた。


「答えてくれ、サラ。君がいなくなると考えただけで……僕は、息ができなくなるんだ」


その言葉に、私は目を見開いた。

彼は私を疑って排除したいわけじゃない。

私が「得体の知れない存在」だから、いつかふらりと消えてしまうのではないかと、怖がっているのだ。


(ああ、この人は)


なんて孤独で、愛おしい人なんだろう。

誰にも頼らず、一人で国を背負って。

ようやく見つけた「安らぎ」を失うことに、子供のように怯えている。


私は覚悟を決めた。

嘘はつけない。

でも、真実(悪役令嬢)を話すわけにもいかない。

なら、とっておきの「半分だけの真実」をぶつけるしかない。


私は震える彼の手の上に、自分の手を重ねた。


「……スパイじゃありません」

「なら、なんだ。その力は」

「ただの、推し活です」


「は?」


ルシアン様の動きが止まる。

至近距離で、美しい顔が固まった。


「お、推し活?」

「はい。ファン活動です」


私は彼の目を見て、はっきりと言った。


「私はずっと前から、ルシアン様を見ていました。貴方がどれだけ頑張っているか。どれだけ傷ついているか。誰よりも知っていました」


これは本当だ。

前世で画面越しに、何百回も見てきた。


「貴方がボロボロになって死んでいくなんて、絶対に嫌だった。だから来ました。貴方に生きていてほしくて。美味しいご飯を食べて、温かいベッドで眠ってほしくて」


私の声に熱がこもる。


「履歴書が嘘なのは謝ります。でも、私の行動原理はそれだけです。貴方が元気なら、私は幸せなんです!」


言い切った。

勢いで告白まがいのことまで言ってしまった。

顔が熱い。

火が出そうだ。


沈黙。

暖炉の薪がパチンと音を立てる。


ルシアン様はポカンとしていたが、やがてふっと体の力を抜いた。

私の肩に置いていた手を離し、そのまま崩れ落ちるように、私の肩に額を預けてきた。


「……っ」

「ル、ルシアン様?」


重みがかかる。

彼は脱力していた。


「……ファン、か」


くぐもった声が聞こえる。

耳元で吐息がかかり、背筋がゾクリとする。


「参ったな。……スパイなら拷問してでも吐かせようと思ったが、そんな可愛い理由じゃ、何も言えない」


「ご、拷問は勘弁してください」

「しないよ。できるわけがない」


彼は顔を上げないまま、私の肩にすりすりと額を擦り付けた。

甘えている。

あの氷の筆頭魔導師が、大型犬のように。


「……安心した」

「え?」

「君が敵じゃないとわかって。それと……僕を見ていてくれる人が、この世界にいたんだってことに」


彼の腕が、ためらいがちに私の腰に回る。

抱きしめられた。

優しく、壊れ物を扱うように。


「サラ。正体なんてどうでもいい」


顔を上げた彼の瞳は、熱を帯びて潤んでいた。


「ずっとここにいてくれ。君の飯がないと、もう生きていけない体になった」

「……それ、プロポーズの文句みたいですよ」

「そう聞こえるなら、それでもいい」


えっ。

今、サラッと言いました?

心臓が破裂しそうだ。


「約束してくれ。僕の前から消えないと」

「……はい。追い出されない限り、ずっとお世話します」

「追い出すものか。鍵をかけて閉じ込めておきたいくらいだ」


彼は冗談めかして笑ったが、その目は笑っていなかった。

本気だ。

この人、独占欲のスイッチが入ると重いタイプだ。


「とりあえず……コーヒー、冷めちゃいましたね」

「淹れ直してくれるか?」

「はい、喜んで」


彼が体を離す。

名残惜しそうに指先が離れる感覚に、私自身も寂しさを感じてしまった。


私はキッチンへ立つ。

背後から、熱っぽい視線を感じる。

もう隠そうともしない。


(危機一髪……だったのかな?)


とりあえず、最大の危機は脱した。

彼は私の「怪しさ」ごと、受け入れてくれたようだ。

むしろ、絆が深まってしまった。


でも、リビングの窓の外。

王宮の方角にある空が、不気味に赤く光っているのが見えた。

魔素の澱みだ。

ニーナの限界が近い。


「サラ、蜂蜜を多めにしてくれ」


ルシアン様の甘えた声がする。


「はい、ただいま」


私は窓の外から視線を外し、愛しい人のもとへ戻る。

この幸せな時間は、嵐の前の静けさだ。

でも、大丈夫。

彼には私がついている。

最強のバフ(愛)がかかっている限り、彼を死なせたりはしない。


私はカップにたっぷりと蜂蜜を注ぎ、こっそりと【精神安定】の魔法を込めた。

これから来る嵐に、彼が負けないように。

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